Aston Martin Vanquish
マルチシリンダーらしいサウンドと振動

すっかり秋めいて冷え込んだ空気のなかスタートボタンを押すと、「ヴァンキッシュ」は深く吸った息を一気に吐き出すような重厚な咆哮とともに目を覚ました。アストンマーティンの最新スーパーGTとなる3代目ヴァンキッシュに搭載されるのは、5.2リッターV型12気筒ツインターボの最新バージョンだ。
2016年に登場した「DB11」に初めて搭載されて以降改良を続けて性能を高めた大排気量V12は、今やアストンマーティンのアイコン的パワートレインと言っていいだろう。608PSで始まった最高出力は今や835PSに到達し、最大トルクに至っては1000Nmの大台に乗せてみせた。この数字だけでも圧倒的だが、実際に始動した瞬間から、マルチシリンダーエンジンらしい密度の高いサウンドと振動が、ただならぬスポーツカーであることをドライバーに教えてくれる。
驚くべきステアリングの正確性と一体感






だが、エンジンばかりに興奮してもいられない。全長4855mm、全幅2044mm、全高1290mm、実質的先代にあたる「DBS」より80mmも延長されて2885mmとなったホイールベースという堂々たるボディサイズがもたらす美しいスタイリングは惚れ惚れするばかりである。
全幅2mは近年のスーパースポーツカーとしては標準的だが、見切りが良く、運転中の体感は実寸よりもコンパクトに感じられ、“巨大なGT”という印象は見事に裏切られる。これだけ大柄なボディのスーパースポーツだが、走り出してまず驚いたのは、ステアリングの正確性と一体感である。
正直に告白すれば、これだけの大きさでスタイリッシュとくれば、ガタピシといった低級音もあるだろうし、ステアリングの剛性感もさして期待していなかった。ところがロック・トゥ・ロックは2.3回転というクイックな設定で、わずかにステアリングをきり始めるだけでノーズが自然に向きを変えるではないか。しかも、そこに神経質さはない。先代最終モデルの「DBS 770 アルティメット」比で横剛性75%向上というボディ剛性向上の賜物だろう。
ペダル操作がそのまま推進力となる快感

加速フィールは、まさにヴァンキッシュの核心だ。エンジンの回転上昇に伴い音色は澄み、まるで精密機械が正確に噛み合っていくような精緻さを感じさせる。アクセルを軽く踏み増すだけでリニアにトルクが立ち上がり、9000rpm近くまで淀みなく吹け上がる。
大排気量ツインターボとは思えぬほどのレスポンスはアンチラグシステムたるブースト・リザーブ機構の賜物だろう。ペダル操作がそのまま推進力となるのは快感だ。冬の冷えた路面では慎重になる必要があるだろうが、タイヤが温まれば後輪駆動らしいダイレクトな加速を存分に味わえる。サスペンションにはビルシュタイン製DTXダンパーが組み合わされ、GT/Sport/Sport+の3モードが選べる。試乗のほとんどをGTモードで過ごしたが、快適性とスポーティさの共存は確認できた。今回の試乗はあいにく都市部のみだったのだがワインディグでも期待を裏切らないのではなかろうか。
装着されるタイヤは専用設計のピレリPゼロで、フロント275/35ZR21、リヤ325/30ZR21という立派なサイズ。タイヤは最高速度345km/hを支える重要な要素であるが、巨大なカーボンセラミック製のブレーキもまた頼もしい。ペダルストロークが短く、踏力に応じたリニアな制動感がある。車検証重量は1950kgで2t近いが信頼感がある。
ブランドが目指す絶対的上質




インテリアは、レザーとアルミの質感は極めて高く、触れた瞬間にこのブランドが目指す絶対的上質を感じさせる。新しいアーキテクチャを採用し、アストンマーティンらしいクラフトマンシップと最新デジタル技術が共存する美しい空間に仕上がっている。
ウイング形状を思わせるメーターナセルや10.25インチTFTドライバーディスプレイと同じく10.25インチセンターディスプレイ、ガラス製スタートボタン、精巧な金属ロータリースイッチが並び、高級感が漂う。もちろんこれらは操作に忠実に反応する。今時物理スイッチが多いことも嬉しい。
美しいスーパーGT

ヴァンキッシュは、グランドツアラーの快適性と、スーパーカーに肉薄する俊敏さを高度な水準で両立した美しいスーパーGTだ。5290万円という現実離れした価格はともかく、最高速度345km/hというスペックは誇張ではなく、シャシー、エンジン、電子制御すべてがその領域に耐える設計がなされている。その一方で、市街地など低速域における扱いやすさも兼ね備えている。
官能と理性、力強さと静謐──相反する要素を高次元で融合したヴァンキッシュ。アストンマーティンのフラッグシップとして疑いようのない完成度を持つ1台だと太鼓判を押せる。
PHOTO/平野陽(Akio HIRANO)
SPECIFICATIONS
アストンマーティン ヴァンキッシュ
ボディサイズ:全長4855 全幅2044 全高1290mm
ホイールベース:2885mm
車両乾燥重量:1910kg(Kerb)
エンジン:V型12気筒DOHCツインターボ
エンジン総排気量:5204cc
エンジン最高出力:835PS(614kW)/6500rpm
エンジン最大トルク:1000Nm/2500〜5000rpm
トランスミッション:8速AT
駆動方式:RWD
サスペンション形式:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ(リム幅):前275/35ZR21(9.5J) 後325/30ZR21(11.5J)
車両本体価格(税込):5290万円

