最新フェアレディZは理想のMT車になるか?

筆者にとって理想のMT車とは、「典型的な高回転高馬力型エンジンに、ソリッドなシフトフィールと適度に重くコントロール性の高いクラッチをもつMTを組み合わせたクルマ」である。前回記事のトヨタGR86・6速MT車のインプレッションでその理由を詳しく説明しているが、今回はそんな観点から、最新の日産フェアレディZ・2025年モデルの最上級グレード「バージョンST」6速MT車を見ていきたい。
日本では2022年1月の東京オーロサロンでデビューした現行7代目RZ34型フェアレディZは、法的(=型式指定上)にもパッケージングなど基本設計の面でも先代6代目Z34型のビッグマイナーチェンジに位置付けられるのは、恐らく多くの読者がご存じのことだろう。
その中で一新されたのは、初代S30型や4代目Z32型をモチーフにしたシンプルかつレトロモダンな内外装デザイン、スカイライン400R譲りのVR30DDTT型3.0L V6ツインターボエンジン(従来はVQ37VHR型3.7L V6 NA)、ダイムラーの「9G-トロニック」をジヤトコがライセンス生産する9速AT(従来はジヤトコオリジナルの7速AT)、新たに追加されたADAS(先進運転支援システム)。その他のメカニズムは先代6代目Z34型を改良する方策が採られている。

6速MTは設計を継承しつつ耐久性を大幅に強化
今回のテーマとなる6速MTも先代、さらに言えば先々代5代目Z33型から基本設計を踏襲しているが、エンジン最大トルクの大幅な増大(365Nm→475Nm。標準グレード同士の比較)に対応すべく、ベアリングとクラッチのサイズを拡大したほか、前者は熱処理を、後者はレリーズ機構をCSC(concentric slave cylinder)からレバー式に変更。またオイルパンのバッフルプレートを改良し加速時のオイル偏りを抑えたほか、1・2速のシンクロナイザー性能を約5%高めることで、耐久性・信頼性を向上させている。
シフトフィールの改善策も盛り込まれており、ディテント機構(シフトチェック機構)のチェックスプリング荷重を50%アップ。シフトノブもウェイトの質量を約25%増やし、レバーの長さも若干ながら拡大することで、吸い込まれるようなシフトフィールを目指したという。

では、実車の感触はどうか。率直に言えば変化の幅は、「そう言われてみれば少し変わったな」程度というのが本音。基本設計が共通している先代Z34、先々代Z33から大きくは変わっておらず、シフトフィール、クラッチペダルの踏み応えともずっしりと重い。
しかしシフトフィールは、金属的な硬質感を味わえるソリッドな手応えとは言えず、むしろグニャッとしたゴムっぽい感触の方が支配的。先代・先々代までの、しっかり回転を合わせてもエンゲージの際にやや渋さが出る感触は解消されたものの、筆者が理想とするシフトフィールからはなお遠い。

クラッチペダルに関しては、475Nmもの巨大なトルクを受け止めるMTとしては軽いものの、絶対的にはやや重め。街乗りや渋滞でストップ&ゴーを繰り返す状況でも、常日頃低年式のMT車に乗り慣れている筆者はさほど苦にならないが、MT車に乗る機会が少ない人なら30分以上乗り続けるのは辛いはずだ。

しかも、先々代より基本設計を踏襲しているシートが、この辛さに拍車をかけてくる。
筆者実測で180mmという非常に少ないヒール段差に対し、座面の長さは510mmと短く、下半身のサポートは心許ない。「バージョンST」「バージョンT」に標準装備されるパワーシートはそのうえ、車両中央寄りの座面サイドサポート上に前後スライドと背もたれ角度調節のスイッチが備わるため、その硬い感触がクラッチ操作のたびに煩わしく感じられるのだ。
クッション形状の変更や、滑りにくいスエード調ファブリックの使用拡大によるサポート性改善、また青や赤などの鮮やかなカラーが用意されたことは評価できるが、Z33のデビュー当時より不評なこのシートが、丸20年後に誕生したRZ34においてもなお抜本的に改善されなかったのは、非常に残念と言わざるを得ない。実際、2020年のプロトタイプ発表の段階でそれが見て取れたため、心の底から失望したのを、今でもよく覚えている。

ボディ剛性・接地性・乗り心地は先代から大幅進化
とはいえ、クルマ全体としては、先代より少なからず走りが進化したことを体感できる。
ボディはエンジンルームやバックドア開口部の骨格、またバックドア自体も剛性を高めたほか、ダンパーをツインチューブ式からモノチューブ式に変更。タイヤを最新世代にアップデートのうえフロントの幅を拡大し、さらにフロントサスペンションのキャスター角を1°増やすことで、四輪の接地性を高めている。その結果として、乗り心地が速度域や路面を問わず劇的に改善され、操舵レスポンスや旋回時の安定性もさらにアップした。

また、パワーステアリングが油圧式からラックアシストの電動式に変更されたことも、走りの変更点としては大きい。操舵力自体は依然として重いものの、先代よりリニアかつスッキリした感触に進化した。

しかしながら、MT車を含め新たに全車標準装備されたACC(アダプティブクルーズコントロール)を使用中にシフトチェンジすると、強制的にACCが解除されるのはいただけない。他社のMT車では解除されないものの方が多く、単に制御の問題と推察されるため、一部改良を待たず、また既販車を含めたコンピューターアップデートの実施を強く求めたい。


「VR30DDTT」は“完璧すぎるエンジン”へと進化した
そして、スカイライン400Rでも非常に好印象だったVR30DDTTは、現行フェアレディZに搭載されて、さらに非の打ち所がないエンジンに進化した。
ターボらしい豊かなトルクと、NAのようなレスポンスと吹け上がり、甲高いサウンドを兼ね備えた、まさにターボとNAの良い所取りをしたような仕上がりは全く変わらず。
現行フェアレディZではさらに、吸気系へリサーキュレーションバルブを追加し、アクセル全閉時にスロットルバルブを遅閉じ制御せずとも過給圧を逃がせるようにすることで、アクセルオフ時の回転落ちを早めている。
この効果は予想以上に大きく、NAエンジンだった先代のVQ37VHRよりもむしろ回転落ちが早いため、エンジンブレーキのかかりも強く、シフトダウン時にもリズムを取りやすくなった。シフトチェンジすると自動的に回転合わせを行う「シンクロレブコントロール」が、先代に続きMT車全車に標準装備されているが、その制御は全く不要と思えるほど、ヒール&トーは容易だ。

だが、エンジンが余りにも完璧すぎるがゆえに、ワインディングに持ち込んでも、決してシフトフィールが絶品とは言えないMTを操る喜びは、なおのこと味わいにくい。
タイトコーナーが続く芦ノ湖スカイラインでは3速に入れることすらまれで、ほとんどの区間を2速に入れたまま走りきれる。「バージョンST」のほか「バージョンS」「ニスモ」の各グレードにも標準装備された機械式LSDのおかげもあり、コーナーではエンジンの回転域を問わずスムーズに立ち上がることができた。



直線が長くコーナーのRも比較的緩い箱根ターンパイクでも、頻繁にシフトチェンジせずともスムーズに走れる傾向は基本的に変わらない。だが速度域が高くなるぶん、下り坂でのブレーキング時にワンダリングが強く出る傾向が顕著になる。
これはZ33に対しホイールベースが100mm短い2550mmとされたZ34からの悪癖で、その対策としてRZ34ではフロントサスペンションのキャスター角を1°増やしているのだが、抜本的な解決には至っていないのが正直な所。また旋回時のロール量が意外なほど大きいことも、走行中の不安感を増大させていた。


スカイライン400Rとの比較で見えるZの立ち位置
そんなことを感じながらワインディングを走るにつけ、「これならAT車の方が良いのでは」という思いが次第に強まっていく。
というのも、現行フェアレディZの9速ATはもちろん、スカイライン400Rの7速ATでも、VR30DDTTのポテンシャルをより効率良く意のままに引き出すことができるからだ。前述の通り、MT自体のシフトフィールに操る喜びを見いだしにくい以上、この完璧すぎるエンジンを搭載したモデルのMT車に拘泥する意義も見いだせない。

もっと言えば、「AT車を選ぶなら、フェアレディZよりスカイライン400Rの方が良いのでは」という思いも、走行距離を重ねるにつれ強まっていく。
フェアレディZに対しスカイライン400Rが決定的に異なるのは、300mm長い2850mmのホイールベースと電子制御ダンパーがもたらす安定性の高さ、座面長を含めて調整幅の大きいフロントシート、後席とトランクを備える実用性の高さ、海外では「インフィニティ」ブランド向けに開発されたことによる内外装の質感の高さ、そして価格の安さ(フェアレディZバージョンST:675万9500円、スカイライン400R:589万9300円)だ。
MTの存在意義はどこにあるのか? Zが突きつけた現実

つまり、フェアレディZを敢えて選ぶ理由は、MT車でなければ、そのスタイリングにしか残らない、ということになる。
しかしながら、話は戻るが、フェアレディZのMTは、その完璧すぎるエンジンに対し、残念ながらシフトフィールが全く追いついていない。日産の現在の経営環境を見れば無理難題ということは百も承知だが、このMTの一日も早い抜本的な改善を願わずにはいられない。
■日産フェアレディZバージョンST(FR)
全長×全幅×全高:4380×1845×1315mm
ホイールベース:2550mm
車両重量:1590kg
エンジン形式:V型6気筒DOHCターボ
総排気量:2997cc
最高出力:298kW(405ps)/6400rpm
最大トルク:475Nm/1600-5600rpm
トランスミッション:6速MT
サスペンション形式 前/後:ダブルウィッシュボーン/マルチリンク
ブレーキ 前後:ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ 前/後:255/40R19 96W/275/35R19 96W
乗車定員:2名
WLTCモード燃費:9.5km/L
市街地モード燃費:6.4km/L
郊外モード燃費:9.9km/L
高速道路モード燃費:11.6km/L
車両価格:675万9500円














