OVA『メガゾーン23』と劇中に登場する
「GS650G矢作省吾スペシャル」を製作した松井健司氏

みなさんは『メガゾーン23』という、ちょうど40年前に制作されたアニメ作品をご存知だろうか? この作品はアニメスタジオのアートランドとアートミック(前者は2015年にマーベラスと合併して解散、後者は1997年に倒産。以降、同作の著作権はAICに移る)が共同制作したSFアニメで、1985年3月9日に発売したOVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)として発売された。

『メガゾーン23』Blu-ray
『超時空要塞マクロス』制作スタッフを中心に、1985年3月から1989年11月にかけ全3作がリリースされたOVAシリーズの第1弾。OVA黄金期を代表する作品であり、2万6000本という驚異的なセールスを記録した。Blu-rayやDVDがAmazonなどで購入できる他、各種配信サービスで視聴可能。
Blu-ray:5814円/DVD:6980円(参考価格:Amazon)
©AIC

そのストーリーは、住民には一切真実が伏せられたまま船内に1980年代の東京を再現した巨大宇宙船・メガゾーン23を舞台に、バイク好きの主人公・矢作省吾が友人の中川真二から軍が極秘に開発した「ガーランド」というバイク(マニューバ・クラフト)を託されたことからはじまる。

青島文化教材社から発売された『メガゾーン23 No.01 1/24可変ガーランド』(メーカー希望小売価格:3990円[税込])のボックスアート。完成したプラモデルについては次回以降に紹介する。

ガーランドには来たる宇宙戦争のためにマニューバ・スレイブ(戦闘用ロボット)への変形機能があり、これを知ったことで省吾を取り巻く状況は一変し、B.D.(ビー・ディー)率いる軍から追われるようになる。逃亡生活のなかでヒロインの高中由唯と肉体関係を結んで恋人同士となるが、やがて省吾は人気絶頂のアイドル・時祭イブと東京に隠された真実の姿と直面することになる。

主役は戦闘用ロボットに変形する軍用バイクのガーランドだが、このSFメカを際立たせるために、全編を通じてフィーチャーしているのが現実世界を走るリアルなオートバイで、劇中には省吾のスズキGS650Gをはじめとした1980年代当時に身近だった車種が多数登場する。

1981年にスズキが発売したネイキッドスポーツ、GS650G。ターゲットデザイン社によるデザインで、1980年9月のケルンモーターショーにてGSX1100Sカタナと同時に発表された。実は、こちらもカタナのサブネームを与えられている。

そして、板野一郎氏や宮尾岳氏などのバイクが好きな実力派のアニメーターが多数制作に参加したことで、『メガゾーン23』はSFとしてのみならず、バイクアクションとしても超一流の作品に仕上げられているのだ。

今回、筆者はそんな同作に登場する「GS650G矢作省吾スペシャル」を忠実に再現した松井健司氏の愛車を取材すべく愛知県を訪れた。

松井健司氏が製作した「GS650G矢作省吾スペシャル」。OVA『メガゾーン23』に登場する主人公の愛車を忠実に再現している。カスタムは劇中に登場したマシンに準じており、フレームを黒から赤へとリペイントし、劇用車と同じアフターパーツを用いている。

だが、彼の愛車を紹介する前に、まずは当時のアニメ事情に詳しくない人のために、『メガゾーン23』のようなOVA作品がどのようにして生まれたのか、その誕生までの経緯を語ることにしたい。これを踏まえないと同作の歴史的な意義や作品としてのすごさや、いまだにこの作品にこだわるファンがなぜ多いのか、そして松井氏がGS650Gをカスタムした情熱が伝わらないと思う。

「GS650G矢作省吾スペシャル」のリヤビュー。現在、マフラーは貴重なアウトバーン製のものが装着されているが、もちろん、松井氏は省吾の愛車と同じヨシムラ製のマフラーも入手し、大切に保管している。

1970年代後半~1980年代中頃にかけてのオタクカルチャーやOVAについてモーターファン.jpで深掘りするのは、おそらく最初で最後となるだろう。ジャンル違いの記事などと言わず、どうかシリーズ最終回までお付き合い頂きたい。

松井氏の「GS650G矢作省吾スペシャル」は細部に至るまで徹底的にこだわっており、アフターパーツで存在しないものは、写真のメーターパネルのように自作して再現している。
GS650Gに搭載される673cc空冷4ストローク直列4気筒DOHC2バルブエンジンは65ps/9500rpm・5.3kgm/8000rpmを発揮(カタログ値)。

成熟期を迎えた日本のアニメと第一次オタクブーム
その申し子として生まれたOVA

家庭用ビデオデッキの普及に伴って1980年代中頃に成立したOVA(Original Video Anime)は、その名の通りオリジナルのアニメ作品を収録した、TV放送ではなくソフトとして販売されるセルビデオのことを指す。

その黄金期は1980年代後半から1990年代前半で、ピーク時の1989年には年間100本ものOVAが制作され、『機動警察パトレイバー』のようにOVA(とコミカライズの同時進行によるメディアミックス)から始まり、人気の高まりとともに劇場版やTVアニメへと発展した作品もあった。

SONY製ベータマックスJ9のカタログ。当時のオタクが憧れたビデオデッキのフラッグシップ機種だ。1975年にSONYがベータマックス、1976年に日本ビクターがVHSを発表するが、家庭への普及は1980年代に入ってから。画質はベータマックスが優っていたが、松下電器がVHSを推したことで販売力による差でVHSが「ビデオ戦争」に勝利する。しかし、画質にこだわるオタクはベータマックス、それも高性能なJ9を支持していた。ただし、J9は高価だったこともあり、購入できたのは裕福なオタクに限られたようだ。余談だが、ベータ用テープの生産終了は2016年3月だった。

映像記録メディアがビデオテープからDVDやBDへと移行した現在では、OVAはその意味を「Origina Visual Animation」へと変えつつ健在ではあるが、1990年代後半にアニメ業界のビジネスモデルが深夜アニメのソフト化へと変化したことに加え、近年ではオリジナル作品の発表は、ネット配信が主となったことで制作本数は激減し、アダルト作品を除いてかつてのような勢いは失われている。

OVA誕生の背景には、1970年代後半~1980年代前半の第一次オタクブームが強く影響している。1970年代後半という時代は、1963年の国産TVアニメ第1号となった『鉄腕アトム』の放送開始からおよそ20年が経過し、技術的にも映像標的にも成熟期を迎え、日本のアニメが世界に類を見ないほどの多彩なジャンルと高いクオリティ、さまざまな表現技法が生まれた時期でもある。

『鉄腕アトム Complete BOX 1』DVD
手塚治虫の代表作を自ら設立した虫プロダクションが映像化した作品。記念すべき国産初の本格的TVアニメシリーズであり、1963年1月から4年に渡って放映された長寿番組でもある。劇場版『宇宙戦艦ヤマト』の公開をきっかけに始まった1970年代末~1980年代中頃のアニメブームは、同作のオンエアからちょうど20年が経過し、アニメを見て育った世代が作り手として頭角を現した時期に巻き起こった。
画像は日本コロムビアから販売されている『鉄腕アトム Complete BOX 1』DVDで、Amazon(1万2583円)などで購入可能。

そして、この時代は同時に、人材的にも荒木伸吾氏や小松原一男氏、杉野昭夫氏、長浜忠雄氏、大塚康生氏、宮崎駿氏、富野由悠季氏などのベテラン・中堅だけでなく、アニメを見て育った才気溢れる若手アニメーターが徐々に頭角を表してきた時期でもあり、新しい感性がアニメの中に芽吹き始めたタイミングでもある。

その結果、数多くの傑作がこの時期に生まれたが、その中でも1977年に公開された劇場版『宇宙戦艦ヤマト』は若者たちの間で社会現象とも言えるブームを巻き起こし、アニメファンと呼ばれる若者たちを生み出した。そして、それに続く『機動戦士ガンダム』が再放送時をきっかけに爆発的なヒットを飛ばしたことで、アニメはコア層だけでなく大多数の若者たちを巻き込んで空前のブームを巻き起こした。その結果、それまでの「テレビまんが」は「アニメ」へと完全に脱皮を遂げ、若者文化の最先端を行く「ナウ」なメディアと進化する。

『宇宙戦艦ヤマト 劇場版 』Blu-ray
1974年10月からオンエアが始まった『宇宙戦艦ヤマト』は、本放送時は裏番組との視聴率競争に敗れ、放送期間の短縮を余儀なくされる(事実上の打ち切り)。しかし、緻密なSF設定と壮大なドラマ、当時としては珍しいハイティーンを対象した作品だったことから、各地でTV局への再放送嘆願運動やファンによるサークル活動が盛んとなり、1977年8月に劇場版『宇宙戦艦ヤマト』として公開されることになる。同作はTV版の再編集&総集編であったが、1年後の1978年には完全オリジナル新作の『さらば宇宙戦艦ヤマト』が公開されることになった。
画像はバンダイビジュアルから発売されている『宇宙戦艦ヤマト 劇場版』Blu-rayで、Amazon(参考価格:5549円)などで購入可能なほか、各種配信サービスでも視聴できる。

だが、今から振り返ると実際にアニメが若者のトレンドとなり、若者の誰しもがアニメに関心を寄せていた期間は意外にも短かった。一ファンとしてリアルタイムで当時を知る筆者の肌感覚からすると、劇場版『ヤマト』によって生まれた熱狂は、1981年8月公開の『さよなら銀河鉄道999』から1982年3月公開の『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』あたりがピークで、ポスト『ヤマト』『ガンダム』として期待が寄せられた劇場版『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』が公開される1984年夏には、引き続きアニメに関心を寄せていたのはコアなファン層だけとなっていたように思われる。

『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』
1982年に放送されたTVアニメ『超時空要塞マクロス』の人気を受けて、製作された劇場用アニメで、メカ・アイドル・三角関係という若者に人気要素を詰め込んだSF作品である。TV版で安定しなかった作画クオリティを新進気鋭の若手クリエイターを揃えた制作体制により、現在の目で見ても些かの古さを感じさせることはない。1984年は同作や『風の谷のナウシカ』『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』が公開されたことで劇場用アニメの当たり年となった。
画像はバンダイナムコフィルムワークスが販売している各種特典を同梱した『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか 4Kリマスターセット(4K ULTRA HD Blu-ray & Blu-ray Disc)特装限定版』(9900円)。映像ソフトのほか、配信サービスなどでも視聴可能だ。

当時の若者の多くは、お笑いやアイドルブーム、ディスコやサーフィン、DCファッションなどの次なる流行に関心が移っていたようなのだ。

若者文化の先端から外れるも、作品の受け手であるオタクはアニメを支持
しかし、社会はオタクを理解できず差別する

その一方で、ブームを経て日本のアニメ業界は技術・表現・人材のいずれの面でも世界屈指のレベルに成長したことで、それを追うアニメファンは若者のマジョリティとは成り得なかったものの、その数を加速度的に増やしつつより先鋭化していった。

1995年12月に撮影された晴海会場でのコミックマーケット=コミケット(以下、コミケ)49の様子。1975年に日商ホールで始まったコミケは、大田区産業会館や都立産業貿易センターを経て1981年12月のコミケ19から晴海フェラグランドへと会場を移すことになる。それまで最大でも600サークル・来場者1万人程度だった規模は、第一次オタクブームによって参加者が急増。1989年12月のコミケ37では1万1000サークル・来場者12万人まで規模を拡大する。(写真:Kobak)

しかし、当時の社会はまだまだ「アニメは子供が見るもの・いつかは卒業するもの」という認識を完全に拭い去れずにいたし、また、アニメ関心を持たない一般の若者は三無主義(無気力・無関心・無責任)の価値観に染まっており、アニメや特撮などの映像作品に異常な情熱を燃やす彼らが相当奇異に写っていたようなのだ。

アニメやマンガ、特撮などは必然的にインドア趣味となるわけだが、そうした彼らのライフスタイルに加え、流行にはさほど興味を示さずにわが道を突き進み、さらに仲間内の会話が一般人にはわからないジャーゴン(仲間内のみで通じる単語や言葉)だらけだったことから、理解できないものに対する不気味さや嫌悪感からなのか、「ネクラ」「ダサい」「気持ち悪い」とのレッテルを貼って彼らを差別した。

1978年4月に大田区産業会館で開催されたコミケ8で『宇宙戦艦ヤマト』のコスプレをする参加者。1974年にオンエアされた同作は、裏番組との視聴率競争に敗れて放送スケジュールの短縮を余儀なくされたが、ファンによるTV局への再放送嘆願運動などで全国にファンクラブが誕生し、その熱量の大きさから1977年にTV版の総集編となる劇場版が公開されるに至る。このファンクラブの創設が、投稿主体のアニメ雑誌『OUT』や『ファンロード』創刊の呼び水となり、雑誌というコミュニティができたことでさらにアニメ人気を加速させる。その結果「オタク」と呼ばれる趣味人が誕生することになるのだ。(写真:Labyrinth78)

そして、いつしかファン同士が仲間内での敬称として使用していた「オタク」という言葉が、アニメやマンガにみならず、ゲーム、パソコン、特撮、鉄道、模型、ミリタリーなどのファンに対する蔑称として使われるようになる(実際にファン同士が「オタク」という言葉を使っていた期間は短く、1982年の中頃にはすでに使われなくなっていた)。

もっとも、オタクはオタクたちで、パンピー(オタクがオタク文化に関わらない一般ピープルのことを揶揄してこう呼んだ)の若者に対して「大人が作った商業主義に踊らされる低能なアイツらなんかに、オレたちのことが理解できてたまるか。あんな薄っぺらい連中と付き合うなんてまっぴらごめんだ」という裏付けのないプライドがあったこともまた事実だ(当時の筆者がまさにそうだった)。

つまりはお互いがお互いを蔑視し合っていたのである。かくして、1980年代中頃には若者はパンピーとオタクの間で、目に見えない壁によって文化的に隔絶していたのである。ただし、評論家の大塚英志氏などが指摘しているように、オタクも新人類も同じような時代的・文化的背景から誕生したが、広告代理店が新人類という言葉を生み出し、マスメディアが権威を与えたことでメインストリームとして持ち上げられたに過ぎなかったのであるが……。

パンピーとオタク……両者の垣根がなくなるのは、1988年の東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件に端を発するオタクバッシングを経て、1990年代中頃の評論家・岡田斗司夫氏による東大での「オタク文化論」の講義が発端となるメディアを通じて「オタク文化は世界で大人気」と「世紀の大ボラ」を吹き、それをマスメディアが真に受けたことで世間のオタクに対する評価が180度代変わったことと、社会現象にまでなったアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(旧エヴァ)の大ブームを経て、大人がアニメを視聴することへの偏見がなくなる時代を待つことになる(続く)。

1988年の東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件は犯人がアニメや特撮に傾倒していたことから、マスメディアからオタクは犯罪者予備軍と見做され、パブリックエネミーとして激しいバッシングを受けることになる。そうした状況を一変させたのが、元ガイナックス社長で評論家・大学講師の岡田斗司夫氏だった。彼は東大で「オタク文化論」の講義をしていたことでマスメディアから注目され、TVでの出演時に「アニメは日本を代表するサブカルチャー」「アメリカをはじめ世界の若者たちの間で大人気」との主張を繰り返した。この時点では、一部の日本アニメファンの間で注目されるに過ぎなかったが、メディアが彼の言説を鵜呑みにした(おそらく、東大ブランドの影響も彼の計算に含まれていたはずだ)ことで世論は大きく変化し、オタクの社会評価は一気に高まることになる。すべてを見通していた岡田氏は、自身が持つ卓越したプロデュース能力を遺憾なく発揮し、オタクの社会的評価を一変させたのだ。大阪芸術大学時代から今日まで功罪共にある彼の評価はさまざまだが、この一点については誰もがその功績を認めるところだろう。写真は岡田氏の著書『オタク学講座』(講談社)。ちなみに、まったくの余談ながら当時筆者は彼の東大ゼミを“もぐり”で聴講していた。
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