珍車・名車も展示される『東京オートサロン』の会場で
西ドイツ製の「幻の水陸両用車」を発見!
『東京オートサロン』の主役といえば、速さと性能を追求したチューニングカーとオリジナリティあふれるカスタムカーであることに間違いはないだろう。だが、日本有数の屋内カーイベントということで、既存のジャンルに当て嵌まらない「珍車」や「迷車」と呼ばれるレアなクルマが展示されることがある。そのようなクルマは筆者の記憶にあるだけでも、UAZ2206(バン)、VAZ-2101ジグリ、ベッドフォード・キャンパー、リライアント・ロビンが過去出展されていた。

今回の『東京オートサロン2026』にも、まさしく珍品中の珍品、レア車中のレア車が出展されていたので紹介したい。そのクルマの名はアンフィカー・モデル770という。車名を聞いてもピンとこない人がほとんどだろう。だが、1961年に誕生したこのクルマは、世界で初めて民生向けに量産された水陸両用車という自動車史に燦然と輝く存在である。
チューニングカーやカスタムカーそっちのけで
アンフィカーに興味津々な中年エンスーがふたり
一見するとボートに車輪を備えたようなカタチのアンフィカーは、たしかに会場で注目を集めていた。しかし、来場者のお目当ては国産車ベースのチューニングカーやカスタムカーにあり、輸入車に興味を示す人でもメルセデスやBMW、ポルシェ、フェラーリ、ランボルギーニなどのメジャーなクルマに関心が寄せられていたようだ。
そうしたことからこの異形のクルマに皆1度は視線が行くものの、「なんか変なクルマが置いてあるぞ」「なにこれ?」「ヘンなクルマ」と一瞥しただけで、お目当てのブースへと足早に去って行く。彼氏か旦那の付き添いで訪れた女性の中には「カワイイ! 見てみて!」と関心を示す人がいるものの、男性の方は「ふぅ~ん」とチラリと見ただけで足を止める様子もない。

そんな中、大興奮だったのが旧車が大好き、レア車が大好物な筆者だ。まさか日本でアンフィカーと出会えるとは夢にも思ってもおらず、写真でしか見たことがない「幻のクルマ」を目の前にしてすっかり舞い上がってしまった。もちろん、本物のアンフィカーを見るのはこれが初めてだ。最近になって好事家が輸入してレストアをしているらしい、との噂は聞いたことがあったが、まさか幕張メッセでそれと出会えるとは想像だにしていなかった。

筆者と同じく興味深そうに車両を見聞していたのは、姉妹サイトの『スタイルワゴン・ドレスアップナビ(ドレナビ)』で記事を執筆している古川教夫氏だ。聞けば古川氏、バモスホンダを所有するエンスージアストであり、共通の友人に『ガタピシ車でいこう!』でお馴染みの漫画家・山本マサユキ氏を持つという。

ショップやメーカーが手塩にかけて仕上げた綺羅星のごときデモカーをよそに、中年のオッサンふたりが正体不明のちっぽけな水陸両用車に取り付いて、にやけ顔でアレコレとクルマ談議をする様子は、周囲の人びとからは少々異様に見えたかもしれない。
水陸両用車開発に一生を捧げたハンス・トリッペル作
アンフィカー・モデル770の驚異のメカニズム
アンフィカーの開発・製造は、実業家で当時BMWの大株主だったヘルベルト・クヴァントの意向を受けて、同社傘下のIWK(Industoriewerke Karlsruhe:現クーカ)が担当し、設計は水陸両用車開発に一生を捧げたハンス・トリッペルが手掛けている(彼の生涯については後編で詳しく解説する)。

クヴァントの狙いはアメリカ市場にあった。彼の地ではキャンプやスポーツフィッシング、ハンティングなどのアウトドアレジャーが庶民の間で広く親しまれており、そうした用途に適した乗用の水陸両用車を売り出せば大ヒットは約束されたものと固く信じていたのだ。計画された販売台数は2万5000台というこの種のクルマとしては途方もないものだった。

ファイバーグラス製のボートとは違い、アンフィカーはブレースで補強されたスチールモノコック製ボディで作られていた。水上航行を前提としているため、一般的なドアロック機構のほか 、水上走行時にドアをゴムシールと密着させるためのもうひとつのドアロックが備えられていた。

構造上、アクスルシャフトなどからの水の侵入は防げないため、ボートなどに使われるビルジポンプ(排水用ポンプ)が車体後部のエンジンルームに備え付けられている。また、米国沿岸警備隊が定めた船舶規定を満たすため、車体全部には赤と緑の航海灯が備えられているほか、リヤリッド(エンジンフード)には先端に白い航海灯が備わるマスト(旗竿)が取り付けられている。また、水上でも機能するようにホーンは外装式となっていた。

アンフィカーはRRレイアウトを採用していることから、一般的な乗用車ではエンジンが収まるフロントリッド(ボンネット)を開けると、スペアタイヤと燃料タンクが顔を出す。リヤリッドを開けると、そこに収まるのはトライアンフがヘラルド用に開発した最高出力39psの1147cc直列4気筒OHVエンジンだ。

陸上走行時にはエンジンからの動力を「ランド・トランスミッション」へと単板乾式クラッチを介して、エンジン前方に配置されたヘルメス製4速MTに伝達される。
一方、水上航行時には同じエンジンから「ウォーター・トランスミッション」へと動力が伝達される。こちらは前進と後退の2速を専用のシフトレバーを切り替えて使用し、後部にある一対のスクリューヘと動力が伝達される(その場合「ランド・トランスミッション」はニュートラルの位置に合わせる)。

なお、操舵は水陸のいずれもステアリングホイールを操作し、水上から陸へと上がる際には接岸した時点で「ウォーター・トランスミッション」から「ランド・トランスミッション」へと切り替えることで自力での上陸を可能としている。
サスペンションは独立懸架方式を採用。前輪はトレーリングアームとクランクリンク式の連結構造になっており、後輪はトレーリングアーム式となる。ブレーキシステムは4輪とも油圧ドラムブレーキとなる。

性能は優秀なれど欠点も多数……ヒットしなかったワケは?
表面積の2/3が水で覆われた地球は「水の惑星」と呼ばれている。このような環境ならアンフィカーは、その高い汎用性から「場所を選ばず移動可能な優れた乗り物」として高く評価されたことだろう。事実、このクルマは現役当時、ドーバーからカレーまでの約34kmものイギリス海峡を7時間20分で横断に成功しているし、耐候性も高く、バルト海で風速62~74km/hの疾強風荒れ狂う海上でテストを行った際も転覆することはなかった。最高速度は陸上で120km/hと当時の小型車の水準を満たしており、水上は12km/hで航行できた。

これほどの性能なら、さぞ販売も好調だったことだろうと思いきやさにあらず。その原因は欧州市場ではVWタイプIの2台分、北米市場ならキャデラックやリンカーンが余裕で買えるという新車価格の高さにあった。それほどの金額を出して手に入るのが、ちっぽけで簡素な小型の水陸両用車となれば、普通の人ならフィシングボートとそれを牽引するステーションワゴンを買ったことだろう。

また、アンフィカーは水上航行も可能というだけでやはり自動車だった。水に入るたびに13カ所のグリースニップルに注油する必要があり、そのためには車体をジャッキアップし、後部座席を取り外す必要があったのだ。こうした面倒なメンテナンス作業に加え、スチール製のボディはサビにもめっぽう弱かった。まだ、防錆技術が未熟な時代のことだ。海水にでも浸かろうものなら、たちまちボディ表面にサビが浮かび、放っておくと穴が空いた。

さらにトライアンフ製のエンジンにも問題があった。もともと乗用車用として開発されたこのエンジンは防水性能に問題があり、しばしば水上で故障した。水の上ではレッカー業者に救援を頼むこともできず、オーナーは故障のたびに備えつけられたオールで岸まで漕ぐ羽目になったという。
「水上を走るスポーツカー」との触れ込みでアメリカ市場で販売
得難い個性は多くの人々から愛され続ける
かくしてアンフィカーは登場からわずか4年、1965年に生産を終了してしまう。在庫車の販売はディスカウントされた上で1968年まで続けられたが、メイン市場のアメリカで施行された新しい排出ガス規制および安全装置基準に適合しなかったため、それ以降は新車販売ができなくなった。残った在庫は部品取りに解体され、カリフォルニア州サンタフェスプリングのヒュー・ゴードン・インポートに引き取られた(現在でもアンフィカーのパーツはこの業者から購入できる)。

生産台数については諸説あり、今となっては正確な数字はわからないが、3500台とも4000台とも言われている(うち右ハンドル車は92台)。そのほとんどがアメリカ市場で販売されたが、イギリス市場とドイツ市場でも少数が売られたようだ。ちなみに当時日本へもヤナセ系列のウエスタン自動車が5台の新車を輸入している。
生産国のドイツではベルリン市警が救難救助用に採用したほか、この成功を受けて在庫車として欧州に残されたアンフィカーの多くが救難用の水陸両用車に改造されたという。

しかし、その民生向けの水陸両用車という個性はほかに得難いものがあるようで、アメリカでは定期的にオーナーズミーティングが開催されており、毎年7月4日の独立記念日には「スイム・イン」と彼らが呼ぶ、水上航行イベントを楽しんでいるそうだ。
また、リンドン・B・ジョンソン第36代アメリカ大統領はアンフィカーの愛好家であり、休暇の際には自身の牧場に友人を招き、このクルマでドライブへと誘うと「ブレーキが故障している」と叫びながら湖に突っ込むイタズラを好んだと伝えられている。
ほかにもピンクパンサーシリーズの第3作『クルーゾー警部』などの数多くの映画に出演したほか、アニメ『ザ・シンプソンズ』のシーズン5では、アンフィカー製造にまつわるエピソードがオンエアされた。

チューニングカーやカスタムカーに混じってアンフィカーのような希少車が展示されるのも『東京オートサロン』の面白いところだろう。次回、会場を訪れる際はこのような珍しいクルマを探して会場を練り歩いても面白いかもしれない。

