新車発売の3年後に立ち上がっていたリフレッシュという発想

ホンダは2025年12月、旧車の動態保存を支援する新事業「ホンダ・ヘリテージ・ワークス」を立ち上げ、2026年4月から本格的なサービスを開始すると発表した。NSXについては、かつてより「リフレッシュプラン」として新車時の状態に近づけるサポート体制があったが、その取り組みとの違いなど、このプロジェクトの中核を担うカスタマーファーストサービス部リフレッシュセンターの3名に、その真意を聞いた。

ホンダがNSXの「リフレッシュプラン」を開始したのは1993年のことだ。初代の発売が1990年であるから、初期登録の人たちが最初の車検を迎えることになる、わずか3年後にはこの構想が形になっていたことになる。当時、メーカーが新車の状態を保たせるようなサービスを提供すること自体が珍しかったのに加え、新車発売からわずか3年の車両に対してそれなりの重整備プランを提示するのは極めて異例だった。

ホンダヘリテージワークスを担う、左から、加藤諒さん、遠藤靖さん、小池邦夫さん。

「リフレッシュプランの考え方は、実は新車発表時から存在していました」と語るのは、同プロジェクトでサービスの刷新を担当する小池氏だ。

「当時、NSXの開発責任者を務めていた上原(繁)は、オールアルミボディという特別なこのクルマを、文化として育てていかなければならないと考えていました。上原はダイナミクス性能へのこだわりが非常に強く、『3年も経てばサスペンションのダンパーは劣化し、本来の走りが損なわれる。それを再び新車の状態に戻す提案をすべきだ』という思想が、開発の初期段階からあったのです」

もちろん3年でダンパーがダメになるというわけではなく、それなりに走り込んでいれば、走りに変化が現れているはず、という究極のこだわりに対応しようという発想だった。それが文字通り、古くなったものを修理する「レストア」ではなく、新車の鮮度を取り戻す「リフレッシュ」だ。この独自のコンセプトに基づき、栃木県高根沢の専用工場「リフレッシュセンター」で専任技術者が一台ずつ手作業で向き合う体制が整えられた。

しかし、30年以上の歳月が状況を次第に変えてくる。初期型は誕生から35年、最終型でも20年が経過。現在、生産された初代NSX1万8000台のうち、国内向け約7000台のうち、今なお5000台程度約8割のNSXが現存しているという驚異的な残存率を誇る。ちなみに、20年を過ぎた大衆車では10%前後の残存率が一般的な数字だ。一方で、深刻な問題も浮上していた。特定の部品の枯渇である。

「これまでのリフレッシュプランは、あくまで『純正在庫部品を使って交換する』という前提でした」と、加藤氏は説明する。

「しかし、すでに一部の部品は在庫が底を突き、協力メーカーの廃業や金型の廃棄によって、再生産が不可能なものも増えていました。お客様のニーズがあっても、物理的に直せない。このままではリフレッシュというNSXの文化自体が途絶えてしまうという危機感がありました」

折しも、市場環境は激変していた。北米の「25年ルール」解禁や、映画『ワイルド・スピード』等の影響によるJDM(日本国内市場仕様車)人気の高騰により、NSXの市場価値は数倍に跳ね上がった。1000万円前後からのプライスタグが当たり前、中には億に近いものを見ることも。ホンダが国内最古参として続けてきた活動に対し、世の中の評価と需要が追いつき、追い越していったのである。

こうした状況を受け、リフレッシュプランの在り方を抜本的に立て直した。それが今回のオートサロンにも展示された「ホンダ・ヘリテージ・ワークス」である。最大の特徴は、活動を「部品の供給」と「車両の再生」の二本柱としたことだ。

部品の供給については、「ホンダ・ヘリテージパーツ」として、欠品パーツの再生産に乗り出す。

「基本的には当時と同じ材料・製法を目指しますが、どうしても不可能な場合は、現代の技術を用いた『純正互換部品』として開発します。例えば、オートサロンに展示したコントロールワイヤーなどは、製法を変えて機能を再現したものです。これらは単品販売も行うため、全国のオーナー様が等しく恩恵を受けられます」(加藤氏)

そしてもう一軸が、進化した「ホンダ・レストレーションサービス」だ。

かつてのアラカルト方式から、より包括的なメニューへと整理された。具体的には、動力性能を新車時に近づける「基本レストアプラン(1155万円〜)」に加え、ホワイトボディ状態に分解、塗装する、量産車以上に仕上げる外装レストア(660万円〜)、可能な限り、新車時の風合いを再現する内装レストア(374万円〜)のオプションを設定。

ひときわ人目を引いていたまるで新車の如き初代NSX。
新車以上に美しい、NA1型NSXのフロント下回り。

さらに、これらをすべて網羅し、新品部品をふんだんに投入して、さらに限りなく新車に近づける「トータルレストア」も個別に受け付ける。例えば、車検や機能的には問題ないが少し曇りが見られるコンビネーションランプを新品に交換するなどがこれに含まれるという。

特筆すべきは、このプロジェクトを推進するメンバーの個人的な「熱量」だ。部品担当の加藤氏は34歳。本田技術研究所で新型シビック・タイプRや2代目NSXの電動パワーステアリングの開発に携わってきた若きエンジニアだが、自ら希望して畑の違う部品販売部門へ異動した。

「実は私、S2000や他社の某Rが付くスポーツカーも所有していまして……」と加藤氏は苦笑いしながら明かす。

「個人的にその他社のヘリテージ活動に救われ、感動した経験が原体験としてあります。ホンダ車を愛するお客様にも、同じ感動を味わってほしい。その一心で、自分で担当部署を見つけ出し、社内公募に手を挙げてヘリテージパーツに関わっています。会社もこのような取り組みを始めるに当たりそれなりの覚悟が必要だと思いますが、この件は自分しかできないと、覚悟を決めて携わっています」

今後の展開について、今回の対象である1990年9月〜1993年2月生産以外のNSXや、その他のホンダ車オーナーなどファンが期待するのは「今後の拡大」だろう。

現状、レストアプランの対象は初期型のNA1(100型)に限定されているのは「新車時の品質を担保できる部品が完全に揃っているのがこの年式のみ」という誠実な判断によるものだ。しかし、メンバーはその先を見据えている。

「NSXの他の年式への拡大はもちろん、S2000やビートといった他車種についても、議論を戦わせている最中です。車種を広げるべきか、グローバルでの需要はどうか。一つひとつハードルを越えていく必要があります」(小池氏)

かつてサービスのトップを務めていた遠藤氏も、その熱意を後押しする。

「これまでは国内専用のサービスとして海外からの要望はお断りしてきましたが、今後はグローバル展開も視野に入れています。アメリカにも多くの現存個体があり、ヨーロッパにもあります。その場合、左ハンドル向けの部品の確保や復刻など必要になるでしょう。まずは部品の供給から始め、将来的なレストア拠点の拡大も含め、やれることはすべて検討していきます」

自動車メーカーが自らの歴史を尊重し、古い車を大切にするオーナーに寄り添う。それは単なるビジネスを超えた、自動車の文化づくりであり、結果としてブランド構築そのものだろう。

2026年4月、栃木の地で再び「新車のNSX」が産声を上げ、走り出す。ホンダが挑むヘリテージ事業の第二章が始まりだ。