「まだ3年だけど、もう3年」加速する自動車業界の変革スピードに応える

トヨタ自動車は2026年2月6日、都内で緊急記者会見を開き、同年4月1日付のトップ人事を発表した。就任から3年となる佐藤恒治社長は代表取締役副会長兼CIO(チーフ・インダストリー・オフィサー)に就き、執行役員の近健太氏が社長兼CEOに昇進する。

都内で行われた会見は緊急の開催だったにもかかわらず、多くの報道陣が駆けつけた。

トヨタの社長が近 健太氏に交代! 現社長の佐藤恒治氏は副会長に

トヨタは2月6日、同年4月1日付の役員人事を発表。現社長の佐藤恒治氏が新設の「Chief Industry Officer(CIO)」を兼ねる代表取締役副会長に就き、現執行役員でCFOを務める近健太氏が新たに社長・CEOに就任する。今回の人事により、佐藤氏が産業界全体、近氏はトヨタ社内に軸足を置くという明確なフォーメーションが築かれる。

一見すると異例とも映る短期間での交代だが、その背景には「トヨタ一社」の枠を超え、日本の基幹産業である自動車業界全体を守ろうとする、佐藤氏の強い危機感と戦略的な判断があった。

会見で佐藤氏は、自身の社長交代について率直な胸の内を明かした。3年という任期について「正直、短いと思う」と認めつつ、「まだ3年だけど、もう3年」と語り、自動車業界における変革のスピードが加速している現状を強調。今回の決断に至った理由を、次のように説明した。

「経営者として思うのは、今の局面で主語を『私』にしてはいけないということです。主語が『私』になると、『私はまだこれができていない』『あれがやりたい』と判断が濁る。自工会の会長専任というタイミングが今来たのであれば、3年が短いといった話は関係ない。主語は『私たち(We)』であるべきだと思っています」

会見後のフォトセッションに握手で応えた佐藤恒治氏と近健太氏。

佐藤氏の背中を押したのは、役員人事案策定会議からの「今のフォーメーションで、トヨタの経営と産業全体の責任を両立できるのか」という問いかけだったという。社長就任以来、経営のスピードを落とさず行動し続けることを命題としてきたが、自工会会長としての活動が本格化する中で、双方を全力で担えるのかという葛藤が生まれていた。そうした折に投げかけられた問いを受け、自身が「オーバーロード(過負荷)」の状態にあると受け止め、トヨタの足元を固めるCEOの役割を近氏に託す決断に至った。

「1月末、豊田(章男)会長から、日本を良くしていくためのお役に立ちたいんだという話を、しみじみとしていただきました。それが、自分が社長になったときに会長から言われた『10年やってきたクルマづくり、そのフィナーレを一緒にやってくれ』という言葉と重なった。今、自分がどの場にいるべきか。その言葉ですごく吹っ切れて、決意が固まりました」

途中、司会者が「(佐藤氏が)何か悪いことをしたから会見があると思った人が少なからずいるみたい」と冗談を飛ばすと、佐藤氏は「友人からも『お前、なにやったんだ?』というLINEが届いています。誤解があるといけませんが、本当に何もありません。前向きな議論なので、その点は理解してほしい。友人も変なLINEを送ってこないでほしいですね」と応じ、会場の笑いを誘った。

佐藤氏が就くCIOは、トヨタの枠を超え、産業全体に軸足を置く役割だ。佐藤氏は6月の株主総会を機に、トヨタの取締役からも退く予定である。その理由について、次のように語った。

「これから自工会で取り組もうとしているのは、業界横断のテーマが多い。そこでリーダーシップを取ろうとすると、トヨタのバッジがついているだけで、同調圧力になってしまう。本当に素の立場で、各社の思いの『連結器』になれなければ、大きな業界改革は進まない」

会見で佐藤氏が熱く語ったのが、自身が育ってきた「現場」への思いだった。「トヨタは、どの工場でも、どの開発現場でも、全員が一生懸命に取り組んでいる。見えないヒーローがたくさんいる」と現場の担い手を称賛。そして、下山テストコースで、自ら開発したクルマを走らせる若手エンジニアたちの目を見たとき、自身の役割を再確認したという。

「開発をやっている若いエンジニアたちの目が、本当に綺麗で輝いていた。自分はエンジニアとしてそこに溶け込むのではなく、彼らがやりたいことに挑戦できる環境を整える立場なのだと思った。彼らが大好きなクルマづくりに打ち込める環境をつくる。それが、これからの自分の役割だと考えています」

次期社長の近健太氏は数字のプロ。しっかりとした財務体質の確立を目指す

今回の人事で、最も驚きを隠せなかったのは、新社長に指名された近健太氏本人だったようだ。会見で近氏は、打診を受けた際の率直な心境を明かした。

「お話を聞いたのは1月中旬ごろです。役員人事案策定会議の役員の方から伺いました。正直、頭の中が真っ白になりました。その後いろいろ説明を受けたと思いますが、あまり覚えていないというのが本音です」

社長就任の打診を受けた際は頭が真っ白になったという近氏。

佐藤体制が3年目に入ったばかりの中での交代は、まさに青天の霹靂だった。近氏は副社長経験者ではあるが、次期社長を意識していたわけではなかったという。

近氏は直近の2年間、ソフトウェア開発を担うウーブン・バイ・トヨタのCFOとして、トヨタ本体とは異なる文化の中で仕事をしてきた。そこで感じた課題を、こう振り返る。

「トヨタは一人一人の使命感が強い一方で、新しい取り組みに対して、過去の方程式に沿って考えてしまう面もある。ウーブンでの経験を通じて、トヨタのすごさと同時に、課題も見えた。機能軸に縛られない全体最適の取り組みを進めていきたい」

長年、経理・財務畑を歩んできた近氏は「数字のプロ」でもある。司会者が「章男さんはクルマ好きなおじさん、恒治さんはクルマづくりが好きなおじさんですが、近さんはどんなおじさんですか?」と問いかけると、「私もクルマは好きですが、経理をやってきたので、クルマをきちんとつくるための投資や収益、数字には強いこだわりがあります」と応じ、豊田喜一郎氏を支えた大番頭・石田退三氏の名を挙げながら、その決意を語った。

「豊田会長と話をした際に、石田さんの名前が出ました。石田さんもお金には厳しかったが、無駄なことには使わず、喜一郎さんの夢には思い切って投資した。トヨタの収益は、自分以外の誰かのため、あるいは産業全体のために使われるべきだと思っています。会長が石田さんの名前を出されたのは、そうした体質、収益構造にこだわれという意味だと受け止めました」

クルマ好きにとって気になるのが、近氏の素顔だ。豊田章男前社長、そしてレクサスLCの開発責任者を務めた佐藤恒治氏はいずれも、クルマへの強い思いを前面に押し出してファンの支持を集めてきた。財務畑を歩んできた近氏は、どんな人物なのか?

「実はミニバン好きなんです」と佐藤氏は近氏の一面を明かす。「ミニバンの話をさせると止まらない。ノア/ヴォクシーへのこだわりは人一倍」。近氏自身も、ラリーチャレンジに出場した経験を持ち、「クルマに乗る機会はこれからもつくっていきたい」と、ドライバーとしての思いをのぞかせた。

会見終盤、司会者が今回の人事と豊田会長との関係を問うと、佐藤氏は「今回、会長は意思決定に関わっていない」と明言した。トヨタの役員人事は、独立性を持つ役員人事案策定会議での検討を経て、取締役会で決議される。

「昨年の株主総会で指名委員会等設置会社に移行して以降、現役CEOのリスクマネジメントや後継者育成について議論を重ねてきました。私が自工会会長に就任することが固まった昨年末、その議論が具体化し、最終的に私自身が判断して取締役会に提案しました」

現在69歳の豊田会長は、今後取り組むテーマを三つに絞っており、その筆頭が人材育成だという。佐藤氏は「経営の実践を学び、体制を厚くする経験を積むことが、トヨタを強くし、日本を元気にすることにつながる」と語り、会見を締めくくった。

会見後の質疑応答では、東京オートサロン2026で発表されたガズーレーシングとトヨタ・レーシングの「社内抗争」を捌くレフリー役だった佐藤氏の後任に関する質問が飛び出した。佐藤氏はAIで加工された悪人顔(笑)の画像が気に入らないようで、笑顔への変更を要求。さらに「今後は近さんに差し替えて展開してもらえればいいと思います」と返答した。