学生時代から憧れて25年
遂に巡り合ったオンリーワンの1台!
クルマ雑誌の編集者になって、気が付けばもう30年が経つ。チューニングカーの取材に関しては百戦錬磨を自負する自分も、今回ばかりは緊張の色を隠せなかった。
車両はBNR32、オーナーは鳩山太郎さん。父親は衆議院議員を長らく務め、総務・法務・労働・文部大臣を歴任した鳩山邦夫氏。叔父は民主党政権下で第93代内閣総理大臣に就いた鳩山由紀夫氏。「住む世界が違う」とはよく耳にするが、その言葉を初めて実感した。同時に「純血馬=サラブレッド」という単語が頭をよぎる。
さらに家系を辿ると、祖父に鳩山威一郎氏、曽祖父にはブリヂストン創業者の石橋正二郎氏、自民党初代総裁の鳩山一郎氏…と錚々たる人物が名を連ねる。戦後日本の政治と経済において中心的役割を果たしてきた屈指の名門が鳩山家。その子息に取材するとなれば、それは緊張しない方がおかしいというものだ。

ところが、そんな気持ちを吹き飛ばしてくれたのは、他でもない太郎さん本人だった。ボディは明るい黄色で全塗装され、ワークマイスターS1が足元を引き締めるBNR32で待ち合わせ場所に颯爽と現れる。クルマから降りるなり、にこやかな表情と柔らかく落ち着いた口調で自己紹介された瞬間、それまでの緊張が嘘のように解れた。
「学生の頃からずっと憧れだったんですよ、32GT-Rは。R33やR34に比べてボディがコンパクトで軽いというところにも惹かれました。ただ、そこに辿り着くまでは長かったですね。かつて都議をしていた時はプリウスに乗っていましたけど、当然ATなのでMT車が欲しいと思ってました。そこでプリウスから乗り換えたのがR33スカイラインGTS。このクルマで初めてMTの楽しさを知りました」と太郎さんが言う。

思い続けること25年。憧れのBNR32を手に入れたのは2019年、太郎さんが44歳の時だった。ネットで中古車を探して実際に足を運んだのは、在庫車両が豊富に揃っていたプロストックレーシング。その展示場に並んだ数あるBNR32の中で太郎さんの目に留まったのは、黄色でオールペンされた1台だった。
「サンリオのキャラクターで“ぐでたま”ってありますよね。実は大好きなんです。それで、ぐでたまといえば黄色。となれば、このGT-R以外に選択肢はありませんでした。純正では設定されなかった色だけに、むしろオンリーワンで良いんじゃない?とも思いました」。

チューニングはショーリエンタープライズの岡野氏から紹介してもらったという名門アドミクスの本嶋氏に依頼。エンジンはGCG GT2860Rツイン仕様。カムはHKSステップ1(IN/EX264度)が組まれ、燃料系はニスモポンプと600ccインジェクターで容量アップが図られる。
排気系はフロントパイプ、メタルキャタライザー、スーパーターボマフラーとHKSで統一。また、DRLアルミラジエーター、HKSインタークーラー&オイルクーラーで冷却系の強化も行われている。

エンジン制御はF-CON VプロVer.3.4が担当。「ブースト圧はEVC6でコントロール。最大ブースト圧1.2キロで600馬力です」とアドミクスの本嶋さん。
車高調は減衰力16段調整機能を持つ全長調整式のテインフレックスZ。ブレーキはエンドレス製で、17インチホイールの装着を可能にするため、フロント6ポット、リヤS2(2ポット)キャリパーが選ばれた。

ホイールはワークマイスターS1。ポリッシュリムとブラックスポークがボディ色とのコントラストを生み出す。タイヤは255/40-17サイズのポテンザRE-71R。「実はニスモ40周年記念のLM-GT4(18インチ)も買っていて、近々履き替える予定です」と太郎さん。


ステアリングホイールは2018年に限定発売されたナルディクラシックのブルーロゴ&ステッチモデル。それに合わせてシフトノブもブルーステッチのナルディ製に交換される。追加メーターはAピラーに排気温度計と油温計。メータークラスター左側にブースト計を装着。また前席はレカロSR-3に交換され、後席と合わせて本革で張り替えられる。ショーリエンタープライズ岡野さんいわく「イタリア製高級レザーを15mほど使ったワンオフです」とのこと。

太郎さんとGT-Rには因縁浅からぬ関係がある。というのも、曽祖父の石橋正二郎氏はブリヂストンを創業しただけでなく、スカイラインを生み出すことになるプリンス自動車工業が、ガソリン自動車事業を始める際の出資者であり、経営にも携わっていたからだ。
「曽祖父が作った自動車メーカーで誕生したスカイライン。日産との合併後もプリンス自動車の魂をしっかり受け継いできたクルマだと思います。自分の中では様々な思いが積み重なっているので、やはりGT-Rには特別な思い入れがあるんですよ」。他の誰でもない、創業者の子孫が語る言葉は重みが違う。

2024年末、そんなスカイラインを抱える日産が深刻な経営難に陥っているとニュースで大きく報じられた。スカイラインと所縁のある太郎さんは相当に歯がゆい思いをしているようだ。
「トヨタのライバルだったのに、今では大きく水をあけられて。海外ではホンダの方が多いくらいの状況を見ると悔しいですね。日産にはぜひ頑張ってもらいたいです」とエールを送る。続けて、こうも言っていた。

「乗るのに勇気が必要なクルマもありますが、GT-Rは“乗ると勇気をもらえるクルマ”なんです」と。そう、元気だったかつての日産を最も体現していたのがGT-Rだったのだ。
実は縁や生い立ちまで関係しているという壮大なスケールの話。その背景を知り、太郎さんほどGT-Rに相応しい人は他に居ないと思った。
TEXT:廣嶋健太郎(Kentaro HIROSHIMA)
Special Thanks:ショーリエンタープライズ 埼玉県所沢市南永井1116 埼玉スポーツセンター内 TEL:04-2936-9595
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