クルマの種類はユーザーの数だけ・・・こんな理想に近づけた新オーダーシステム
自動車を買うとき、みなさんは何を考えながら注文書にハンを押すだろうか。
まずは自分のクルマの使い方と予算、サイズやデザインからクルマの候補を決め、それらのカタログを入手。
予算に応じてほしい装備や色、スタイルから候補を絞り、必要ならオプション用品を加えて注文書にハンを押す。
とまあ、こんなところだろう。
でも、本当に満足する買いものができたのだろうか?
私もみなさんも、クルマは自分の好みや意志で選んだ気でいるが、私たちは、実際にはカタログに用意されたものの中からしか選ぶことができない。
クルマに興味のないひとはいいが、ヘンにこだわりがある奴には、クルマ選びには結局、「譲歩」「妥協」「あきらめ」のどれかがつきまとう。
こんな不満はセリカ以前から聞かれていたのだろう、そういった理不尽さを解消しようと、初代セリカでは、顧客のクルマ選びにまで新しい試みが採り入れられた。
「フルチョイス・システム」がそれだ。
これは数種ずつ用意されるエンジン、トランスミッション、ブレーキ、内装の造り・・・これらをユーザーが自由に組み合わせ、「自分だけのセリカ」を造り上げられるようにしたもので、国産初のものだった。

早見表を作ったのでごらんいただきたい。


お気づきの方がいたかどうか。
今回「初代セリカ解説」では、完全にとはいかなかったが、機種名や内装、エンジンバリエーションなどの表記を極力避けてきた。
例えば前回、10回に渡ってお送りした「初代ソアラ」なら、下のいちばん安い「2000 VI」(この「VI」を主役にした10本目の記事をいちばん読んでほしかったのだが、ほんとにみんな読んでくれた! 読者のみなさん、ありがとう。)から最上級「2800 GTエクストラ」まで5機種存在するが、顧客が選べるのは機種にオプション、内外装色ぐらいのもの。
「2000GTエクストラ」がほしいったって、「2800VI」がほしいったってそうはいかない。


ところがセリカの場合、注文時に「自分だけのセリカ」を造り上げていくわけだから、いわゆるグレード分けというものが存在しない。
エンジン&トランスミッションをまず選び、そこに好みの外観やインテリア、オプションを選んでいく・・・したがって、車両価格も結果的に決まるため、きっちりした車両価格表は存在しない。あるとしたら次のような「代表的な車型の価格表」だけだ。

いわばオーダーメイドで服を作るようなものだが、視点を変えればもうひとつ、「CoCo一番屋」でカレーを食うのとよく似ている。
最後に行ったのがだいぶ前だから、「CoCo一番屋」のサイト情報を引き合いにすると、まず標準のカレーを選んでからご飯の量、辛さ、トッピングを選ぶようになっている。
トッピングなんてかなりの数があり、肉類、魚介類、野菜、その他多くから選べる・・・セリカと同じだ。
というより、「CoCo一番屋」の創業者は、メニュー作成にこの「フルチョイス・システム」を参考にしたのではないかと思うほどだ。
ただし、セリカの象徴「1600GT」だけは「フルチョイス・システム」の対象外だ。
選択分野は、いや、カレーじゃなくてセリカの話、「エンジン」「トランスミッション」「エクステリア」「インテリア」「インテリアカラー」「タイヤ&ブレーキ」「車体色」の7分野。
ひとつひとつについて説明していく。
1.エンジン
セリカは外観からでなく、まずエンジン選定が先だ。
次の3種からセレクトする。
2.トランスミッション
トランスミッションも3種。
「フル」とはいっても制約はあり、1400車は4MTしか選べない。
さきの早見表から、5速を駆使して山道を攻める、走りのセリカをトヨグライドでイージーに楽しみたいなら1600以上を選ぶしかない。
3.エクステリア
これが先に書いた外観5仕様。
みなさん、街で見るセリカの前後に、「ST」「LT」といったバッジをご覧になって、これがセリカの安い高いを示す機種名と思っていただろうが、そうではなく、セリカの場合は、外観の仕様名称となる。
まずみなさんが好きなもっとも簡素なものから紹介する。
1.ET(エキストラ・ツーリング)
みなさん、お待ちかねの、もっとも簡素な外観のモデルで、グリルやバンパー、ボディ下部のモール類を省略している。
ホイールキャップが、どこかの地方都市の商工会議所の会議室にあるような灰皿(使い古してゆがんだ金属のやつ)のようなデザインなのがいい。
「ET」や次項以降の「LT」「ST」は機種名ではないと書いたが、そうはいってもこの「ET」は、何のオプションも選ばず、丸裸のままで買えば、シリーズ中一番安い基本仕様になるクルマで、CoCo一番屋のカレーでいえば「ポークカレー」に相当する(「基本のカレー」とサイトに書いてあった。)。


2.LT(ラグジュアリー・ツーリング)
ETにモール類が追加されたのが大きな違い。
ロッカー部にモールの細型が加わり、ETでは無色だったガラスが淡青色に、おっかぶせ灰皿デザインだったホイールキャップも形がグレードアップする。


3.ST(スポーツ・ツーリング)
LTに対し、「ST」の文字入りストライプが加わり、ロッカーモールはLT用からわざわざ幅広にしたものにしている。芸が細かい!
フェンダーミラーは、ET、LTでは小学校の歯みがき検査のときに使う手鏡みたいだった平型から砲弾型に変わる。
ホイールキャップはLT用と同じだが、塗装が加わっている。


4.インテリア
内装は大きく分けて3つ用意され、それぞれの中でさらに細分化される。
1.ベーシック内装
3種内装の中でいちばん安い基本型。さらに安い高いの2種がある。
「ベーシック」はヒーターすらつかない、基本中の基本・・・ポークカレーの内装版だ。
「内装編」の「メーター」項でお見せした指針式の油圧、電流表示は、この「ベーシック」では赤ランプだ。

速度計の右には針があるのは回転計(タコメーター)に見えるがそうではなく、「メモリー・メーター」となる。
カタログには「中央のノブを回すと指針をどこへでもセットできます。覚えておきたい時間やガソリン補給量の数値に針を合わせてください。」と。
予算に限りがあるひとはこの「ベーシック」内装を選び、普段は耳をタコメーターに、そして冬は全身凍えながらハンドルを握ることになる。
セリカなのに。
その上は「ベーシックS」。
「S」は「スポーツ」のことで、ヒーターが加わるほか、メーターに力が入れられ、回転計(タコメーター)がつくのと、赤ランプだった油圧と電流表示が指針式になる。

2.デラックス内装
デラックス内装は3種。
「デラックス」は「S」がつかなくともヒーター、ラジオ、ライターが標準化。
ここで初登場の「SW」は「スポーツ・ウッド」のことで、メーターやシフト周辺が木目となり、いちだんと「デラックス」になる。
ウッドは「内装編」の1600STでお見せしましたな。



3.カスタム内装
コンソールが大型化される。
メーターまわりは、SWの名のとおり木目だが、それ以外の「カスタム」「カスタムS」は、メーターやコンソールまわりがグレーになる。



5.インテリアカラー
こちらも3種類。
男くささいっぱいに溢れるスペシャルティなら「ブラック」1択だろう。
他に、タイトなキャビンを広く見せる「アイボリー」、「まっ赤っ赤!」が目にまぶしい「レッド」がある。
趣向のまったく異なるカラーがあるのは喜ばしいが、私はこのセリカでアイボリーやレッドの内装色のセリカを見たことがない。

6.タイヤ&ブレーキ
エンジンパワーを受け止めて走ったり止まったりするだけに、エンジンとタイヤ&ブレーキは密接につながっている。ここいらまで自由気ままの選択制にするわけにはいかない。
例えば1400車の前輪はツーリーディングのドラム式に固定され、ディスク式は選べない。
ヘタにフリーにすると、1600ツインキャブの105ps車にツーリーディングを選ぶひとが出てこないとも限らない・・・ことはないと思うが、ためにエンジン選択がそのままブレーキの選択になり、完全なフルチョイスとはいかないのは仕方あるまい。



7.車体色
6のタイヤ&ブレーキまでは1600GTは対象外。
ここから先は1600GTも仲間入りしてボディカラー種のセレクトとなる。
表のとおり、カラー種は全部で8色。
GTとSTは「エラストマ・カラーバンパー」を選択可能だが、これも色によって可否がある。
色付き軟質素材でコーティングしたものだが、色が限定されているのと、色付きになるのはフロントバンパーのみで、リヤはめっきのままだ。

ことほどさように、顧客は、与えられた事細かなこれら1~7の選択しろから、販社のコンピューター「カーピューター」で希望をオーダーしたわけだ。
といっても、当初は名古屋地区5つのディーラーでテストを行なうのみで、本格稼働は翌春からとされた。
販社もこれまでにない試みに巻き込まれ(?)、さぞや目のまわる思いをしたことだろう。
エンジン、トランスミッション、内装、車体色・・・これら順列組み合わせで、出来上がるセリカの種類は、当初は1000万種と想定され、発売期間によりけりで1400万種類とも3000万種類ともいわれた。
ただ、当時の開発者は、
「1か月も経てば前の月の傾向からユーザーの嗜好もわかりますから、先々の見通しも可能です。いつでも1000万種類のものを造る体制が整っているということです。」
「軌道に乗れば、好みのクルマも10日前後で納車できます。」
と述べている。
【フルチョイス・システムの対象外・1600GT(グランド・ツーリング)はこうなる】
「1600GT」は、メーカーが決めた「1600GTはかくあるべし」の思想を理解して乗るべきクルマだ。
すべての装備が最上級版となる。
それどころか、GTだけの装備として、合わせガラス、AM/FMラジオ、パワーウインドウ、革巻きのハンドルなどが専用で与えられている。
なお、残念ながらCoCo一番屋には、お店が決め打ちして「だまってこれ食え!」にした、1600GTに相当するメニューはない(あたり前だ)。



工場側にも求められた新しい対応
画期的なチョイスシステムの恩恵も、工場側がこのシステムに対応していればこそだ。
いままでどおりの生産方法だと1000万を超える(可能性のある)オーダーにとても追っつかず、納車まで1か月も2か月もかかってしまう。
そこで工場の方にも新しい生産システム「デーリー・オーダー・エントリー・システム」もしくは「デーリー・プロダクション・システム」が導入された。
| 筆者注・トヨタ自工とトヨタ自販 当時のトヨタは、クルマを造る側の「トヨタ自動車工業株式会社」、売る側の「トヨタ自動車販売株式会社」とに分かれており、1982(昭和57)年7月の「工販合併」で、いまの「トヨタ自動車株式会社」になった。 |
これは毎日全国販社から届けられる注文内容を、販社およびトヨタ自販・トヨタ自工間で結ばれたコンピューター間で相互連絡し、生産計画を毎日組み替えるものだ。
具体的には、全国販社はその日の受注をテレックスでトヨタ自販に連絡、受け取ったトヨタ自販はそれを集計して毎日トヨタ自工にデータ電送する。
トヨタ自工はデータを生産車両の優先順位、生産の平準化などを考慮しながら1日分の生産計画にして工場に指示する・・2025年の目で見ると驚きはしないが、販社と自販と自工をオンラインで結び、注文内容がメーカー、工場に迅速に届くようにした点が、当時にとって画期的だった。
これにより、従来(この当時としての)、工場の生産計画が10日間単位だったのを、1日単位の受注生産方式に改め、たとえ1000万種超の中のどの仕様のオーダーが顧客から来ようと、数日、最遅でも10日間でセリカが届くようにした。
「フルチョイス・システム」「デーリー「デーリー・オーダー・エントリー・システム」、2つの新システムによって、顧客は他のセリカとは違う「俺だけの特別なセリカ」を手にできるようになったわけだ。
ところでセリカやシルビア、プレリュードのようなクルマは、特に1990年代から生産終了まで、「スペシャルティカー」と呼ばれてきた。
そして「スペシャルティカー」を名乗った最初のクルマはこの初代セリカだ。
「セダン」「ワゴン」ではないことはわかる。
だからといって「スポーツカー」でもないらしい・・・どうもわかりにくい言葉だと思っていたのだが、セリカの「フルチョイス・システム」を調べてひとつの推論を抱いた。
「special」は「特別」の意味だが、セリカが「スペシャルティ」を掲げたのは、この特別誂え=オーダーメイドをできるようにしたがゆえではないか。
そしてそれがたまたま母体を持たない2ドア専用車だったがために、他メーカーもメディアも「オーダーメイド」の部分だけ見落とし、同じような生まれのシルビアやプレリュードをも「スペシャルティ」と認識してしまうようになってしまったのではないかと思う。
「スペシャルティ」を名乗れるのは、仕様を自在に選ぶことができてこそなのに、である。








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今回は初代セリカでは避けることのできない「フルチョイス・システム」について解説した。
このシステムの話はもうちょい続けます。
あと、ヤフーコメント欄に突っつかれないうちに先まわりしておくと、初代セフィーロや新生コルトは次回ちょっと触れます(忘れなければ)。
また明日。








