未加工のリアルを映し出すドキュメンタリー的撮影手法

フレンチ・コネクションでは、高架線下がカーチェイスシーンの舞台となった。

フレンチ・コネクションの最大の特徴は、徹底したオールロケーション撮影だ。監督のウィリアム・フリードキンはテレビのドキュメンタリー制作の経験を持ち、その手法を劇映画に持ち込んだ。

通常のロケ撮影では現場を片付け、人を遮断してエキストラを配置するが、本作では歩行者やゴミ、干された洗濯物など、生々しい街そのままの姿を背景に撮影が行われた。さらに特筆すべきは、実際の事件の舞台となった場所で撮影されたという点だ。フリードキンは、原作のモデルとなった実在の刑事と共に事件現場を巡り、その場所で撮影を敢行した。

この徹底したリアリズムへのこだわりは、フランスの映画潮流「ヌーベルバーグ」から影響を受けたものだ。特にジャン=リュック・ゴダールの「勝手にしやがれ」とコスタ=ガヴラスの「Z」からインスピレーションを得たとフリードキン自身がコメンタリーで証言している。本作の通常の映画では味わえない緊張感と臨場感は、このアプローチにより誕生したのだ。

刑事ポパイが犯人を追いかける尾行シーンや路地裏の追跡劇は、まるで視聴者自身がその場に立ち会っているかのような迫力を放っている。ニューヨークの雑然とした街並みや住民の何気ない日常が、物語に厚みと重みを与えているのだ。

街中の一般道を145km/hで駆け抜けた伝説のカーチェイス

ポンティアック・ルマン(1971)

映画史に残る名場面となった高架線下のカーチェイスシーンは、フレンチ・コネクションの白眉と言える。逃げる犯人が電車に乗り込んだため、主人公ドイル刑事は車で電車を追いかけるという斬新な展開だ。

使用されたのはポンティアック・ルマンで、運転はスタント・ドライバーのビル・ヒックマンが担当。驚くべきことに、このカーチェイスシーンでは、許可を取らずに公道で撮影が行われた。一般車両が行き交う実際の道路で、時速90マイル(約145キロ)以上のスピードで走行したという。安全設備も最小限だったとされ、これは映画業界の常識を覆す危険な撮影だった。

さらに興味深いのは、主演のジーン・ハックマン自身も一部のシーンで実際に運転していたという点だ。これにより、俳優の表情と運転シーンの一体感が生まれ、視聴者はドイル刑事の緊迫感や恐怖、執念を直に感じることができる。危険を顧みないこの撮影方法には賛否両論あるが、その結果生まれた映像の迫力は比類なきものとなったのは間違いない。

即興性によって生まれた本物の瞬間

ROBIN WILIAMS (left), GENE HACKMAN & MICHAEL CAINE at the 60th Annual Golden Globe Awards at the Beverly Hills Hilton. 19JAN2003.  Paul Smith / Featureflash
ROBIN WILIAMS (left), GENE HACKMAN & MICHAEL CAINE at the 60th Annual Golden Globe Awards at the Beverly Hills Hilton. 19JAN2003. Paul Smith / Featureflash

フレンチ・コネクションの魅力の一つは、その即興性にある。厳密な台本や演出だけでなく、俳優たちの自然な反応や偶発的な出来事を積極的に取り入れたことで、映画は生々しいリアリティを得た。劇中に映し出される一般市民の驚いた表情や反応の多くは、撮影と知らずに捉えられた彼らの本物の反応だといわれている。

フリードキンは俳優たちにも即興的な演技を求めた。ジーン・ハックマン演じるポパイ刑事の荒々しい性格や強引な捜査手法は、台本に書かれた以上に俳優自身の解釈で表現され、それがよりキャラクターに深みを与えた。こうした本物の瞬間の積み重ねが、映画全体に息づく真実味となって観客を引き込むのだ。

世界に引けをとらない日本映画のリアルカーアクション

フレンチ・コネクションは、後のカーアクション映画に計り知れない影響を与えた。カーチェイスの始祖的な作品と位置付けられる本作が、その後のさまざまなカーアクション映画の礎となったことは間違いない。

日本映画史においても、リアルなカーチェイスシーンで特に有名な作品がいくつか存在する。限られた予算や日本の厳しい撮影規制の中でも、独自の工夫や時には無許可での撮影も辞さない姿勢で、印象的なカーチェイスシーンを実現させた逸話がある。

1979年に公開された長谷川和彦監督、沢田研二主演の「太陽を盗んだ男」では、首都高でのカーチェイスシーンがとくに有名だ。これは撮影許可が下りなかったため、完全に無許可での撮影となった。スタッフが撮影箇所の後方で意図的に車を遅く走らせ、一般車両が前に行かないようにして東京の中心部でカーチェイスを撮影。

また五木寛之の短編小説を原作に、西村潔監督が1972年に映画化した「ヘアピン・サーカス」も見逃せない。当作品は、何ものかに反撥して夜のハイウェイを突っ走る若者たちの行動を、車というもっとも現代的な媒介を通して描いている作品だ。

日本映画のカーチェイスシーンとして「ヘアピン・サーカス」は特に重要な位置を占めており、主演の見崎清志は実際にトヨタの現役ドライバーであり、リアルな運転技術が映像に反映されている。この影響は映画だけでなく、テレビドラマにまで広がり、エンターテイメント産業全体の遺産となっている。

日本のテレビドラマであれば「西部警察」シリーズが有名だ。カーチェイスだけでなく大爆破シーンなど、当時の日本ドラマの常識を打ち破るような演出が特徴だった。その制作手法と映像表現は今もなお色あせることなく、現代の観客をも魅了し続けている。