なぜMTは「楽しい」のか? GR86インプレで考える“3ペダル”の根源的魅力

当企画は本稿が1本目になるので、GR86のインプレッションをお届けする前に、MTにまつわる根本的なテーマについて、考えてみたいと思う。
まず、なぜMTは楽しいのだろうか?
ひとつは、シフトレバーをガチャガチャと動かすこと自体が、単純に楽しいからだろう。これは運転免許を取得する遥か手前の子どもでさえ、MT車の運転席に座れば嬉々としてシフトレバーをいじり倒す。




細かく分析すれば、その際に得られる“精密かつ重厚な機械を操っている”という確かな手応えから、本来は人の手に余る膨大な力を持つものを操っている=より遠くへ、より速く移動できる=いち早く獲物を手に入れられる、という生存本能的な悦びが得られるから……と考えられるのだが、そんな本能を自覚するしないはともかく、シフトレバーをガチャガチャと動かすのは楽しい、それでいいのだ。


もう一つは、AT車よりも精密にクルマをコントロールできる、というのも大きいだろう。MT車ならば、AT車のMTモードのように、状況に応じて勝手にシフトアップ・ダウンされたり、逆にシフトアップ・ダウンを妨げられたりすることもない(ただし例外あり)。だからこそ、エンジン回転数を狙った所で維持し、パワー・トルク・エンジンブレーキの出方をより緻密に制御できる。

また、MT車にはクラッチペダルが存在するのも、コントロールの幅を広げる大きな要素の一つ。今やヒルスタートアシストがごく当たり前の装備になってしまったが、それ以前は急坂での発進時、足踏み式あるいは電動のパーキングブレーキを搭載したAT車よりも、むしろ後退するリスクが低いのを経験したことはないだろうか?
もちろんスポーツ走行においては、空ぶかしやヒール&トーを用いたシフトチェンジ、ローンチコントロールに頼らないゼロ発進加速、クラッチ蹴りをきっかけにしたドリフト走行あるいは上り坂での一瞬の加速力アップなどといったテクニックが使えるのも、3ペダルのMT車ならではだ。
“操り甲斐”があるか? 真に楽しいMT車の条件を考える

そして、どんなMT車が、より楽しいクルマなのだろうか?
一言で言えば「MTの操り甲斐があるクルマ」、さらに掘り下げれば「MTの操作自体が楽しく、かつそのクルマの不出来な面をドライバーのMT操作で補えるクルマ」ということになるだろう。
となれば、MT自体は前述の“精密かつ重厚な機械を操っている”感を味わいやすい、ストロークが短くソリッドで、かつスムーズな手応えが得られるものの方が良い。クラッチペダルは重すぎず軽すぎず、かつクラッチのミートポイント=半クラッチ領域が適度に広く、かつ足の裏にその感触が伝わりやすい方がベターだ。

しかし、MT自体の出来がどれほど良くとも、それに組み合わされるエンジンの出来が悪くとも良すぎても、敢えてMT車を選ぶ意義は薄れてしまう。
具体例を示すと、まずレスポンス、特に空ぶかしやヒール&トー時のそれが悪いエンジンは、回転合わせが非常に困難になるため、MTの醍醐味がほぼゼロになる。
また、レッドゾーン付近でパワーが落ちる、音が良くない、回転の伸びが悪いといった特性を持つエンジンも、「それならレッドゾーンまで使い切る必然性がなくなるので、ATのMTモードで充分」という結論に陥りがちだ。
さりとて、フラットトルクな完全無欠のエンジンが良いかと言えば、MTとの組み合わせという観点に限ってはさにあらず。どんな回転域からでも充分なパワー・トルクが得られるのであれば、多段ATまたはCVTで効率を最大限追求した方が、速さと燃費、コントロール性を高次元で兼ね備えることができる。裏を返せば、MTの操り甲斐がなくなってしまうのだ。
つまり、「典型的な高回転高馬力型エンジンに、ソリッドなシフトフィールと適度に重くコントロール性の高いクラッチをもつMTを組み合わせたクルマ」がベスト。当企画での評価基準は、要約すればこれに尽きる。
筆者が2台15年以上にわたり所有し続けているホンダS2000は、この評価基準において限りなくベストに近いMT車。これが当企画におけるベンチマークの一つとなることを、なにとぞご了承いただきたい。

GR86は“操る楽しさ”をどう実現しているか? 最新RZグレードで検証

前置きがだいぶ長くなってしまったが、今回のテスト車両、GR86 RZの6速MT車を、見ていきたいと思う。
現行GR86の前身にあたる初代86がデビューしたのは2012年2月。トヨタが企画とデザイン、スバルが開発・製造を担当する形で共同開発されたため、スバル版の「BRZ」という姉妹車があるのだが、内外装だけではなく走りの仕様・セッティングやグレード構成にも少なくない違いがあるのは、多くの読者が知るところだろう。
その関係性と主要メカニズムは、2021年7月にBRZから先に正式発表され、遅れて同年11月に「GR(ガズーレーシング)」のブランド名を新た冠した86が発売となった現行モデルの2代目にも色濃く引き継がれ、両車の差別化は改良を経るごとに深められている。
しかしながら、6速MTそのものは両車共通。トヨタ・アルテッツァなどに搭載されたアイシン製のものをベースに、初代86/BRZの段階で大幅に設計変更を加え、スポーツカーに相応しいシフトフィールを追求している。
現行2代目ではさらに、エンジン排気量アップ(2.0L→2.4L)=最大トルク増大(205Nm→250Nm)に合わせてクラッチ容量を拡大し各ギヤの強度も高めたほか、2→3速および4→5速方向のシフトゲート形状を変更し、操作時の引っかかり感を低減。さらにシフトレバーシャフトの構造を見直して、操作力により感触が2段階で変わる(弱い力で操作すると柔らかい、強い力で操作するとしっかりした手応えになる)操作特性を備えている。

では、実際に操作するとどうか。確かに引っかかりが少なくスムーズにシフトチェンジできるものの、少ない力でゆっくり動かした時はもちろん、素早く操作した際も、意外なほど軽く柔らかい感触で、かつストロークもシフトレバー自体もやや長く感じられる。さらにはシフトノブも直径が大きく重みがあり、その長さと重さで変速時のシンクロナイザー作動を少なからずアシストしようという設計思想が垣間見えた。

またクラッチもペダル踏力自体が軽く、それに比例してペダルを戻す際の反発力、とりわけ半クラッチ領域でのそれは弱め。前述の通りクラッチ容量も拡大されているのだが、そうは感じさせない感触だった。
総じて言えば、MTを操る楽しさはやや物足りないものの、免許取り立ての初心者でも扱いやすく、また街乗りや高速道路で長時間渋滞につかまっても疲れにくい仕上がり。実際にストップ&ゴーが続く箱根湯本駅付近や、午前中は渋滞しがちな東名高速道路町田〜厚木間を走行しても、左足が音を上げる気配は皆無だった。

なお、0.4Lの排気量アップとともに最高出力が初代の200psから235ps、最大トルクが205Nmから250Nmへとアップした、FA24型水平対向4気筒NAエンジンは、最新モデルのGR86においてはアクセルペダルを踏み始めた直後からスロットルが大きく開き、やや過剰に反応する性格の持ち主。
加速時にはそれが唐突な挙動変化につながりやすく、やや神経を遣わされるものの、シフトチェンジで空ぶかしする際も素早くエンジン回転が上がるため、シフトアップ・ダウン問わず回転合わせは容易だった。

高性能化と初心者向けの狭間で? GR86に感じた“ちぐはぐさ”とは
これがワインディング走行時にはどうなるかというと、エンジン回転の合わせやすさはやはりプラスになるものの、踏力が軽くミートポイントが伝わりにくいクラッチ、またストロークもレバー自体も長いシフトは、少なからず素早い操作の妨げになる。
前述の高いエンジン性能に加え、1270kgという軽めの車重、さらには中間グレードの「SZ」でも319万5000円(テスト車両の「RZ」は351万8000円)という、最早免許取り立ての初心者ではうかつに手を出しづらい性能と価格の持ち主であることを考えると、MTの味付けはもう少しスポーツ走行主眼でもよいのではないだろうか。……このクルマ本来のコンセプトからすれば、「そういう細かな不満は個々人のカスタマイズで解決して下さい」ということなのだろうが。


だがその思いは、速度域が上がるほど前後輪とも接地感が明確に怪しくなり、「これ以上は滑るよ、滑った後は自分でコントロールできないと危ないよ」とクルマ側がメッセージを発してくるのを受け取るたび、強まっていく。率直に言えば、レーシングドライバーかそれに近い運転技術を持つ玄人好みのハンドリング特性であり、それは筆者レベルのアマチュアが少なくとも公道でその深淵を垣間見ることは叶わない領域だ。
そんなGR86が持つ絶対的な性能とハンドリング特性を見るにつけ、そのMTもフルノーマルの状態で相応の味付けにすべきではないかという思いが、疑問から確信へ変わっていく。

86/BRZの当初のコンセプトは、20歳代の社会人がギリギリ新車で買える安価さと、免許取り立ての初心者でも扱いやすい適度な性能、1台所有でも日常の買い物からサーキット走行会まで困らない実用性を兼ね備えた、コンパクト2+2シータ−FRクーペだったはず。


だが現状のGR86/BRZは、新車購入時の支払い総額が容易に400万円を超え、運動性能とハンドリングはむしろ初心者お断り。それでいながらMTの仕上がりは初心者向けで、内外装は初代デビュー時から抜本的には改善されずチープなままだ。
GR86/BRZが再び世代交代するのはしばらく先の話になりそうだが、その際にはチグハグになってしまった各部のバランスを、もう一度取り直す必要があると、私は思う。だが腕に覚えのあるドライバーであれば、このチグハグさを含めて乗りこなすことにこそ、走る悦びを覚えるのかもしれない。

車両スペック
■トヨタGR86 RZ(FR)
全長×全幅×全高:4265×1775×1310mm
ホイールベース:2575mm
車両重量:1270kg
エンジン形式:水平対向4気筒DOHC
総排気量:2387cc
最高出力:173kW(235ps)/7000rpm
最大トルク:250Nm/3700rpm
トランスミッション:6速MT
サスペンション形式 前/後:ストラット/ダブルウィッシュボーン
ブレーキ 前後:ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ:215/40R18 85Y
乗車定員:4名
WLTCモード燃費:11.9km/L
市街地モード燃費:8.0km/L
郊外モード燃費:12.8km/L
高速道路モード燃費:14.2km/L
車両価格:351万8000円
