フロンテは初代だとスズライト・フロンテを名乗っていた。これは商用車もラインナップしていたスズライトから派生したモデルであることを意味している。そのスズライトは軽自動車として量産された初のモデルであり、1955年に発売されている。サブロクと呼ばれる360cc軽自動車は1954年に規格が改定されたことを受け、翌年に当時の通産省が「国民車構想」を打ち立てたことからスタートする。国民車構想を受けて開発されたのがスバル360だとするケースが多いが、実際にはスズライトの発売がスバルより早く、実質的に55〜57年当時選べた軽自動車として唯一の存在でもあった。
スズライトはフロントに2サイクル2気筒エンジンを搭載するFFモデルとしてスタートし、62年にはスズライトフロンテTLAへ進化する。より乗用車らしい設計となりリヤにはトランクまで設けられた。その翌年にはFEAへとモデルチェンジすると発売直後の第1回日本グランプリに参戦。ツーリングカー400cc以下のクラスで1位と2位、そして4位と上位を独占する。レース結果を受けて好評を博したフロンテは67年にフルモデルチェンジを受けてLC10型フロンテ360へ進化する。
LC10型フロンテ360は完全新設計で生まれ変わる。スズライトフロンテ時代は車両重量が500kg以上あったため、軽量なスバル360と比べ加速性能で不利だった。そこでフロンテ360ではフレーム一体のモノコック構造を採用して100kg近い軽量化を実現。さらに軽自動車初となる空冷2サイクル3気筒エンジンを新開発。最高速度が110km/hに達した。また駆動方式をリヤエンジン・リヤドライブへと大刷新。セミファストバックとコークボトルラインを採用するスタイルも現代的なものとなり、一躍ヒット作になった。
このLC10には68年に最高出力を従来の25psから36psへと大幅に引き上げたSSが追加される。最高速度は125km/hに達し、LC10と同時期に発売され31psという高出力が話題になったホンダN360を上回ることに成功。フロンテSSはイタリアの高速道路であるアウトストラーダでF1ドライバーだったスターリング・モスによるテストが行われた。スズキらしく2輪ライダーの伊藤光夫を交えて約750キロの距離を走り、最高速度134.1km/hを記録。平均速度は122.44km/hであり、カタログスペックを上回るほどにパワフルだった。
その後、70年にはSSSを追加するも同年中にフルモデルチェンジを受けたため、わずか3年足らずの生産期間でしかない。そのためか中古車となって人気があったのはSSやSSSであることが多く、25ps仕様のスタンダードやデラックス、スーパーデラックスが生き残ったケースは少ない。ところが埼玉県北本市にある商業施設、北本ヘイワールドで開催された「昭和平成クラシックカーフェスティバル」の会場に希少なデラックスを発見してしまった。
フロンテ360デラックスのオーナーは73歳になる川部靖さん。このイベントを主催する日本旧軽車会のメンバーであり、日本旧軽車会が主催するイベントの常連でもある。そのためイベント開催中は愛車を展示するかたわら、交通整理などもされている。クルマも前にスワップミートの商品を陳列する姿が目に止まり、珍しいですよねと声をかけて取材させていただいた。
実は川部さんはもう長いことLC10フロンテに乗り続けられている。以前にはSSSも所有されていたが、ある時手放すことにされた。旧車専門誌の個人売買欄に売りたしと掲載したところ、おかしな連絡をもらってしまう。本来LC10を売りたいのに、連絡をくれた相手は「自分が所有しているLC10を買ってくれないか」と逆のオーダーをされてしまったのだ。
長くLC10に乗ってきたから個体を見極める眼力は確か。それに2サイクル3気筒エンジン特有のスムーズな回転上昇とパワフルな加速感は変わらぬ魅力。しかも所有しているSSSではない25ps仕様のデラックス。旧車イベントに行くとSSやSSSを見かけることはあるものの、スタンダードやデラックスとお目にかかれることは非常に稀。希少性を考えて引き取ることにされたのだ。
それが2012年のこと。購入時から車体はノーマルを維持していたため、川部さんもカスタムやチューニングをすることなくノーマルで維持されてきた。すでに13年も乗り続けてきたわけで、その間SSSは無事に売却できた。それでもデラックスを残されたのはやはり希少性の高さ。これまでクラッチワイヤーやアクセルワイヤーが切れるなどのトラブルを経験。さらには燃料が漏れてしまったこともある。それでも手放すことは考えず、2スト3気筒を楽しまれている。日本旧軽車会が主催するイベントへ足を運べば、きっと川部さんとLC10デラックスに会えることだろう。
