ヤマハ発動機の売上9割は海外マーケット

ヤマハ発動機は、いまや日本発のメーカーという枠を超え、世界を舞台に活躍するグローバル企業として存在感を放っている。バイクやマリン製品などの主力事業はいずれも海外市場で高い評価を受けており、その収益構造も日本国内とは大きく異なる。実際、同社の売上構成を見ると、その9割以上が海外市場によって支えられているというのが現実だ。以下に示すのは、地域別の売上比率である。(2024年12月期 地域別売上高より)
アジア(39.1%)
北米(23.6%)
欧州(13.6%)
日本(6.3%)
その他(17.4%)
上記の売上比率が示すように、同社はグローバル市場での展開に力を入れている。そのため、「海外を舞台に活躍したい」という志望動機を持って入社を目指す人も多い。
歴史を紐解くと、1955年に日本楽器製造株式会社(現ヤマハ株式会社)からオートバイ部門が独立して創業した3年後の1958年には、アメリカ・カタリナ島で開催された第8回カタリナグランプリレースに国際レース初出場で6位入賞。同年、メキシコに日本楽器製造が海外現地法人「ヤマハ・デ・メヒコ(Yamaha De Mexico S.A. de C.V.)」を設立し、楽器とともにヤマハ発動機製品の販売を開始している。

1970年代になると、アフリカを中心とした新興国・途上国において、ODA等をきっかけに帆やオールで操船する木造船に代わるFRP製の漁船や、船外機の導入を開始した。単に製品を持ち込むだけにとどまらず、漁法や漁獲物の保存法などを紹介する小冊子「Fishery Journal(フィッシャリー・ジャーナル)」を発行するなど、現地の漁業の近代化にも積極的に取り組んだ。

1977年1月、事業を通じてつながった国々の発展と福祉の向上に継続的に協力することを目的として、「海外プロジェクト室」が発足。1991年10月には、事業部門として「海外市場開拓事業部 (OMDO)」が設立された。
そして、現在「世界の人々に豊かさと喜びを ~Challenge & Dedication for Prosperity~」をミッションに掲げ、アフリカ、中東、中央アジア、南アジア、南太平洋、中米、カリブなど、140を超える新興国・途上国を担当し、製品とサービスを現地特約店を通じて提供している。
政治、経済、社会、文化、伝統、慣習など各国により違った状況から課題とニーズを捉え、実現可能な分野を見出し、国際社会との連携により解決できるよう事業に取り組んでいるのがOMDOだ。そのため「市場に適した製品の開発」、「サービスネットワークの構築」、「メカニックの育成」、「製品の正しい使い方や乗り方の指導」、「政府・国際機関・NGOとの連携」に継続的に取り組んできている。
そんな成り立ちのOMDOだが、およそ140という多数の国と地域とどのように接し、多岐にわたる課題を解決しているのか、実態を海外市場開拓事業部(OMDO)事業部長の八木さんにお聞きした。

これからの成長が期待される140の国と地域を担当する「OMDO」とは?
ーーー八木さんご自身が海外に関わるお仕事をしたいと思われて入社に至るまでの経緯を教えて下さい。
八木 自動車整備士の学校を卒業してから、国内で自動車整備に関わる仕事に従事してきました。しかし、ずっと国内で仕事をして将来もこのままでいいのか、新たな挑戦をしたいと思うようになり、30歳のときに海外青年協力隊に参加。派遣先のタンザニアで2年間、自動車整備の指導を行いました。そして、帰国後に同じ海外青年協力隊経験者からの誘いを受けてヤマハ発動機に入社しました。私自身もヤマハのバイクが好きでしたので、この道を選びました。
ーーー現在、OMDOは何人くらいの部門でどのように担当されているのでしょうか?
八木 大体100名くらいでおよそ140の国と地域を担当しています。担当は、製品ではなく、エリア軸で分かれています。地域による課題を抽出し、解決するためです。
ーーー140ですか! しかし、ヤマハ発動機にはそれとは別に海外の営業担当が存在しますよね?

八木 ヤマハ発動機では世界中の約180の国と地域に製品やサービスを提供しています。その中でも約40の国と地域は成熟市場である為、それぞれの製品部門が担当します。
それに対し、我々が担当する約140の国と地域は、新興国・途上国が中心で、これからヤマハ発動機の製品を広めていきたいエリアです。現地の特約店と共に販売網をつくり、メカニックの育成などアフターセールスもきちんとできる体制を作っていくのが我々の仕事です。
ーーー140の国と地域をどうやって担当分けするのですか?
八木 アフリカの場合で言うと、地域別グループを分けて、その中で1人当たり数カ国を担当します。年に2〜4回くらい現地に出張しています。
現地では、特約店さんと一緒にお客さんのところを回ることもあります。例えば船外機を使っている漁村や、モーターサイクルをタクシー用に使っているお客さん、国連の業務で使っている団体など。困っていることや、どういう商品が欲しいかを調査するのも、我々の仕事です。
OMDOは、北米や南米、東南アジアや欧州という、既にマーケットとして成熟している地域以外を、特約店制度でヤマハ製品・サービスを届け、アフターサービスのネットワークも構築するのが仕事というわけだ。
しかし、必ずしもモーターサイクルや船外機といったヤマハブランドお馴染みの製品に関わるものばかりでない。例えば、水処理システム「ヤマハクリーンウォーターシステム (YCW)」をアフリカの水道のない地域をはじめ、アジアを含む様々な地域に55基導入してきている。
構造が単純で地元住民の自主管理がポイントとなるYCW





ーーーアフリカには行ったことがないのでピンとこないのですが、水がない、水道が出ない地域はどれくらいあるのでしょう?
八木 ホテルなどは貯水設備があるので蛇口をひねれば出ますけど、ちょっと村のほうに行くと、水道がない、あっても水が出ないことが多くなります。
ーーーそうした地域にYCWで水をどのように届けているのでしょうか?
八木 YCWは、河川水や湖などの表流水を原水として、砂利と砂による粗ろ過槽と、生物ろ過膜による浄化作用を有する緩速ろ過槽で構成され、きれいな水が作れます。電力供給が不安定な地域には、太陽光発電システムの導入にも対応しています。YCWは、ろ過の過程で膜フィルタや凝集剤を使用しておらず、ろ過工程で交換部材が不要なため、維持管理にかかるコストを削減することが可能です。最後に消毒用の塩素を浄水に添加することで、安心して飲用できる水が得られます。
アフリカを中心にODAなど公的資金を使って設置しています。設置するだけでなく、YCWを住民で管理してもらうため、住人を中心とした「水委員会」を組織して、自分たちで装置の維持管理してもらいます。


八木 YCWを設置する集落には装置の使い方と同時に、水や衛生の大切さを啓発する取り組みも行っています。例えば紙芝居や寸劇を使うなどして、子供たちも分かるように水の重要性を伝えています。


ーーー安全な水が飲めるようになると、村の人々に感謝されますよね。
八木 はい、それはもう踊っている人もいるくらい(笑)、喜ばれます。
ーーー同様なものを作っているライバル会社はあるのでしょうか?
八木 あまり思い当たりませんね…ライバルは井戸くらいでしょうか?(笑) 井戸が掘れてきれいな水を得ることができるのであれば、その方がコストは安い。一方で、乾季に井戸が枯れてしまったり、井戸の水質がよくないケースもたくさんあります。そのような地域には、YCWがお役に立てると思います。 販売後のメンテナンス指導等で利益が大きく出るものではないので、他社製品のことは聞かないですね。
ーーーやはり、メンテナンスが大事なんですね。
八木 YCWを構成しているのは、主にFRP製のタンク、ろ過用の砂利と砂、そして水を汲み上げるポンプ、無電化村の場合は太陽光発電設備を使用することも可能です。日常のメンテナンスは簡単でランニングコストも安いので、適切にメンテナンスをすれば長く使ってもらえると思います。
海外では特に、モーターサイクルや船外機も含めてメンテナンス性が重要になります。例えば、1974年に登場した「AG100」というモーターサイクルがあります。AGはアグリカルチャーの意味で、農場や牧場などでの使用を考えた97cc、2ストロークのモーターサイクルです。構造がシンプルでメンテナンス性に優れるので、今でも海外からの要望があり作り続けています。農家等だけでなく、政府関係者が医療機器や薬を運ぶのにも使われるほど信頼性を得ています。
キャブレターなど手に入りにくい部品も多いのですが、ユーザーの要望があるから作り続けるというのは、ヤマハらしさと言えるのではないでしょうか。同じく、船外機にもエンデューロシリーズという1970年代から続く、やはり2ストロークのモデルが今も基本設計を変えずにアフリカの漁村などで活躍しています。


大量生産するのではなく、装置としてそれほど高いものでなく、世界中に55基しか出ていないYCWも、特殊な用途で部品も既にポピュラーでなくなっていても作り続けるモーターサイクルAG100も、少数かもしれないが、ユーザーからの要望があり、生活を支えて豊かさと喜びを届けているのだ。
最後に、OMDOでの仕事のやりがいについてお聞きした。
たったひとりの女性社員が島全体のモーターサイクルをヤマハに…
ーーーOMDOの大きな特徴は、海外を相手にするビジネスですね。その中で、他の部署と一番の違った「やりがい」などはなんでしょうか?
八木 OMDOでは、自分ひとりが5カ国ほどを営業担当またはサービス担当として任されて、業務全般を担っています。他の部署では数名のチームで1つの国と地域を担当することになりますけど、それとは逆でOMDOでは1人ですべてを動かす醍醐味があるんですよ。
ーーー1人で担当すると、大変なことも多い気がします。
八木 例えば、現在では営業部長となったある女性社員が、かつて南太平洋のある島を担当エリアとして任されていました。その当時、その島では他社の中古モーターサイクルしか走ってなかった。「そこにチャンスがある!」と考えた彼女は、自分でヤマハのモーターサイクルを売りたいと言ってその島に行き、島のモーターサイクルを全部ヤマハ製に切り替えたことがありました。大変な仕事だったと思いますが、現地で挑戦することで大きな成果を得られました。
ーーー現在のビジネスでは見えにくい、企画からエンドユーザーまでを見渡すことができるわけですね。
八木 OMDOが担当するのは小さい市場だから、自分で仕掛けを考え、特約店さんを説得し、全部をひっくり返すこともできるんです。失敗することもあるけれど、そういった醍醐味がありますね。
ーーーこれまで経験した中で、おすすめの地域とかありますか?
八木 やはりアフリカのサファリは人生観変わりますよ。タンザニアのセレンゲティ、ケニアのマサイマラとか、大自然のスケール感が全然違いますね。先日もケニアに出張中のOMDOのメンバーから「空港にサイがいた!」と動画が送られてきました。サイに遭遇することは非常に珍しいのですが、なんと本当に滑走路の眼の前にいたんです。ぜひ行ってください!

この他にもOMDOが担当しているのは、交通インフラを守る安全運転インストラクターの現地育成、治安維持のため最高速度50ノットを超える沿岸警備艇の供給、ポリスバイクの供給とともにライディングスキル向上のためのトレーニングプログラムの提供、製品の性能を最大限引き出すヤマハ純正オイル「YAMALUBE」の使用推奨する啓蒙活動なども行っている。まさに様々な地域の問題解決のための多くの手数、引き出しを持ち合わせている。


大量生産だけでない、少量多品種の製品・サービスのラインアップがあることで、OMDOが担当する140もの一般に知られていない国、地域の人々に対してまでも届けることができ、ヤマハ発動機全体で180あまりの国と地域という「世界の人々に豊かさと喜びを」与え続けていることができる。それを可能としているのが、まさにOMDOの存在なのだ。効率を追い求めるなら小さなマーケットは切り捨てるほうがいいのかも知れない。けれど、それを守っていくのがヤマハらしさなのだろうと思った。

OMDOの活躍を横浜のTICAD(アフリカ開発会議)関連イベントで見られるぞ!
そんなOMDOの活躍をはじめ、ヤマハ発動機のアフリカで展開する事業を知ることができるイベントが開催される。まず、8月20 日(水)~22日(金)までパシフィコ横浜で開催される第9回アフリカ開発会議(TICAD9)に合わせた、併催イベント「TICAD Business Expo & Conference」の中での展示ゾーン「Japan Fair」へ出展が決定した。
出展ブースでは、「過去・現在・未来。アフリカの発展と共に歩むヤマハ発動機」をテーマに、半世紀以上にわたるアフリカの文化や人々の暮らしに寄り添い、社会貢献を図ってきた事業活動を伝える。アフリカをメインマーケットに開発され、現地ではタクシーなどに使用されるまさに庶民の足、主にインドで生産される「CRUX REV」(日本未導入)や、現地導入を進めているFRP(繊維強化プラスチック)ボートなどを展示予定。高速警備艇に乗った気分が味わえるVR映像も予定している(JETROのHPより事前登録が必要)。

さらに、8月6日(水)~31日(日)まで、ヤマハ発動機の横浜ブランド発信拠点「Yamaha E-Ride Base」でも、幅広い層に、アフリカでの社会課題解決の取り組みをわかりやすく伝え、アフリカの市場・文化について親しんでもらう企画展示を予定している。
アフリカで活躍する二輪車や、過酷な環境、様々な品質の燃料でも壊れず働いてくれる業務用として開発された船外機「エンデューロ E15DMHL」の実機展示、民族衣装を試着できる体験コーナーや民芸品にも触れることができる。また、安全に飲める水の大切さを考えるワークショップなども実施予定。
日本ではなかなか身近に感じることができないアフリカを、気軽に知ることができるいいチャンスだ。ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

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第9回アフリカ開発会議に合わせ各種展示を実施~「Japan Fair」へ出展、横浜ブランド発信拠点でもアフリカ関連企画を展開~ – ニュースリリース | ヤマハ発動機株式会社
イベント情報 – Yamaha E-Ride Base(横浜みなとみらい)| ヤマハ発動機株式会社 企業情報