ランドクルーザーのスピリットを受け継ぎ、月面を走破する「ルナクルーザー」

月までの輸送コストは1kgで1億円! 小型・軽量・高強度が求められる月面探査車の知られざる世界【前編】 | Motor-Fan[モーターファン] 自動車関連記事を中心に配信するメディアプラットフォーム

日本の民間企業で初めて月面に到達した探査車「YOAKI」 トヨタ「ランドクルーザー」に代表されるクロスカントリー4WDの進化は著しく、もはや地球上の地形は克服したのではないかと思われるほどだ。その根幹となっているのが、ト […]

https://motor-fan.jp/article/1264599/

いよいよ本格化する有人宇宙飛行計画「アルテミス」。NASAは2026年4月以降に宇宙飛行士4名を乗せたアルテミス2号を打ち上げ、月周回軌道に載せる計画となっている。さらに2027年半ば以降には月面着陸を行うアルテミス3号も予定されている。

そして2031年に月への投入が予定されているのが、トヨタとJAXAが開発中の有人与圧ローバ「ルナクルーザー」だ。有人与圧ローバとは、人が宇宙服を着ないで乗るモビリティのこと。アポロ計画のローバに代表されるように、これまでの月面探査車はオープンカー状態で、宇宙服を着たまま乗るものだった。

開発中の有人与圧ローバー。トヨタでの愛称は「ルナクルーザー」。

しかし、今後の月面探査はあくまでも火星探査への足がかりで、月にそのベースとなる施設などを建設する必要がある。そのためにローバに必要となるのが、長時間・長距離の移動と、十分な人員と荷物の運搬、そして安全に居住できる性能なのだという。

さて、月はなにせ空気がないし、重力も地球の6分の1。さらに人間や機器に有害な宇宙線が多く降り注ぐ過酷な環境。そんな月面で実用的に使えるクルマづくりとなると、我々が考えても並大抵のことではないと予想できる。

さらに、NASAやJAXAからの数々の要望も応えなければならないわけだから、ひょっとすると軍用車をつくるほうが簡単なのではないだろうか。あらためて開発スタッフに話を聞くと、我々がまったく知らない月面探査車の姿が見えてきたのである。

ルナクルーザーの現在のサイズ(将来調整される予定もある)は、全長6.6m×全幅4.8m×車高5.1mと10tダンプよりも大きなものとなる。日本科学未来館で開催されている「深宇宙展(2025年9月28日まで)」に、ルナクルーザーの実物大模型が展示されているが、これを観るとその巨大さが実感できる。

日本科学未来館(東京都)では、「深宇宙展~人類はどこへ向かうのか To the Moon and Beyond」を9月28日(日)まで開催中。ルナクルーザーの実物大模型が展示されている。

巨体を動かしているのは、トヨタが「MIRAI」で開発した燃料電池(FC)の発展型。燃料電池は、水素と酸素の化学反応で水と電気を生み出す。その電気を使ってMIRAIは走っているのだが、月面には酸素もなければ、現状では水素ステーションもない。 そこで白羽の矢が立ったのが、三菱重工が開発した再生型燃料電池「RFC」だ。

RFCは、水を電気分解して水素と酸素を発生する「水分解システム」と燃料電池を組み合わせたもの。つまり、太陽と水があれば半永久的に発電できる画期的なシステムなのだ。まさに宇宙空間にピッタリである。

ここから生まれたエネルギーは、6輪それぞれのホイールインモーターに送られてルナクルーザーを動かす。もちろん、6輪独立した駆動力コントロールができるほか、月面で小回りを利かせるために、前2輪が操舵できるシステムも持っている。

オイルは月面の低温下では凍ってしまうため、オイルダンパーは使えない。代わりに、モーターで車軸の動きを制御する特別なサスペンション機構を採用している。タイヤのトラクションを得るための制御もできそうだ。月面での最高速度は15km/hなので、ジョギングより少し速いくらい。これなら瞬発的な入力に対しても、十分にモーターで適応できそうな感じがする。

ただ、トヨタは同時に、月面でも固まらないオイルも開発中とのことで、将来的には安価なオイルダンパーが採用されるのかもしれない。

なおルナクルーザーは、月面で28日間のミッションとプラス異常時対応3日に耐えられるように考えられている。映画「オデッセイ」やアニメ「宇宙兄弟」を観ていると、他の天体には様々なリスクが待ち受けており、月面探査車は救命シェルターとしての役割を持つことになるわけだ。

ルナクルーザー開発のコアとなる「オフロード性能」「オフロード自動運転」「ユーザーエクスペリエンス」「RFC」の4つであり、今後地球上のモビリティにもフィードバックすることが可能だという。

実際、トヨタはランドクルーザーSeにその技術の一片を使っているかもしれない。ではユーザーエクスペリエンスとは何か。長期間の月面探査においては、クルーにかかるストレスは計り知れないものがある。そこでルナクルーザーには、そのストレスを軽減させる様々なシステムを搭載する予定になっている。そこで得たノウハウを、地上のモビリティに車内エンタメなどで提供していくというのが、トヨタの展望のようだ。

ジャパンモビリティショー2023に出展されたランドクルーザーSe。モノコックボディを採用した電気自動車のコンセプトカー。

運転席と助手席はベッドを兼ねており、フロントの大型スクリーンには自然の情景やエンタメが投影されるようになっている。また居室にはシャワールーム&トイレの個室も用意される。地球の6分の1の重力でシャワーを使うと水がどうなるのかも興味津々だ。

ルナクルーザー内部のイメージイラスト。

ちなみにルナクルーザーは1年のうち約30日間は有人探査、残りは無人探査に使われる予定となっている。想定されている耐用年数は10年、耐用走行距離は約1万kmだという。

問題はこの巨体をどのように運ぶのかということだが、スタッフによれば輸送カプセルの中に完成状態で載せるのだという。重量は秘匿されているが、ダンプの重量や月面の重力などを鑑みて考えると、軽量化していても相当な重さであることは間違いない。ということは、輸送費だけで莫大なものになりそうだ。

さて、現在のルナクルーザーは試験車両、模型ともゴムタイヤが装着されている。それは地球という環境下で運用されているからだ。しかし周知の通り、月ではゴムタイヤは使用できない。大気がないし、宇宙線にさらされてゴムがすぐに劣化してしまうからだ。

ルナクルーザーのミニチュア版模型。

かつてアポロ計画で使われたローバは、金属メッシュのタイヤが使われていた。月面には1mmの約20分の1という粒子の「レゴリス」と呼ばれる砂が堆積している。月面に付けられた宇宙飛行士の足跡の写真からも分かるように、もはや砂というよりも粉だ。少し下には堅い地層がありそうだが、このレゴリスの堆積具合によってはサハラ砂漠よりも進むのが困難であることは、容易に想像が付く。

効率よくトラクションを得て進むことは、エネルギー消費の節約にもなる。この課題に取り組んでいるのが、タイヤのトップメーカーであるブリヂストン。これまで得てきた知見を活用して、未知の世界を進む探査車用タイヤの開発を行っている。

第二世代と言われる月面用タイヤを間近で観たが、ホイールは地上用と変わらなさそうだが、タイヤはオール金属。本体とトレッド面の2ピース構造になっている感じだ。第一世代はスチールウールのお化けみたいなタイヤだったが、第二世代は非常にシンプルな構造になり、かなりの軽量化にもつながっていそうだ。

有人与圧ローバ用タイヤの試験モデル。

タイヤの動きを観てみたが、レゴリスの上でトラクションを得るということで、トレッドはほぼ無限軌道。ただ、これを効率よく接地させて面積を広くする必要があるため、本体が地形に合わせて縮んで変形するようになっている。空気とゴムの代わりというわけだ。

これには、空気のいらないタイヤとして話題となった「AirFree」の技術が活かされているのだという。たしかに形状とデザインが似ている。

空気ではなく、薄い金属製スポークでトレッド部を支える構造となっている。
トレッド部分は金属製。分割することで設置面積を大きくして、月面の砂に沈み込みにくくする狙いがある。。

ブリヂストンは日本の宇宙開発ベンチャー「iSpace」とも中小型探査車向けのタイヤにおいて、技術提携を結んだばかりだ。かつて月面を走ったローバのタイヤはグッドイヤーのものだったが、今回は探査車用タイヤの開発という部分では参画していない。つまり、当面の間はブリヂストンが市場でアドバンテージを保持する可能性がある。まあ、大量に消費されるものではなさそうだが。

2025年4月にアメリカで開催された宇宙関連シンポジウムには、ブリヂストンが開発中である中小型月面探査車向けタイヤのコンセプトモデルが出展された。

月面探査車においてもトヨタが独占状態になるわけで、日本の宇宙ビジネスへの進出が急速に進んでいる。月を見上げたてその表面で日本製品が活躍していることを考えた時、きっと僕らは大いにロマンを感じることになるのではないだろうか。