ショーストッパーどころの話ではない

その日の「ザ・クエイル」に居合わせた人たちはもちろん、ネットでモータースポーツ・ギャザリング(MSG)の様子を鑑賞していた世界中のクルマ好きを驚かせたハイパーカーブランドは、ブガッティでもパガーニでもケーニグセグでもなく、GMA(ゴードン・マレー・オートモーティブ)だった。
この7月にはグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード(FoS)でその革命的なデザイン活動の60周年を祝ったばかり。そろそろ“もう100台のスペシャルモデル”が発表されるかと思いきや、なんと全く予想外のフューオフモデルが、それも2台も登場したのだからショーストッパーどころの話ではなかった。
ただでさえ貴重なGMAの市販モデル。そろそろ全生産を終えようとしている「T.50」と、これから生産に入る「T.50S」に「T.33」(クーペとスパイダー)、全て合わせても325台である。そんなロードカー、なかでもT.50系をベースにさらに台数の少ないスペシャルモデルを顧客の求めに応じて作ろうというのだから驚かされたのも当然だろう。
スペシャルモデルは新たにゴードン・マレー・スペシャルビークルズというチームから生み出される。略してGMSV。その第1弾と第2弾が一挙にMSGで発表されたというわけだ。
ロングテールの現代解釈



第1弾は英国でも有数の高級車ディーラー、ジョー・マカーリ(ロンドン)の発案による「ル・マン GTR」だ。このプロジェクトはある時ジョーがゴードンに、「今、ル・マン用に作るとしたらどんなクルマになる?」と問いかけたことから始まった。回答となるアイデアを見たジョーは即座に制作を依頼。24時間レースに合わせて24台作ることになった。マカーリの重要顧客によって全てのスロットは予約済みだ。
センターシーターの自然吸気V12でファン無し、そのぶんリヤダウンフォースのエアロダイナミクスを大幅に増やすデザインとなっている。要するにル・マンでは伝統のデザインというべきロングテールの現代解釈だ。シュノーケルもまた特徴的である。
ベースとなったのは実はT.50S。というのもT.50の方はもうすでに生産を終えようとしており、台数を増やすことはできない。これから生産するT.50Sのコンポーネンツであれば使用可能だったという。
コークボトル風の艶かしいライン



もっとも世間的にはもう1台のほう、その名も「S1 LM」にクルマ好きの注目は集中していたようだ(筆者が見た某サイトの人気投票では80%以上の支持を得ていた)。何しろ第一印象はスーパーカー界のベストオブベスト、「マクラーレンF1 LM」の現代版にしか見えないのだから。
こちらをオーダーしたのは個人コレクター(X氏としよう)で、とにかくT.50を使ってF1 LMを再現したかったのだろう、5本スタースポークホイールや前後やボディサイドのデザインなど、ことごとくがF1 LMだ。それでいてオリジナルとは少々違う点もある。それは割と平坦なデザインだったマクラーレンに比べ、かなりグラマラスに仕上がっている点で、コークボトル風の艶かしいラインを指差しながらX氏は嬉しそうに解説してくれた。
こちらもLM GTRと同様にT.50Sベースだが、4.3リッターまで排気量を上げたV12が積まれており、最高出力も軽く700PSを超えるという(T.50Sニキは725PSだった)。生産台数はわずかに5台。つまりオーダーした本人以外にも購入できる幸せ者がいるというわけで、そのあたりもまたこのプロジェクトをGMAが受け入れた理由でもあるらしい。もちろん完売御礼で、その幸せ者は「その分野において世界トップ級に成功した方々」らしい。
フロントマスクのデザインに隠された秘密


S1 LMに関しては愉快なこぼれ話もあった。写真をよく見ていただけるとわかるのだが、内外装に開けられた穴という穴が細長い楕円形になっている。ソーセージみたいである、というわけで、ゴードンは「これぞまさにSV、スペシャルならぬソーセージヴィークルだ」と言ったらしい。本人と会えばわかるが、彼は真面目なエンジニアである反面、ちゃめっ気もたっぷりな粋人なのだ。
このプロジェクトは、最初にオーダーしたX氏が経験豊富な独立系デザイナー、フローリアン・フラトゥとともに基本のデザイン案を作り、それをベースにゴードンを中心としたGMSVチームが仕上げたという。大病を患ってリハビリ中だったゴードンはこのプロジェクトから大いに力を得たらしい。S1 LMは特効薬であったのだ。
ちなみにX氏曰く、フロントマスクのデザインはこれで決定ではないという。リトラクタブル風に見えているが、これは単なるカバーらしい。真の表情も早く見てみたいものである。
PHOTO/西川淳(Jun NISHIKAWA)、Gordon Murray Automotive
