4輪の世界で名を馳せたオリジナルボックスが提唱する、2輪用前後ショックアブソーバーの新しい世界

決して自画自賛するつもりはないけれど、2輪用前後サスペンションのカスタムやセッティングに関して、僕はまあまあ経験豊富だと思っている。これまでに所有した愛車の多くはフロントフォークとリアサスペンションに何らかの手を加えてきたし、前後サスペンションのプロショップの取材や、足まわりを大幅刷新したカスタムバイクの試乗経験も少なくない。ではそんな僕が、オリジナルボックスのDトラッカーにどんな印象を抱いたかと言うと……。

誤解を恐れずに表現するなら、2輪用前後ショックの理想が具現化されていると思った。しかも同社がノーマルの前後ショックに行った改善は、既存の2輪の常識に当てはまらない、斬新で独創的な手法だったのだ。

テスト車はカワサキDトラッカーX。フロントフォークはφ43mm倒立式で、リアサスペンションはガス加圧・リザーブタンク付き。

その詳細を2回に分けて展開するのが、当記事の目的である。実際のライディングフィールは近日中に公開予定の第2回目でお届けするので、第1回目となる今回は、スルーロッド式加圧ピストンを導入したフロントフォークと、減衰力発生機構をディスクバルブ→ポペットバルブに変更したリアショックの概要を紹介しよう。

既存のカートリッジ式とはまったく異なる構造

本題の前に大前提の話をしておくと、オリジナルボックスは4輪の世界で名を馳せたショップで、中でもショックユニットのメンテナンスとチューニングに関しては日本全国のドライバー/レーシングチームから絶大な支持を集めている。そんな同店が2輪用前後ショックを手がけた背景には、どんな事情があったのだろうか。

主業務の4輪だけではなく、2輪事情にも精通している國政九磨さん。若き日はスクーターチューンに没頭し、近年は自身で手がけた車両で4輪のダートトライアルに参戦している。

「それはもう単純に、私と父がバイクも好きだからです(笑)。もちろん、国内外のいろいろなメーカーが2輪用サスペンションを販売していることは知っていますが、当社がこれまでに4輪で積み上げてきたノウハウを転用すれば、今までにない乗り味が作れるんじゃないかと。開発車両にカワサキのDトラッカーXを選択した理由は、前後サスのストロークの長さがわかりやすさにつながるからで、他機種でも同様の特性は構築できます」

そう語るのは、オリジナルボックスの國政九磨さん。同店の創設者であるお父様の國政久郎さんと共に行った作業は、フロントフォーク内へのスルーロッド式加圧ピストンの投入が先行し、それが一段落した後に、減衰力の主な発生機構をディスクバルブ→ポペットバルブに変更する、リアショック内部の改革が行われた。

フロントフォーク内に備わる、オーソドックスなカートリッジダンパーの概念図。ストロークによって上室と下室の容積・圧力が変化し、負圧がキャビテーションの原因になる。 イラスト●近田茂

「スルーロッド式加圧ピストンの最大の特徴は、減衰力の発生を阻害するキャビテーション(気泡)がほとんど発生しないことです。具体的な話をするなら、底部に固定式のバルブを設置せず、その一方で通しロッドの先端に加圧用ピストンを装着することで、カートリッジ内の上室と下室の容積・圧力が変化しないので、キャビテーションの原因になる負圧が発生しないんです」

スルーロッド式加圧ピストンは、ストロークしても上室と下室の容積・圧力が変化しない。通しロッドの下端に備わるのが、正圧の維持に貢献する加圧ピストン。 イラスト●近田茂

その言葉を聞いて僕の頭にふと浮かんだのは、ショーワのバランスフリーとオーリンズのTTXだった。近年の2社が展開しているガス加圧式サスペンションも、キャビテーションの抑制を重要な美点として挙げていたのだ。

Astemoが販売している、ショーワのバランスフリーフロントフォーク。カートリッジ式ダンパーを採用する既存の製品とはまったく異なる構成で、下部にガス室が備わる。

「サスペンションメーカーにとって、キャビテーションは大敵ですからね。ただしバランスフリーとTTXの場合は、ガス室を備える専用のボディが必要で、整備の難易度が高く、オイルシールの締め付けが強めになりますが(ガスを用いて内部を加圧するため)、スルーロッド式加圧ピストンは既存のカートリッジと交換して使用するので、ボディやオイルシールを専用品にする必要はないですし、整備は一般的なフロントフォークと同様の感覚で行えるんです」

ポペットバルブならではの美点

近年の高性能前後ショックのダンパーで定番になっている、ディスクバルブのカットモデルと展開写真(後者はDトラッカーX用ではない)。

続いてはリアサスペンションの話。既存のディスクバルブが、複雑な穴が開いたピストンの上下にドーナツ状で極薄の板材を積み重ね、それらの“反り”を減衰力の主役としているのに対して、ポペットバルブの減衰力の発生源は、ピストンに開いたストレートな穴と半球形/円錐形の素材との“隙間”である。また、ボディを分解して行うセッティングは、ディスクバルブは板材の積み方や枚数・外径・厚さの変更で行うが、ポペットバルブは半球形/円錐形の素材を支持するスプリングのレートとプリロードが、ダンパー特性を調整する際の要になる。

今回はポペットバルブにスポットを当てているが、オリジナルボックスではディスクバルブの摩擦抵抗を減らす手段として、DLCコーティングを導入している。

「ある程度以上の高性能サスペンションで、ディスクバルブが減衰力発生の主役になって数十年が経過しましたが、積み重ねた板材の摩擦抵抗を考えると、ディスクバルブは必ずしもベストではありません。そこで、当社はポペットバルブに注目したんです。もっとも、導入前に理論的な裏付けが欲しかったので、株式会社 計算流体力学研究所で2種のバルブの違いを解析してもらったところ、応答性の良さと温度依存の低さという点で、ポペットバルブはディスクバルブを上回る性能が確認できました」

DトラッカーXの純正リアサスペンション用として製作中のポペットバルブ。上の写真ではすべてのバルブが上を向いているが、実際には上向きと下向きが半々となる。

応答性と温度依存もショックメーカーにとっては重要なテーマで、株式会社 計算流体力学研究所が製作した図版やグラフを見ると、確かに、ポベットバルブにはディスクバルブを凌駕する性能が伺える。もっとも構造の違いが生み出す美点は、一般的なライダーに体感できるのだろうか。

株式会社 計算流体力学研究所で行った、ピストンの穴とポペットバルブの隙間を流れるオイルのシュミレーション図。

「できると思いますよ。当初が提案する技術の美点は、サーキットやモトクロスコースなどを視野に入れつつも、ストリートをメインに開発していますから。例えば温度依存に関しては、走行中の熱ダレが大きな問題になるレース用と感じる人がいるかもしれませんが、ポペットバルブを投入することで、気温の上下を原因とする減衰力の変化が大幅に抑えられるので(一般的なショックのダンパーは、夏は柔らかく、冬は硬くなる)、1年を通して安定した特性が得られるようになります」

ショックダイノを用いて0/20/50/80/100℃で計測した、Dトラッカー用純正リアサスペンション(ディスクバルブ式)の伸圧減衰力データ。上の伸び側は、温度によって減衰力に大きな差が生まれる。
ポペットバルブを投入した、DトラッカーXの純正リアサスペンションの伸圧減衰力データ。条件が異なるので単純な比較はできないが(20/50/80/100℃で計測)、温度差による減衰力の変化はほとんどナシ。

九磨さんの話を聞いて大いに感心した僕は、これまでの2輪用前後ショックの世界で、スルーロッド式加圧ピストンとポペットバルブが普及しなかったことが不思議に思えてきた(加圧式ピストンの有無はさておき、スルーロッド式のサスペンションは実例が存在するし、ポペットバルブは一部の4輪用サスペンションが導入している)。

「その理由は定かではないですが、2輪と4輪の技術的な交流が少ないことを、私は以前から不思議に感じていました。事実、4輪が主業務の当社が2輪用サスペンションを手がけると、どうして?という疑問を持つ人がいますからね。もっとも、常日頃から多種多様な4輪用前後ショックに接している身としては、2輪の前後ショックにはまだまだ進化の可能性があると感じていたので、その実例として、今回のモディファイを行ったんです」

革新的な技術のサスペンション、ノーマルとの乗り味の違いはわかるかな?|Dトラッカーで試してみた。

まさかここまでの激変が味わえるとは……。オリジナルボックスが独自の手法でモディファイを行った前後サスペンションは、最先端の電子調整式・セミアクティブ式を思わせる、守備範囲の広さを実現していたのだ。 REPORT●中村友彦(NAKAMURA Tomohiko) PHOTO●山田俊輔(YAMADA Shunsuke) 協力●オリジナルボックス http://www.originalbox.co.jp/