「エネルギー極少化」+「本質価値極大化」=「Right x Light Mobile Tech(ライトライト モビルテック)」
スズキは9月9日に技術戦略説明会を開催した。説明会では、鈴木俊宏社長が登壇。2024年に発表された「10年先を見据えた技術戦略」を振り返り、その進捗を報告。その後、具体的な技術開発の進捗について、技術統括担当の加藤勝弘副社長が説明を行った。
技術開発の主な焦点は、「小・少・軽・短・美」の哲学に基づいた「エネルギー極少化」であり、具体的には「軽くて安全な車体」や「高効率な内燃機関・CNF技術」、「バッテリーリーンなBEV/HEV」、「SDVライト」、「サーキュラーエコノミー」といった5つの柱となる。

100kgの軽量化を目指す「Sライト」
「軽くて安全な車体」を目指す「Sライト」は、車体の100kg軽量化を目標に掲げる取り組みだ。現在すでに80kgの軽量化に目途をつけているという。その内訳は、部品軽量化で−50kg、構造進化で−20kg、使用見直しで−10kg。今後は部品やボルト一本に至るまで“全体最適”の視点で無駄を削ぎ落とし、最終的な目標達成を目指す。開発は二輪・四輪・船外機といった部門横断的なアイデアを結集。超高張力鋼板や接着剤の適用、材料置換、構造最適化技術、最適空間実現技術といった手法を組み合わせて進められている。

軽量化の取り組みに関してユニークなのは、現行型よりも約100kg軽かった3代目アルトを徹底的に研究したところ。最近の軽自動車はハイトワゴンを中心に室内空間が拡大し、小型車以上に広いモデルも珍しくない。使い勝手は向上したが、軽自動車の本質を見直すと、そこまでの広さが必要ないのではないか、という別の価値も浮かび上がってくる。そこで3代目アルトを実際に購入し、社内で乗車体験とアンケートを実施。その結果、現行型より全長で100mm、全幅で80mm小さいにもかかわらず、「狭さを感じない」「むしろ広い」との意見も寄せられた。過去のモデルには、小ささと広さ感を抱かせる何かがある。そんな検証を参考にしながら、空間の最適化をゼロから行っているところだという。

また、3代目アルトを分解してみると、NVH(騒音・振動・ハーシュネス)対策用の部品がほとんど存在しないことにも気づいた。実際に走ると確かにうるさいが、現在の構造解析やノイズ解析技術を応用すれば、ノイズパッドを使わずに快適性を確保できる可能性がある。もしそれが実現すれば、さらに10〜20kgの軽量化も視野に入る。そうすると、「目標100kgの軽量化を超えて、120kgを目指せるのではないか」と加藤副社長はさらなる軽量化への意欲を見せた。
今後は2030年前までに先行開発車を完了させ、車両構造の進化に関わる技術はまず軽自動車から展開を開始。その後A、B、Cセグメントへ順次広げていく計画だ。部品軽量化の技術については、確立したものから早期に各機種の開発へ適用していく方針が示された。
高効率を突き詰めるICE(内燃機関)と、インドで広がるCNF(カーボンニュートラル燃料)
スズキは、高効率なICE(内燃機関)とカーボンニュートラル燃料(CNF)対応技術を軸に、環境性能の進化を図っている。内燃機関では、高速燃焼や高圧縮比化、ミラーサイクルといった燃焼効率向上技術の開発を進めると同時に、バイオ燃料などカーボンニュートラル燃料への対応を拡大する。この4月にはインド市場にE20対応エンジンを投入済みで、さらにE85まで利用可能なフレックスフューエル車(FFV)も年度内に市場導入する計画だ。また、牛ふんを原料とするバイオガス(CBG)プラント建設を現地で進め、既存のCNG車をカーボンニュートラル燃料に対応させる取り組みを推進している。インドで9月に発表したSUV「ビクトリス」のCNG仕様では、タンクを床下に移設することで荷室空間を広げ、利便性を大幅に向上させた。
一方で電動技術に関しては、48Vハイブリッド「スーパーエネチャージ」の可能性検証を完了し、次の開発フェーズへ進んでいる。シリーズHEVも開発を加速しており、車両のサイズや用途に応じた最適なシステム設計を進めている。


“ちょうどいい航続距離”を実現する「バッテリーリーン」
スズキは電動化の柱として「バッテリーリーン」という思想を掲げている。これは大容量バッテリーに依存せず、車のサイズや用途に合わせた効率的な電動ユニットと電池を組み合わせ、“ちょうどいい航続距離”を安心・安全に実現するというものだ。その象徴となるのが、日本でも発売が迫っているスズキ初の量産バッテリーEV「eビターラ」で、日常で十分な距離を走れる現実的なバランスを追求したという。また、インドでは電動スクーター 「e-ACCESS」 を公開し、都市のモビリティに適したコンパクトな電動化の方向性を示している。

将来のパワートレイン戦略では、高速燃焼・高圧縮比化・ミラーサイクルなどによる高効率な内燃機関の進化に加え、専用ハイブリッドエンジン(DHE)の開発を進める。さらに、48VスーパーエネチャージからシリーズHEV、PHEVまで多様なシステムを組み合わせることで、最適な電動化を実現する計画だ。あわせて、eアクスルやバッテリーは第1世代から次世代へと段階的に進化させ、現実的かつ持続可能なモビリティの実現を目指している。

ただシンプルなだけではない、適切な機能を実現する「SDVライト」
スズキが打ち出す「SDVライト」は、同社流の“必要十分”な電装戦略を象徴する考え方だ。その定義は「スズキのお客様にちょうどいい高性能電装品を届ける実現手段」であり、過剰な装備を避けながらも実用に即した機能を提供することにある。
これは単に“シンプル”や“軽い”という意味ではない。ライトは英語の「Right」、つまり「正しい・最適な」という意味を込めている。ユーザーに必要なものはきちんと搭載する。ただし、それを無理のない価格で提供できるようにすることが本質だ。

具体例として、安全性能を高める先進運転支援システム(ADAS)が挙げられる。NCAPの評価基準が年々厳しくなる中、カメラやレーダー、さらにはドライバーモニターや乗員監視システムといった装備が次々に求められる。従来のやり方では、機能が増えるたびにECU(電子制御ユニット)も増やさざるを得ず、その結果コストは跳ね上がる。
それに対するSDVライトのアプローチは「ECU統合」にある。複数の機能をまとめて制御することで、電子部品の数を減らし、コストを抑える。同時に必要な機能はきちんと搭載し、ユーザーにとって“お求めやすい価格”で安全性や利便性を提供する。これこそが、スズキが独自に描くソフトウェア定義型車両の答えである。
SDVライトはeビターラに初めて適用されており、BセグメントSUVのユーザーに向けて統合ディスプレイシステム、サーバー連携ナビゲーション、第3世代スズキコネクトといった「ちょうどいい」機能を搭載した。
樹脂部品の減量やリサイクルの促進に取り組み「サーキュラーエコノミー」を実現
スズキは「サーキュラーエコノミー」の実現に向け、リサイクル性を高める取り組みを着実に進めている。Sライトプロジェクトと連携し、発泡成形やサイズ最適化による樹脂部品の減量を実施。また、部品単位での易分解設計ガイドラインを設定して、リサイクルを容易にする取り組みも導入している。これらに加えて再生プラスチックの活用促進にも注力し、代理店や保険会社、地域ごとの回収拠点、他社との連携を含む回収スキームの構築を進めている。今後は対象部品の25%をサステナブルプラスチック化することを目標に、近い将来の製品投入を計画している。

カーボンニュートラルへの取り組みも加速させる
さらにスズキは、従来の5本柱に加えて新たに「将来技術CN(カーボンネガティブ)」を第6の柱として打ち出した。その取り組みの一例として挙げられたのが、既存の車両に後付けでCO2捕集装置を取り付け、排ガスから回収したCO2を農業に活用するという試みである。植物の成長促進に寄与するサーキュラーモデルを描いており、現在はまだ実験室段階ながら、将来の環境技術として大きな可能性を秘めている。

加えて「カーボンニュートラルに向けたその他の取り組み」として、いくつかの実例が紹介された。ひとつは、鈴鹿8時間耐久ロードレースに社員有志が挑戦した「チームスズキCNチャレンジ」。マシンには100%サステナブル燃料を使用し、タイヤやオイル、カウル、ブレーキにも持続可能素材を採用した。レースを通じて技術の可能性を検証すると同時に、社員の挑戦意欲とチームワークを高める場にもなった。

さらに、インドでは牛ふん由来のバイオガス事業を展開中だ。約3億頭の牛から得られるふんをバイオガスと有機肥料に変え、マルチスズキのCNG車でそのまま活用できる仕組みを整備。2025年から順次プラントを稼働させ、農村の所得向上やエネルギー・肥料の自給自足に貢献する。

製造領域でも「スズキ・スマートファクトリー」を掲げ、デジタル技術による操業の見える化を進めている。品質と生産性を高めながら製造エネルギーを極小化する狙いで、湖西工場の新塗装工場が2025年6月に稼働を開始。建屋をゾーニングすることで熱気や冷気の流れを最適化し、大幅な省エネルギー化を実現した。

クルマが持つ本質的な価値を極大化する技術戦略
スズキはこれまで「エネルギー極少化」を旗印に、環境負荷低減や資源循環に挑んできた。さらに技術戦略2025では、新たに「本質価値極大化」という軸を打ち出した。背景にあるのは、高齢化や交通格差、労働人口の減少、渋滞や事故の増加といった社会課題である。クルマが持つ根源的な価値を再定義し、人と社会の移動にどう寄与できるか──それを正面から問う戦略だ。

この「本質価値極大化」は6つの視点から構成される。
まず「Easy to buy」。Sライト技術で軽くて安全、環境に優しい車体を実現し、SDVライトで高性能な電装品をお手頃価格で提供することで、“必要十分な価値を持つちょうどいいクルマ”を目指す。次に「Easy & Safety drive」。直感的でわかりやすい操作系に絞り込み、正しい運転姿勢を保てる設計で誤操作を予防。加えて、ドライバーの認知・判断・操作を過不足なく支援し、運転技量評価アプリで免許返納の判断もサポートする。
三つ目は「Waku Waku drive」。クルマを単なる移動手段ではなく“相棒”と捉え、自分で操る楽しみを尊重。安全性や快適性、経済性を高い次元で両立させ、日常の移動をワクワクする体験へと変えていく。四つ目の「High value」は、価格以上の価値を持つ製品を届けることだ。五つ目に掲げられた、人生のあらゆる瞬間に寄り添い続ける「サステナブルユース」と結びつき、長く信頼されるモビリティを形にする。
六つ目は「新モビリティ」。小型自動配送モビリティによる物流効率化や人手不足解消、工場・港湾など限定エリアでの管制型自動走行システム、さらに個人用高速輸送システムのグライドウェイズや「空飛ぶクルマ」のスカイドライブといった新しい公共交通との連携を視野に入れる。
「スズキ未来R&Dプロジェクト」で技術者たちの“熱量”を高める
スズキは今回掲げた技術戦略を確実に形にしていくための一環として、「スズキ未来R&Dプロジェクト」を立ち上げた。狙いは明快で、技術者一人ひとりの“熱量”を高め、チーム全体の力へとつなげることにある。
この活動を主導するのは、若手から中堅までのコアメンバー10名。日々の業務と並行しながら、有志として参加している。リーダーを務める野村氏は、「技術開発は本来もっとワクワクして、もっと楽しいもの。その感覚を再び実感できる風土をつくりたい」と語る。
活動内容は多岐にわたる。例えば、技術者に刺激を与えるものづくりコンテストの開催や、部門を越えた交流の仕組みづくりなど。小さな試みを積み重ねながら、社内に挑戦の雰囲気を広げてきた。野村氏はこう結んだ。「これからもスズキの技術者が高い熱量を持って挑戦できる環境を広げ、技術開発をさらに前へ進めていきたい」。未来R&Dプロジェクトは、戦略実現を支えるエンジンとして、社内に新しい風を吹き込んでいるようだ。

スズキは世界中の人々に移動の自由を提供しつづける
スズキが掲げる技術戦略の核心は明快だ。「地球に寄り添う技術哲学『エネルギーの極少化』で技術を磨き、人に寄り添う技術でモビリティの『本質価値を極大化』する」。そして、その理念を体現するのがコーポレートスローガン「By Your Side」である。
そして、二本柱である「エネルギー極少化」と「本質価値極大化」を統合した思想を、スズキは「Right x Light Mobile Tech(ライトライト モビルテック)」と名づけた。これは地球環境と人の暮らし、その双方に寄り添う技術を磨き上げることで、持続可能で現実的なモビリティを形にしていくという意思表明なのである。






