先行したのは三菱、そして日産だったのに……
LG化学は2011年に「ポーランドにLIB工場を建設する」と発表した。しかし、欧州OEMとの間でのLIB供給契約がまとまらず、なかなか建設には着手されなかった。当時はまだ、欧州のOEMはBEVには前向きでなかったため、LGケミカルは量産規模の見込みを立てられなかったのだ。
欧州OEMがBEV開発促進へと舵を切り始めたのが2016年。年前9月にVWのディーゼル排ガス不正が米国で発覚し、ディーゼル車への信頼が揺らいだあとだ。VW、ダイムラー(当時)、BMWのドイツ3社はこの件でペナルティを喰らい、当時のドイツ・メルケル首相の指示もあってBEV開発へと舵を切る。ここでLG化学はVW、ダイムラー、ボルボなどと相次いで納入契約を結んだ。


もちろん「LIBが欲しい」と向こうから話が来たわけではない。LG化学は2011年から継続してコツコツと営業活動を続けていた。欧州OEM製のBEVと言えば2013年に発売されたBMW「i3」と2014年発売の「e-ゴルフ」「e-up!」くらいのもので、BMWとVWはサムスンSDI製の角型セルを韓国から輸入し、自社で電池パック化して使うという決断を下していた。
米・テスラの最初のモデル「ロードスター」は2008年3月の発売だ。受注生産のスポーツカーであり、市販の18650型LIBを6,831個使うと言う、いわば実験車だった。量産モデルとしてのテスラBEVは2012年6月発売の「モデルS」である。

テスラが18650型、直径18mm×長さ65mmという、当時ノートPC用などでスタンダードだった円筒形LIBを使った理由は、調達価格と性能のバランスだった。当時はまだ、OEMには電池の知見が足りていなかった。もっとも現実的な選択が18650だったと、筆者は2009年にテスラ関係者から聞いた。
電池の製造設備は電池の形状によって変わる。円筒状に「巻く」か、角形に「折る」か、平らのままパウチするか、大別するとこの3通りになるが、製造設備はまったく異なる。BMWはサムスンSDIと契約し「i3」「i8」用の角型LIBを共同開発の形で少しずつ進化させた。


2009年7月から法人向け販売が始まった三菱「i-MiEV」も角型電池だった。見方はいろいろあるが、世界初のLIB搭載型量産BEVは日産「リーフ」ではなく三菱「i-MiEV」だと筆者は考える。最初は法人向けだけだったとはいえ、工場から市販型がラインオフしたのは「i-MiEV」のほうが早かった。
このクルマのLIBはGSユアサ、ドイツのロベルト・ボッシュ、三菱商事の出資で立ち上がったリチウムエナジージャパン(2024年に法人解散)がセル生産からパック化までを担当していた。
当時筆者は「i-MiEV」の開発状況は逐次取材し、試作車の運転もさせてもらっていた。LIBは極材だけでなくBMS(バッテリー・マネジメント・システム)およびモーター制御が電池の「持ち」にも影響を与える。三菱自動車もリチウムエナジージャパンと膝を突き合わせながらLIBを開発していた。


2010年末ごろから徐々に生産が始まっていた量産仕様の日産「リーフ」は、高い電池性能のために平らなパウチ状のラミネート型LIBを世界で初めて使った。この電池は日産とNECの合弁会社であるオートモーティブ・エナジー・サプライ(現在は中国・遠景集団に売却されAESC)製だった。
ラミネートLIBのアイデアは、日産で電池関連の開発を続けてきた堀江英明氏のオリジナルだった。製造工程を確立するのは難しかったが、オートモーティブ・エナジー・サプライはレトルト食品製造の技術なども参考にしながら量産化を実現した。
角形電池は搭載効率に優れるが、使用時の膨張を加味して内部の「折り込み」寸法にはわずかな余裕がある。ラミネート型は電気を出し入れする電極板の面積を大きく取りやすく、使用時の多少の膨張も吸収できる。三菱自動車も日産も、車載電池としての性能最適化をねらい、製造設備から考案し、まったく新しいLIBを開発した。
当然、多くのOEMと電池メーカーがオートモーティブ・エナジー・サプライ製とリチウムエナジージャパン製の電池を研究した。車両を購入し、バラし、徹底的にテストを行なった。テスラは市販電池(おそらくパナソニック製)の利用から入り、やがてパナソニックとLIB共同開発および調達の契約を結んだ。
VWは三洋電機と2006年にHEV用Ni-MH(ニッケル水素)電池の共同開発契約を結び、パナソニックが三洋電機を子会社化した2010年にはVW「トゥアレグ」とポルシェ「カイエン」のHEV向けにNi-MH電池を出荷していた。しかしLIBはサムスンSDIからの調達になる。

こうしたライバル電池メーカーの動向を横目で見ながら、LG化学は欧州でVWやダイムラーにさまざまなアピールを行ない、2016年までに欧州での納入契約に漕ぎ着けた。当初の契約は円筒形LIBだった。電池形状が決まったことでLG化学はポーランド工場の最終仕上げに取り掛かった。
とはいえ、LIB用の極材は欧州では調達できず韓国から運ぶしかなかった。そのための物流体制構築も大変だったと聞いた。さらに、工場立地にポーランドを選んだものの、ポーランドはEU加盟国であるため工場はさまざまなEUの環境規制に適合しなければならず、ここでもコストが嵩んだ。
LG化学のLIB部門は韓国国内でも赤字だったが、そこにポーランドでの投資が重なり、我慢の日々が続いた。その後、ヒョンデ・起亜グループ向けの韓国内でのLIB生産が軌道に乗り、ポーランド工場での生産も順調になり、2020年に初めてLG化学製のLIBは世界シェアでパナソニックを抜いて首位に立ち、LIB部門としても単年度黒字化に成功した。この勢いを駆ってLG化学はLIB部門を分離独立させ、現在のLGESを設立した。
一方、韓国勢ではLG化学に続いてサムスンSDIが2016年にハンガリーにLIB工場建設を決めた、すでにVWへの納入実績もあったため、サムスングループのテレビ工場をLIB製造に転用することになり、2018年には現地でのLIB量産が始まった。続いてSKイノベーション(現SKオン)が2017年にハンガリーへのLIB工場建設を決め、2020年に稼働開始した。
なぜパナソニックは欧州進出しなかったのか?
不思議なのは、2019年まではパナソニックが車載LIBで世界シェア30%を握りトップだったのに、なぜ欧州進出しなかったのか、という点だ。
前述のように、LG化学がポーランドでの生産を決める前に、すでに日本にはBEVがあった。メディアがよく言う「日本はBEVで出遅れた」は、明らかな間違いだ。先行していた。しかし、日本国内で売れなかったために息切れし、一蓮托生だった電池メーカーもそのあおりを受けた。2010年の時点では、欧州OEMは鉛酸電池を積んだBEVしか持っていなかった。
しかし、車載LIBで先行したオートモーティブエナジーサプライもリチウムエナジージャパンも、製造設備の設置と改良・熟成という初期投資は莫大だった。肝心のBEVは予想の4分の1も売れず、投資回収は困難を極めた。
オートモーティブエナジーサプライは日産の英国工場にLIBを供給するため欧州進出したが、最終的には日産とNECが中国・遠景集団に同社を売却した。三菱自動車の電池を引き受けていたGSユアサは2013年にドイツに子会社、2017年にハンガリーに製造拠点を置いたが、韓国勢のような成功は収めていない。
LG化学が欧州進出を決めた背景は、韓国OEMへのLIB納入の話がなかなか進んでいなかったことが挙げられる。一方、日本のオートモーティブ・エナジー・サプライとリチウムエナジージャパンは、特定OEM向けの専用LIBの製造に特化していた。本来なら、ここで利益が出るはずだった。
「ICV(エンジン車)でのエンジンは、BEVでは電気モーターとLIBだ。日本のOEMは、使用する電気モーターと目指す『走り味』『電費』のために最適なLIBを要求する。LIBの仕様がひとつでいいのなら、現在よりも大幅にコストダウンできる」
2010年に三菱ケミカルを取材した際、技術者氏はこう言った。同社は正極材、セパレーター、負極材、電解液というLIBの4要素をすべて製造できる世界でも唯一の企業だった。日系OEMからの4要素オーダーは「ほんのわずかの違い」だと聞いた。OEMにとってLIBは「エンジンの半分」であり、スペシャルオーダーの傾向はいまでも続いている。
パナソニックのLIB部門は、前述のようにテスラ向けで忙しかった。2012年6月に発売された「モデルS」にはパナソニック製LIBが搭載されており、その2年半前の2010年1月にテスラとパナソニックはLIBの共同開発とテスラ向けLIBの供給で契約を結んでいた。
テスラは18650型という汎用サイズを選択した。すでにパナソニックが製造設備を持っていたためであり、その代わり極材と電解液のチューニングをテスラ専用でオーダーした。現在でもテスラとパナソニックの関係は続いている。
もうひとつ、パナソニックはトヨタのHEV(ハイブリッド車)用Ni-MH電池の製造を請け負っていた。BEVとHEVでは電池に要求される性能が違う。HEVは瞬発力、BEVは持久力が重視される。ちなみにPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)用の電池は瞬発力と持久力のバランスが求められる。
日本の電池メーカーは、特定のOEM向けの電池生産で忙しかった。しかし利益はあげていない。パナソニックがテスラ向けLIB事業を単年度黒字化するのに10年以上かかった。LG化学のLIB部門は単年度黒字化に12年かかった。LIBは初期投資が大きい割に薄利多売を要求され、辛抱強く生産規模を拡大し、やっとモトが取れる。そういうビジネスである。
欧米OEMのLIB調達先

2009年に韓国の李明博政権は「低炭素・緑成長」という方針を打ち出し、2013年までの5カ年計画のなかで電池製造企業を支援した。そのなかには海外展開企業への輸出保険や与信支援も含まれていた。しかし、LIB製造企業へ補助金が支払われたかどうかは筆者レベルでは確認できていない。
一方、中国のLIBメーカーは、初期投資が莫大なのに売り上げが厳しい「苦しい立ち上がり時期」を、政府の補助金によって助けられた。莫大な額の補助金が遣われた。筆者が調べたかぎり、BEVとLIB関連への中央政府による補助金は約27兆円。これに地方政府の補助金を加えればゆうに30兆円を超える。

「世界のLIBを牛耳る」と言う中国政府の野望は、補助金によって成し遂げられた。「過剰生産」は中国の得意技であり、政府がこれを煽った。そしていま、中国LIBメーカーは欧州での現地生産を着々と拡大しつつある。(つづく)