先駆けは日本だった

現在、米国政府は「中国完全締め出し」である。世界シェア70%以上を握る中国製LIBも、米国内で生産されるBEVにあまり搭載されていない。LIBセルまたはLIBを使う電池パックの関税率は、2025年9月20日現在で25%である。輸入禁止ではないが高い関税率が課せられている。

欧州は中国製BEVとLIBの輸入に高税率の反補助金関税を課している。ただし「関税を払えば構わない」姿勢であり、米国ほど強硬姿勢ではない。また、すでに中国電池メーカーの電池工場がEU内で稼働している。

一方、日本は何の規制もしていない。G7加盟国で唯一、中国製BEVとLIBを「他のすべての国からの輸入品」と同等に扱っているのが日本だ。中国製BEVでも購入補助金は支給される。

そもそも、鉛酸電池ではなくLIBを積んだBEVの量産で世界に先駆けたのは日本だった。三菱自動車の「i-MiEV」と日産「リーフ」は、同じサイズのICV(内燃機関搭載車)よりも相当に割高ではあったが、テスラ「ロードスター」のような高額嗜好品ではなく量産車だった。

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先行したのは三菱、そして日産だったのに…… LG化学は2011年に「ポーランドにLIB工場を建設する」と発表した。しかし、欧州OEMとの間でのLIB供給契約がまとまらず、なかなか建設には着手されなかった。当時はまだ、欧州 […]

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これは、ある意味で必然だった。世界初の実用LIBはソニーエナジーテックが1991年に開発したのだ。ここからしばらくは、LIBを製造できるのは日本だけだった。

そもそもLIB実用化に欠かせない理論を提唱した科学者のうちのひとりは日本人である。イオンの移動と収容という基本原理「インターカーレーション」は1970年代にスタンリー・ウィッティンガム氏が提唱した。正極材に適したコバルト酸リチウムはジョン・B・グッドイナフ氏が1980年代に発見した。

そして、負極材として炭素材料を提唱したのが吉野 彰氏である。1980年代に三元系(ニッケル/コバルト/マンガン)正極材LIBの基本構造や安全性の理論を確立し、1985年に出願人・旭化成工業、発明者・吉野 彰として特許を取得した。

スタンリー・ウィッティンガム氏、ジョン・B・グッドイナフ氏、吉野 彰氏の3氏は2019年にノーベル化学賞を受賞した。

また、前述のグッドイナフ氏らは、自らが英・オックスフォード大教授だった時代に提唱したコバルト酸リチウムではなく、リン酸鉄リチウムを正極材として使う有用性を1997年に米・テキサス大学オースティン校教授のときに提唱した。世界初の量産HEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)であるトヨタ「プリウス」初代がNi-MH(ニッケル水素)電池を搭載して発売されたのが、その1997年である。この年から、LFP系LIBの歴史は始まった。

グッドイナフ氏の提唱はMITのYet-Ming Chiang(イェット・ミン・チャン)教授の研究グループに引き継がれ、同氏はMITからスピンアウトする形でA123システムズという電池会社を2001年に設立した。グッドイナフ氏自身も1960年代から1976年まではMITに在籍し、電池のメモリー効果などの研究をしていたから、学校の縁は深かったのである。

ちなみにイェット・ミン・チャン教授は1989年から日本の京セラが支援している。MIT広報によれば、同教授は「京セラ教授」の肩書を持つ。米国の大学では企業や財団が教授の研究、給与、研究室などに対して継続的な財政支援を提供する「寄付講座」が存在する。資金提供者に対する敬意として、その名前を講座名と教授職に使用する。

アメリカの国策バッテリーメーカーの挫折

A123システムズはオバマ政権下でグリーン・ニューディール政策の協力企業に選ばれ、2008年にエネルギー省から2億4900万ドル(同年の為替レートを1ドル=79円として約197億円)の助成金を得た。この資金でLFP系LIBの商業化と米国および中国への電池工場建設を行なった。

同社のLFP系LIBは自動車ベンチャーである米・フィスカーがHEVに採用したが、2011年に電池火災事故を起こす。これを機に、A123システムズは巨額のリコール対策費の支出と評判の低下による納入契約破棄に見舞われる。そして2012年10月に連邦破産法11条(チャプターイレブン)を申請し経営破綻した。

電池発火事故はA123システムズが製造したLFP電池の技術的欠陥が原因ではなかったが、会社の資金繰りは急速に悪化してしまった。ここに目を付けた中国の万向集団(Wanxiang Group)は、A123システムズがチャプター11を申請する前に最大4億5000万ドル(同79円で約356億円)で株式の80%を取得することを打診、A123システムズとの間で買収の覚書(MOU)を結んだ。

万向集団は当時、売上高130億ドルの中国自動車部品企業大手であり、米国子会社も約3000人を雇用していた。A123システムズは前述のグリーン・ニューディール関連で米国政府からの発注(軍用含む)も受けていたから、万向集団としてはA123システムズ知的財産と工場などの資産は「得るものが大きい」という判断だった。

しかし、米国政府から助成金交付を受けているA123システムズが中国企業の手に渡ることへの反発は強く、自動車部品メーカー大手のジョンソンコントロールズと日本のNECの連合が買収に名乗りをあげた。万向集団とのMOUには法的根拠がないことも指摘された。

ジョンソンコントロールズはA123システムズの自動車事業を継承しNECはスマートグリッド用など定置用電池事業を継承する計画だった。A123システムズ側も万向集団とのMOUは破棄し、買収は成立する見通しだった。ところが、入札による結果は万向集団の勝利だった。2億5660万ドルを提示した万向集団に対しジョンソン/NECは1億2500万ドルであり、競争入札は大差で中国が勝った。(次ページ:そしてLFPの技術は中国へ