モータースポーツも脱炭素へ、動く

PHOTO:JRP

国内トップフォーミュラである全日本スーパーフォーミュラ(SF)を運営する日本レースプロモーション(JRP)は、国産セルロールエタノール混合低炭素ガソリン(エタノール10%混合のE10)を2026年シーズンから採用すると発表した。国産セルロースエタノールを開発製造するのは、次世代グリーンCO₂燃料技術研究組合(raBit)で、E10ガソリン燃料はENEOSが供給する。

カーボンニュートラルに向けての燃料開発は、合成燃料(e-Fuel)とバイオ燃料の両面で進んでいる。先行しているのはバイオ燃料だ。期待されているのは、バイオエタノールである。それも可食原料のトウモロコシやサトウキビではなく非可食原料の植物のセルロースを発酵させて作る第二世代バイオ燃料だ。今回、raBitが使うのは非可食植物のソルガムである。

持続可能なモータースポーツの実現のために、レース・ラリーの世界ではトップカテゴリーからカーボンニュートラル燃料の使用を進めている。WRC、F1(2026年シーズンから)はもちろん、スーパーGTやスーパー耐久もカーボンニュートラルへの取り組みを進める。

ガソリンのカーボンニュートラル化のイメージ

BEVやFCEVの導入、クルマの燃費向上でガソリン需要は減少するものの、一定量が残ると見込まれる。そのため、ガソリンのカーボンニュートラル化は重要で、それを担うのが合成燃料(e-Fuel)とバイオ燃料だ。先行するのはバイオ燃料だろう。

ENEOSは、レースの厳しい環境下での使用に耐えうるE10燃料としての品質設計と供給を行なう。9月からは実際にSFのマシンを使ったテスト走行が始まる。車両側として対応しなければならない課題も見てくるだろう。SFは、2026年シーズンに10万Lのセルロースエタノールを使用する計画だ。

エタノールはオクタン価が高いため、ガソリンのオクタン価向上による燃費向上に寄与し、結果的にCO₂排出低減が期待できる。またエタノールは酸素分子を含む化合物のため、炭化水素や一酸化炭素、PNを抑制する効果もある。
エタノールを輸出できるポテンシャルがあるのは事実上、アメリカ(トウモロコシ由来)とブラジル(サトウキビ由来)に限られる。それぞれ農業政策と密接に関わる。エネルギー安全保障上からも日本はエタノールの国産化を進めたいところだ。

現行のガソリン規格では多くの国で10%のエタノール混合(E10)を上限にしているが、今後は化石燃料への依存度を下げるためにE20、あるいはさらに高濃度のエタノール混合が期待されている。しかし、現状、国内ではE10以上の規格は整備されていない。モータースポーツの現場での開発やそれよって得られる知見が、カーボンニュートラル燃料の技術開発にフィードバックされることを期待したい。

JRPは、9月9日から11日の3日間に、今シーズン2回目となるカーボンニュートラル開発テストを富士スピードウェイで行なった。マシンはスーパーフォーミュラのSF23、2台。テストでは2台合計で428周を走行。テストドライブを担当したドライバー(国本雄資選手/山本尚貴選手)は、

「今回始めて低炭素燃料を使用したわけですが、従来のハイオクガソリンと入れ替えるだけで問題なく走行ができたことには正直驚いています。当然多少の不具合が発生すると覚悟はしていましたが、そこはすごくポジティブに捉えています。簡単に進んだからこそ、エンジンパワーの部分やドライバビリティのところは、エンジンのマップ側でもう少し合わせ込む必要があると感じましたので、本当に大きな一歩になったな、と実感しています」(国本選手)

「事前のベンチテストでもハイオクと変わらない値を示している、と聞いてはいたのですが、経験的に他カテゴリーで合成燃料を入れた場合極端にパワーが落ちたり、合わせ込みが難しかったりといった事象を経験していたので、内心では心配はしていました。そんな中いざ走ってみると、燃料が変わったことを言われなければ気づかないくらい問題がなく、本当に驚きましたね。現時点ですでに来季投入については何も問題はないように思いました」(山本選手)

とコメントしていた。実戦への投入は、2026年シーズンからとなる。

セルロースエタノールの製造工程

スーパーフォーミュラで2026年から採用されるE10燃料のエタノールは、2022年7月にENEOS、スズキ、SUBARU、ダイハツ、トヨタ、豊田通商の6社で設立した「次世代グリーンCO₂燃料技術研究組合」。通称raBit(Research Association of Biomass Innovation for Next Generation Automobile Fuels)で製造される。8月にそのプラントが報道陣に公開された。

非可食原料を使うエタノールの製造工程は、草・木・残渣などのセルロースを前処理~糖化~発酵~蒸留してエタノールを生成する。トウモロコシなら前処理を飛ばして糖化から、サトウキビなら発酵から工程を始められるが、国内には供給源がなく輸入に頼るしかない。そこで期待されているのが、セルロースエタノールなのだ。糖化以降の工程は酒造りと似ているため、パイロットプラントにはやや甘い匂いが漂っていた。発酵工程で発生するCO₂の利用も期待されている。

2022年7月にENEOS、スズキ、SUBARU、ダイハツ、トヨタ、豊田通商の6社で設立した「次世代グリーンCO₂燃料技術研究組合」。通称raBit(Research Association of Biomass Innovation for Next Generation Automobile Fuels)23年3月にマツダが加わり、現在は7社が参加している。福島県双葉郡大熊町にある。
原料となるソルガムは日本でもコウリャンやタカキビと呼ばれて栽培されてきた。干ばつや高温に強く痩せた土壌でも成長する。非可食部のセルロースがエタノールの原料となる。写真の1ロール(約400kg)から10Lのエタノールができる。
現在使用している原料は福島県浪江町で栽培されるソルガム。ソルガムの生草は7-8割が水分で、これを砕いて洗って絞る。ここで水分量が5-6割になるという。ソルガムに含まれるセルロースが原料となる。
第二世代バイオエタノールとは、トウモロコシやサトウキビなど可食原料から精製するのではなく、非可食原料のセルロールを糖化~発酵から蒸留して精製する。前処理という工程が加わるのだ。砕いて洗浄したものに硫酸を加え煮ることでセルロースをほぐしていく。この工程には高い技術とノウハウが必要だという。この工程はリグノセルロースを構成する、ヘミセルロース、リグニンの結合を緩めてその後の糖化や発酵をしやすくするのが目的だ。
前処理したものに糖化酵素を加え、セルロースの当分をグルコースに変えていく。糖化酵素は花王が開発したものを使う。糖化は1日ごとに糖化槽を移しながら3日間かけて(出し入れ含めて4日間)行なう。糖化槽の大きさはひとつ約10㎥。
糖化槽と発酵槽の間には糖化槽の温度・PH値などの調整を行なう設備(右手)と発酵用の酵母を培養する装置(左手)がある。培養は三次培養まであり30時間かかるという。使う酵母はトヨタが開発したものだ。
糖化が終わった糖化液は発酵工程に入る。ここで使うのがトヨタと豊田中央研究所が開発した高性能酵母「TOYOTA XyloAce(トヨタ・ザイロエース)」だ。酵母を混ぜて2日置くとエタノールができるわけだ。この工程で発生するCO₂は回収している。
 
発酵によって生成するエタノールは濃度が低い。これを燃料用(JIS規格では99.5%以上)にするために濃縮する必要がある。ここでは蒸留塔を使って濃縮する。その後脱水処理をして出荷できるエタノールが完成する。高沸点の成分は副産物としてフーゼル油(第二石油類)として取り出される。現在は廃棄しているが、これも植物由来の燃料として使える。
完成したエタノールは、製品エタノールタンクに送られ、出荷される。raBitの現在の生産能力は300L/日。400kgのソルガムから10Lのエタノールができるので、1日で1.2Lのソルガムを原料として使うことになる。現在はソルガムを使った安定稼働を目指すが、その後はソルガム以外のさまざまなセルロール系材料にトライするという。
発酵工程で発生するCO₂は回収設備へ送って回収し、液化する。回収したCO₂はグリーンCO₂として再生可能エネルギー由来の水素と合わせて、合成燃料(e-Fuel)に使えないか、今後研究していくという。発生したCO₂も植物由来。したがって、これを回収して処理するとカーボンネガティブが実現できる。