ラグジュアリーが犬と人をつなぐ


ベントレーはSUV「ベンテイガ」専用の「ペットアクセサリーレンジ」を発表した。キルティングが施されたバンパーカバー付きの荷室マット、防水仕様のリアシートカバー、専用の荷室用ケージなど、“4本脚の友人”が安全かつ快適にドライブを楽しめるよう設計されている。
同社によれば、「ベントレー・オーナーの3人に1人が犬と旅をしている」という。ラグジュアリーとはもはや人間だけの快適性ではなく、“家族全員の幸福”を意味する。ブランド哲学である「人生のあらゆる瞬間にラグジュアリーを」という理念が、しっぽのある家族にも拡張された形だ。
ロールス・ロイスが形にした「愛のかたち」


ロールス・ロイスの「スペクター・ベイリー」は、アメリカの長年の顧客が愛犬への深い愛情を形にしたワンオフモデルだ。後席のウォーターフォールには、180枚以上の天然ベニアを組み合わせた写実的な象嵌によるベイリーの肖像が据え付けられている。助手席側のインテリアトリムには肉球型のマーケトリー(象嵌細工)、エクステリアにもローズゴールドの肉球があしらわれている。
すべては、「愛犬という存在が飼い主の人生にもたらす感情」をかたちにしたものだ。ロールス・ロイスのビスポーク責任者、フィル・ファーブル・ドゥ・ラ・グランジュ氏は語る。
「このクルマは、犬がどれほど人生を豊かにするかを示す象徴です。顧客の物語を形にすることこそ、ビスポークの本質なのです」。
犬は単なるペットではなく、人生という物語を共に紡ぐパートナーとして描かれている。
自動車産業を超えて広がる“ペット・ファースト”の発想


この流れは高級車だけの話ではない。日本市場でも、自動車メーカーによる愛犬家への訴求が広がっている。トヨタは現行「シエンタ」の発表会で犬連れのゲストを招き、期間限定のドッグランを設置。TVCMにも犬を起用し、“家族とペットの共生”をブランド戦略の柱に据えた。
スバルも今年から「安心して犬と旅できるスバル」というメッセージを前面に打ち出し、愛犬家を明確に意識したマーケティングを展開している。そしてホンダはこの分野の先駆者だ。用品子会社ホンダアクセスが手掛ける「ホンダドッグ」ブランドは20周年を迎え、犬用シートカバーや車載ケージなど幅広い商品を展開している。
こうした愛犬家向けの発想は、もはや自動車業界にとどまらない。住宅メーカーでは、滑りにくい床材や消臭機能付きの壁紙、ペット専用ドアなど“犬との暮らしやすさ”をうたう住宅が増えている。インテリアブランドは洗えるソファや防水ファブリックを提案し、ホテル業界もペット同伴宿泊を積極的に打ち出す。
つまり、犬という存在が業種を越え、生活デザインの中心に位置し始めているのだ。
犬が家族になった社会が、クルマを変える

犬が人と暮らし始めたのは数万年前とも言われる。しかし日本では、ほんの数十年前まで犬は「屋外で飼育する家畜」だった。それがいまや、リビングや寝室で「共に過ごし、旅行にも同行する家族の一員」へと変化した。この価値観の変化が、自動車の空間設計やカーライフスタイルの思想にまで影響を及ぼしている。安全性や清潔さ、快適性はもちろん、「感情の共有」や「関係性のデザイン」が新たな開発テーマとなりつつある。
クルマの未来は、“しっぽのある家族”とともに

こうした流れは、ホンダをはじめとする日本車メーカーにも確実に根付いている。ブランドの格や価格帯を越えて、犬という存在が人とクルマの関係性を再定義しつつある。テクノロジーの進化が競われた時代を経て、いまクルマは、再び“心の共鳴”を生むプロダクトへと進化している。
ベントレーもロールス・ロイスも、目指す場所は同じだ。それは「ラグジュアリーとは、人とその大切な存在が共に過ごす時間を豊かにすること」。ベンテイガの荷室を愛犬のために仕立てたエンジニアも、スペクター・ベイリーの肖像を木象嵌で描いた職人も、その思想を共有している。
クルマは外の世界を走る機械から、家族の内側の感情を運ぶ器へ──。その未来は、私たちの隣で静かにしっぽを振る存在とともにある。
