5人に1人を満足させるカスタマーエクスペリエンス事業部が狙うカスタマイズは?

ヤマハ発動機の「カスタマーエクスペリエンス事業部(CX)」の前身は、CS本部(C:Customer S:Service, Support, Satisfaction, Safety)だったが、2021年に、モノよりコトへ変化していると叫ばれる時代の中で、単なるアフターサービスという位置づけから、「体験価値」を提供すべく、それを体現する部門となった。

2023年の東京モーターサイクルショーに参考出品された「XSR900 Knight of the “9”」は、マットブラックの特別塗装を施したカスタムが話題となった。

そうしてアフターサービスなどに必要となる消耗部品等の純正パーツ供給に加え、カスタマイズによる価値提供を強化するなど、大切な愛車を維持することはもちろん、クリエイティブなバイクの楽しみ方という、更なる顧客体験創出に向けて舵を切っている。

ヤマハ発動機の純正アクセサリー、カスタマイズパーツを手掛けるのは、主に国内マーケットを主とするワイズギアや、ヨーロッパやASEANなどそれぞれのマーケット各地の担当部門があり、それとは別にグローバル展開するパーツを手掛けるのがこのCX事業部となる。

取材に応じていただいた田中さん(左)と里中さん(右)。

CX事業部から生み出されるのは、単なるアクセサリーやバイクライフを便利にしてくれるアイテムばかりではない。時に、そのモーターサイクルが生み出されるときのコンセプトに基づいて、開発陣と情報交換をしながら、ベース車とある意味大きくキャラクターを分かつことになるようなカスタマイズパーツをも送り出すことがある。

XSR900用カウルキットもそういったアイテムのひとつだ。

XSR900用カウルキットには、日本専用カラー「アイボリー」をラインナップした。

XSR900は、かつてのレーサースタイルからカウルなど「余計なもの」を取り去ったネイキッドスタイルへの回帰が本来のコンセプト。そこへ、「あえて」カウルキットを設定し、一部のユーザーを満足させることに成功している。

シートカウル用にレースのゼッケンプレートをイメージしたグラフィックを同梱していて、ユーザーのお好みに合わせて貼り付けることができる。
旧音叉ロゴマークが使用されていて、当時の雰囲気を醸し出すネオレトロな仕上がりとなっている。

その一部とは、数字にすると、5人に1人。つまり車両を買ってくれた人の内の20%が購入してくれたということになる。この数字は、用品の世界では大ヒットの証だという。

しかし、販売台数の5分の1という小ロットゆえの工夫も必要になる。意外だったのは、生産計画において、最大でも本体の販売台数の20%と少なくなるゆえに、ノーマルパーツと同じ製法を用いたり、同じサプライヤーに発注するとは限らないのだそうだ。CX事業部独自の製造方法などもあるし、例えば、医療機器などの小ロットの製造を受けてくれる製造業者に依頼することもあるのだそうだ。純正用品ゆえに、ノーマルに習ってできると思ってたら、そうは行かない場面が多々あるのだそうだ。

ベースとなる、ヤマハ XSR900は、スポーツヘリテージをコンセプトとするロードスポーツバイク。ベースモデルの「MT-09」譲りの高い走行性能に加え、1980年代のレーシングマシンを彷彿とさせるネオレトロなデザインで人気。

少量生産ゆえの難しさと許されるこだわり

そして、少量ゆえに、本体以上の「こだわり」が許される部分もある。

例えば、カウルにデザインのためのラインを入れたくても、複雑なグラフィックデザインや、塗分け塗装など機械的に作ることが難しい部分もあるし、カウルを取り付けるための穴と重なってしまうこともあり得る。ノーマル車両の製造行程では、効率化のために作りやすさを重視し、場合によっては泣く泣く妥協せざるを得ないシーンも起こり得ます。けれど、小ロットゆえにこだわり箇所も妥協することなく製造可能となり、純正用品として世の中にリリースされるものもあるのだという。

ヤマハ発動機株式会社カスタマーエクスペリエンス事業部 企画戦略部 ボルトオンアクセサリー企画グループ田中佑樹さん

また、往年の名車をオマージュした場合など、当然ながら当時の塗料は既になくなっており、それを復刻させることとなる。そうした場合、当時のカラーチャートを探し出して機械的に再生するのではなく、ファン各自の心のなかに浮かんでいるであろう色彩を再現すべく塗料を作るといったこだわりも貫いてきた。

ヤマハ発動機株式会社カスタマーエクスペリエンス事業部 企画戦略部 ボルトオンアクセサリー開発グループ里中志成さん

さらに、カウルを装着する際にはライトの取り付け位置も変更することになるが、その取り付けステーには、ライト取り付け位置をユーザーの好みに委ねることができるよう、あえて幅を持たせた設計とした。ノーマルパーツではあり得ないことだが、純正のカスタム用品として、ユーザーの気持ちに最大限寄り添いながら、メーカー純正としてできるギリギリの線を常に探している一例だ。

XSR900カウルキット装着の際、ヘッドライト取り付け高さを調整できるようにした。ハンドルの高さなどを変更した際に、ライトの取り付け位置も調整できるようにするためだ。

そういったディティールは、きっと敏感なユーザーの心に響く部分だろう。「神は細部に宿る」部分を発見したファンの心をきっと掴むはずだ。

しかし、そうした少量生産のカスタマイズパーツは効率よい商売とは思えないが、CX事業部はなぜそれを取り組むのか。

それは、メンテナンスするのも、カスタマイズするのも、ユーザーがバイクに関わることのすべてがバイクライフの一部だからだ。走らせるだけがバイクの楽しみではないわけだ。

まさにそれらのバイクライフを「エクスペリエンス=体験」できるようにするのがCX事業部の役割なのである。そうすることで、ヤマハファンを増やすことに繋がり、継続的にバイク好きとなってもらえる。

ヤマハ発動機の原点である日本楽器製造株式会社(現ヤマハ株式会社)は、楽器を売るだけでなく、音楽教室によって長く音楽を楽しんでもらい、道具である楽器を愛してもらおうと古くから取り組んできたのは日本の多くの人が知るところ。また、ヤマハ発動機は、バイクに正しく、楽しく接してもらうための「ヤマハライディングアカデミー(YRA)」なども長年取り組んできた。それは、学んで楽しむツーリング付きの教室「YRAプレミアムツーリング」へとこのほど発展もしている。

楽器や、生活必需品というよりは楽しむためのバイクも、ただ乗るだけでなく、正しく長く使ってもらい、メンテナンスやカスタマイズで愛でてもらいたいという精神も同じだろう。それがヤマハファンであり続けてもらえる手段だと、グループ社員一同に染み付いているのではないか。

その精神は、カスタマーエクスペリエンス事業部の取り組みの一例をお聞かせいただいた今回の取材からもヤマハグループに脈々と流れ続けているのがわかった。そこで感じたのは、やはりそれがヤマハらしさなんだと思った。

「わかってるねぇ!」と思わず唸る、わずか20mm車高ダウンが効くワイズギア「ローダウンリンク」にはヤマハらしい青い情熱が込められていた!

オートバイの楽しみには様々ある。仲間とのへツーリングや、峠のコーナーを駆け抜けるといった走る歓びはもちろんだが、「自分専用の愛車に仕上げる」というのも楽しみのひとつだろう。 ヤマハグループ内でそのスピリットを支えるのは、純正アクセサリーを手掛ける関連会社のワイズギアだ。 オートバイ2輪向けから、電動アシスト自転車、マリン関連、アパレルまで、様々な製品を扱っているが、その中でも同社がオリジナルに開発している製品に注目し、彼らのモノづくりへの精神から、ヤマハとの共通項を探ってみた。 TEXT&PHOTO:小林 和久(KOBAYASHI Kazuhisa)