「電池音痴」の欧州
韓国のSNEリサーチによる2024年出荷実績推計では、LIBの世界シェア首位は中国のCATL(寧徳時代新能源科技)で37%、2位は中国・比亜迪(BYD)で16%、3位は韓国・LGエナジーソリューション(LGES)で14%。ここまでがシェア10%超え企業で、4位にはやっと日本最高位のパナソニックが6%で入り、5位は韓国・SKオンの4.9%。トップ10は中国企業6社、韓国企業3社、日本企業1社という内訳だ。

世界シェア1%以上という欧米のLIBメーカーはない。欧米の産業界は完全に「電池不得意」であり、世界中のLIBは車載用も定置用もほとんどをアジア企業が担っている。
もちろん、欧州は黙って見ていたわけではない。2019年12月に元ドイツ国防相のフォン・デア・ライエン女史がEU委員長に就任し、「ふたたび強い欧州を」と演説し、BEVと電池領域への補助金交付に踏み切った。EUは発足以来「政府補助金は公正な競争を妨げる」との考えで断固反対だったが、米国のIT企業と中国のBEVおよびLIBに対抗するため補助金を解禁した。
当然、欧州ではEU資本LIBメーカー創設の機運が盛り上がった。2020年以降、EU予算として電池領域に投入した補助金は約1兆円。これ以外にも各国予算やBEV関連予算として同額以上が交付されたが、欧州会計監査院は「電池分野だけ切り分けた交付額は把握できない」と言う。
しかし「電池音痴」の欧州には、LIB生産のためのノウハウも製造設備メーカーもなく、LIB工場立ち上げは難航した。そして、期待されたLIBメーカーのなかの一社、英・ブリティッシュボルトは、2019年の創業からたった4年で破綻した。英国政府から1億ポンド(当時の為替レート1ポンド=139.4円計算して約139億円)の条件付き支援を受けた以外にも資金調達していたが、量産開始には至らなかった。
本稿の前回(3)で取り上げた2016年創業のノースボルトは今年5月に破産申請し出荷も停止している。これは事実上の破綻だ。スウェーデンにある工場は「中国・CATLが買収に動く」などと報じられているが、現在は未定。ノースボルトとして存続する可能性は極めて低い。ドイツなどでのプロジェクトはすべて中止された。
2020年にフランスで創業したヴェルコール(Verkor)はルノーへの納入を優先させるLIBメーカーだが、ここも予定より大幅に量産開始が遅れている。資金はEUのグリーンローンから13億ユーロ強(当時の為替レートで約1600億円)など2年間で合計30.6億ユーロ(約3850億円)を調達済みであり、今年初には「年内に量産開始できる」と言っていたが、その後「2026年初頭の生産開始が目標」へと後退した。まだ生産設備試験の段階と思われる。
同じくフランスのACCも2020年創業である。ここはステランティス、メルセデス・ベンツ、トタール・エナジーが出資し70億ユーロ規模の資金(約8600億円)で事業開始した。フランス工場は年産15ギガWh規模の「ブロック1」が稼働を開始している。しかし、まだ本格的量産には至っておらず「量の多いパイロット生産」のレベルだ。製品としての出荷は小規模にとどまる。
ノルウェーのフレイル(Freyr)は2018年の創業と、欧州勢のなかでは立ち上げが早かった。一部メディアは「元日産の日本人技術者が軍師」などと報じていたが、2025年に年産50ギガWh分のLIB量産という目標は完全に棚上げされたまま、いまだに試験生産のレベルにとどまる。米国でのLIB工場立ち上げ計画は中断された。
ドイツでは老舗電池メーカーのファルタ(VARTA)が、少量ではあるがLIB生産を開始した。同社の車載用円筒形電池部門であるV4ドライブには今年3月にポルシェAGが出資し、社名をV4Smart GmbH & Co.KGに変更した。同社製LIBはポルシェ911GTSハイブリッドに搭載されている。ただし、今後の量産拡大計画は明らかにされていない。


変速機で有名なボルグワーナーのグループ企業であるアカソル(Akasol)は電池セルそのものではなく電池モジュールおよび電池パックを製造している。バス・トラック向けにモジュール供給実績があるものの、生産量は公表されていない。
欧州で大きな勢力になりそうなのは、VW(フォルクスワーゲン)が設立したPowerCoだ。スペインに工場を建設中であり、VWグループ各社にLIBを供給する予定。ただし、まだ量産は始まっていない。また、VWは中国のLIBメーカーである国軒高科に出資しており、同社が開発したLFP系LIBの採用はすでに決まっている。
これ以外にはスロバキアのイノバット・オート(InoBat Auto)がある。現地報道では生産が立ち上がったとのことだが、パイロット生産のレベルと思われる。
以上が2025年10月現在の欧州資本LIBメーカーの動向だ。本来なら各社ともすでに量産が立ち上がっているはずの時期だが、発言のすべてが空手形だった。ブリティッシュボルト、ノースボルト、ACC、ヴェルコールの4社だけで少なくとも50ギガWh以上の年間生産量になるはずだった。これほどの有限不実行は、驚き以外の何者でもない。
LIBの開発と量産はまったく別モノだ。欧州で立ち上がったLIBメーカーは、どこも量産技術への理解が極めて未熟であり、経験はゼロ。そのため生産設備の構築、工場への設置は完全に外注であり、量産開始前のパイロット生産も含めて中国企業が関わった例が多かった。それでも実際のオペレーションの段階でつまずいた。
ノースボルトは、当初は欧州の設備会社に量産設備の設計と設置を依頼したが、結局は中国企業が請け負い小規模の量産は行なっていた。しかし、前回の本稿で書いたように、工場常駐の会社幹部にはLIB量産の経験も知識もなかった。ここが大問題であり、外部から人を雇う場合にも「製造のプロ」を雇えなかった。
そもそも電池は、アルカリ・マンガン乾電池やニッケル・カドミウム電池のころから薄利多売を強いられる装置産業であり、人件費が安く手先の器用なアジアに欧米はまったく敵わなかった。
とは言え、単価の安い乾電池は輸入するほうがコストがかかるため、米国ではデュラセル(Duracell)やエナジャイザー(Energizer)、欧州では独・ファルタや時計用コイン電池のスイス企業・レンタ(Renta)などが地元市場を担った。筆者はこれらのブランドの電池を現地で購入して使ってみたが、日本で買う日本製電池に比べて高価なのに「持ち」は悪かった。
LIB時代には一時期、米・123システムズが技術開発力で脚光を浴びたが、同社製電池の発火事故は異物混入が原因であり、LIB量産の始祖であるソニーのように緻密な不良品排除技術を持っていなかった。テスラが自前のLIB工場を持てたのはパナソニックの量産技術のおかげである。(次ページ「問題なのは電池を中国と韓国に握られるサプライチェーン上のリスク」)
この連載は全9回です。

21世紀電池攻防戦・3 ノースボルトの「大きな勘違い」 | Motor-Fan[モーターファン] 自動車関連記事を中心に配信するメディアプラットフォーム