連載

21世紀の電池攻防戦

問題なのは電池を中国と韓国に握られるサプライチェーン上のリスク

前回の本稿で紹介したAESC(元は日産とNECの合弁であるオートモーティブ・エナジー・サプライ)のように、手間と時間をかけた不良品のスクリーニング(あぶり出し)は日本のお家芸である。いまや世界最大のCATLも、元をたどればTDKの薄膜製造技術がベースであり、技術的なルーツは日本だ。

一方、中国のLIB製造技術は熟成の域にあるが、その多くは日本から学んだ。中国のLIB工場は当初、日本製の製造設備を導入した。日本のLIB工場が使っていた設備である。設備を輸入し、その構造を模倣し、日本人の生産技術者を雇った。このプロセスは自動車用金型や熱処理技術とまったく同様である。日本ではまったく報じられなかったが、中国の草創期LIB工場は多くのトラブルを経験し爆発事故もあった。失敗しながら学んだのである。

欧州で立ち上がったLIBメーカーは、LIBの設計ができれば生産もできると思っていた。しかし、一握りの人間が生産技術に精通していても、量産となれば現場スタッフが要る。現場の全員がそこそこ経験を積んでいて、同時に「そこそこ器用であること」が求められる。もし、日本と同じ程度の現場力が欧州にあれば問題はなかったのだが、そこには大きな差があった。

筆者は過去に300回以上の工場取材を経験している。同じ種類の自動車部品を作る日本と欧米の工場を比べると、圧倒的に日本の方が「ひとりが担当する手作業」が多い。いわゆるマルチタスクのスタッフが多いのだ。ドイツの工場は専用工具だらけだが、日本は汎用工具でこなす。タクトタイムも日本は圧倒的に短い。だから製造品質とコストの両面で日本は勝負できた。

理屈で考えれば簡単は話だ。欧米企業はグローバリズムの名のもとに低付加価値商品の製造は中国などアジアに任せ、利益率の高い高付加価値商品だけを自国に残した。これではハナから薄利多売のLIB量産など無理である。

もともと電池は構造が単純な低付加価値商品であり、完璧に調整された自動製造設備を休まずに稼働させて初めて、利益を得られる。その「完璧な調整」は、機械および素材の温度・湿度の微妙な変化を経験から察知できる現場スタッフが担う。

機械の調子も現場がご機嫌を取る。ロボットアームの指先をちょこっと磨いてクランプの強さを調整する。搬送用ローラーのわずかな引っ掛かりを、木槌と油差しだけで治す。搬送スピードを上げるため、搬送レールをわずかに傾けて「重力」という動力を使う。LIB製造設備はこうした手合いのものであることを欧州は知らなかった。量産の成否は現場のオペレーションにかかっているのだ。

現在、欧州では中国と韓国のLIBメーカーが圧倒的な供給力で欧州OEMの活動を支えている。中国勢ではCATLのドイツ工場が稼働中で能力増強も行なわれている。ハンガリー工場は来年稼働の予定。AESCは英国に続きフランスの工場が稼働する。億緯鋰能(EVEエナジー)はハンガリーに工場を建設中だ。

韓国勢は、LGESのポーランド工場がフル稼働中でLFP系の生産も始まる。SKオンはハンガリー3拠点が活動中。サムスンSDIはハンガリーで角形セルを生産中。3社とも受注は増えている。

欧州資本のLIBメーカーがなくても、供給量はさほど困らない。問題なのはBEVに必須の電池を中国と韓国に握られるというサプライチェーン上のリスクであり、とくに中国の場合は地政学上のリスクを伴う。中国・韓国勢の投資スピードから考えると、今後5年以内にEU資本のLIBメーカーがそこそこの量産実績を作らなければ、LIBサプライチェーンのアジア頼みは解消されないだろう。

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この連載は全9回です。

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