過去の失敗はすべてノウハウに

「過去にいくつもの失敗を重ねてきた。日本が世界で初めて実用化したLIBという新しい電池を中国で量産するという試みは、もう20年以上前から行なわれてきた。我われも、LIBセルを電池パックに組み上げるための設備を担当してきたが、当初はなかなかうまくいかなかった。しかし、失敗を重ねたことで実に多くを学んだ。過去の失敗はすべてノウハウになった。やればやるほどライン設置コストも電池パックの作り方も進化する」

中国から世界に展開するHSJM。すでに欧州でも電池パックおよびモジュールの製造ライン設計と納入を手がけた実績があるほか、という南アジアへの進出も始めている。

日本HSJM会長の申燦氏はこう言った。過去の失敗を語る経営者は珍しい。それだけ苦労し、失敗を糧にしてきた、ということだ。現在は年間15ライン以上の電池パック製造ラインの設計を請け負い、設備を納入しているという。

かつて中国には大小100以上のLIB製造企業があったが、現在は20社程度の大手に集約された。NEV(新エネルギー車)専業のOEM(自動車メーカー)も淘汰された。しかし、生き残った民営および国営OEMのNEV部門、外資合弁OEMは精力的にNEVを生産している。このNEV企業乱立が中国自動車産業の姿であり、その中心にLIBというエネルギー貯蔵装置が位置する。

LIB搭載車は2015年ごろから増え始め、中国政府が2017年にNEVクレジット制度を導入する直前からは急激に増えた。翌2018年にNEVクレジット目標未達の場合に「他ブランドからのクレジット購入で穴埋めしなさい」とする罰則規定が実施されたことで需要は爆発した。

NEVにはFCEV(燃料電池電気自動車)も含まれるが、このカテゴリーはまだ実証段階であり本格的普及には至っていない。したがって、NEVといえばほぼすべてがLIB搭載車である。

平均的な三元系、別名でNMC(ニッケル/マンガン/コバルト)系とも言われるLIBセルは、単体での電圧は3.7V(ボルト)程度しかない。アルカリ乾電池の約3倍であり、とてもクルマを動かすことはできない。そのためBEVはLIBセルの種類に応じて200個から500個、多い場合は600個以上も積む。

一般的なLIB搭載方法は、いくつかのセルをまとめてモジュールを作り、そのモジュールを必要な数だけ揃えて電池パックを作るというものだ。現在のBEVは電池パックを車室の床下に置く例が圧倒的に多く、その場合は電池パックの長さも長さもだいたい1.5m以上という大きさになる。HSJMは、この電池パックを製造するための設備を中心に事業展開している。

ただし、一口に電池パックの製造ラインと言っても「必ずこうすべし」という決まりがあるわけではない。LIBメーカーやOEM(自動車メーカー)ごとにライン設計の考え方は異なり、優先するもが違う。ラインスピードを最優先するケースもあれば、設置コストの低さが最優先されるケースもある。将来の発展性に対しロバスト性が要求されるケースもある。試作ラインもあれば大量生産ラインもある。そのすべてにHSJMは対応している。

「NEV需要の草創期には、LIBの大きさやパック形状などの仕様をもらい、電池パック製造ラインを設計していた。とにかく電池パックを作れればいいという時代なので、それで充分だった。しかし、BEV需要が拡大し、収容セル数と電池形状が多様化し、電池パックのバリエーションが増えた。製造品質の向上はもちろんのこと、パック製造時間短縮や部品点数の削減などがOEMへのアピールになる状況では、電池パックの製造設備全体をどう設計するかが極めて重要になった」

冒頭の日本HSJM申燦会長の発言、「やればやるほどライン設置コスト低減も電池パックの作り方も進化する」は、電池パック製造ラインとしての付加価値をどう高め、HSJMとしての強みを持つかという点での試行錯誤がベースにある。「我われの最大の強みは経験と絶え間ない技術革新だ」と申燦会長は言う。

商品性のために製造ラインはどうあるべきか

筆者が初めて中国企業を取材したのは1990年だった。当時は自動車関連のほとんどすべてが国営企業であり、提携先の海外OEMから技術をもらい、製造設備と工程も海外OEMの指導に沿い、製品は「クルマの形になっていて走ればいい」というものだった。そのころに比べると、私企業であるHSJMの現在の活動内容は、まさに隔世の感だ。

「我われの創業当時は、LIBセルメーカーもOEMも『電池パックをどう作るか』の知見に乏しかった。だから我われも手探りでライン設計に取り組んでいた。タクトタイム、歩留まり、コストは、現在のようにはシビアに問われなかった」

それが現在は、単純に機能だけ満たしていればいいという範疇を超えた商品性のために製造ラインはどうあるべきかの考察を行なっている。

「生産設備は占有床面積、その縦横比、毎日の生産数などの要件をベースに検討するが、創業当初は『おまかせ』だった。我われはさまざまな設備メーカーや工場を見に行き、LIBセルを取り扱うときに留意しなければならない要件を決めて行った。もちろん日本にも出かけた。日本は世界で初めてLIBを量産しLIB搭載のBEVを発売した。中国にしてみれば日本は先生でありリスペクトしている」

最初の電パック生産ラインの設計・設置は「本当に苦労した」と、日本HSJM社長の申燦氏は言う。苦労した部分は2番目のライン受注で最初から対策したが、電池の形状や重さが変わると「未知の課題に遭遇する」ため、ある意味で「再びゼロスタートだった」と言う。

それでも、ライン設計の数をこなすうちに経験値が増え、設備の選び方のポイントもつかんだ。

「現在は、ただ単に生産ラインの要望を聞くだけでなく、過去の我われの経験から提案も行なえるようになった。ライン設計が決まったら設備の選択、納入、生産ラインの構築を行ない、実際に試作を行なう。過去の例でも、この段階で必ず改良すべき点が浮かび上がる。実際に設備を動かしてみなければわからないことはたくさんある」

この、「実際に設備を動かしてみる」段階は、ほぼ設計どおりの動きになったという。どの程度までならラインスピードを上げても設備に問題は出ないという上限値の予測もほぼ正確になった。ここも経験のなせる技だ。

数をこなしてきただけに、どのような設備を導入すれば依頼主の要求を満たすことができるかについてのアイデアの「引き出し」はたくさん持っているようだ。

「たとえば将来の生産能力拡大を見込んだ設計を求められた場合は速いラインスピードにあらかじめ対応する必要がある。将来的に2倍の生産量になるとどうなるか。ロボットの動きが速くなり、搬送レール上を流れるワークの量が増える。そのスピードと重量に耐えるラインを設計しなければならない」

現在、中国のLIBメーカーやOEMが求めるものはラインスピードの速さだという。そのため「速くなっても生産に支障を来たさないよう、搬送レールなども含めて強度・剛性を確保する」と言う。たしかにLIBセルは見た目よりもずっと重たい。

「経験のないOEMは、我われが提案するライン設計を簡単(ここで言う簡単はEasyではなく高い技術・ノウハウの意味だそうだ)すぎだと言うが、実際に試作を行ない、ラインスピードを上げていくと納得してくれる」

現在、HSJMはライン設計と設置だけでなくパイロット生産での立ち会いとアドバイス、実際のオペレーション支援なども行なっている。それと、電池パックのライン設計だけでなく、さらに踏み込んだ提案ができるようになった。

「車両設計の段階から、最適モジュール、最適パックの作り方をOEMと一緒に考える活動が可能になった。現在はCMP(セル・モジュール・パック)からC2P(セル・トゥ・パック)、C2B(セル・トゥ・ボディ)、さらにC2C(セル・トゥ・シャシー)と、LIBセルの積み方が多様化してきた。製造ラインメーカーとして提案できることも多い。C2BとC2Cは車両設計とLIBセルが一体になる。車両設計の段階で我われが関与できれば、より低コストな電池搭載方法を提案できる」

実際のHSJMのビジネス領域は広い。製造ラインの設計だけでなく運用の支援や改良、AIを使ったオペレーション提案などを実施するほか、次世代の製造ライン「THE ONE」の開発に取り組んでいる。

C2PになってOEMが電池パック製造をやり始めた例もある。いち早く取り組んだBYDは専門の子会社を立ち上げた。一方、HSJMは「まだこの先がある」と言う。「製造設備の観点からの電池構造への提案ができるようになった。それだけの知見を持っている」と、申燦会長は言う。

「日産が最初に取り組んだ座間工場でのラミネート型電池セル生産、三菱自動車からの発注でi-MiEVの電池パックを製造したGSユアサなど、その後のBEVに大きな影響を与えた製造現場を知っている人はもうほとんどいない。我われは日本で見聞きしたことを中国へ持ち帰り、電池パック製造ラインの設計に役立てた。そして経験を積んだ」

訊けば、HSJMが請け負ってきたLIBモジュールおよびLIBパックの製造ラインは「大量生産ラインばかりではない」という。小規模の試作ラインと、それよりもやや大きい小規模量産ラインも経験がある、という。

「現在は、効率的で多用途な試作ラインや小規模製造ラインを低コストかつ省スペースで構成してほしいという発注が多い。OEMとしては、社内でのパック化は行なわないまでも、電池パック製造についての知識は押さえておきたいようだ。また、車両製造との親和性が高いC2Cの方法を一緒に考えて欲しいと言う相談も受ける。そうしたオーダーにも対応できる体制は整っている」

AIを使ったオペレーションシステム

さらにHSJMは、AI(人工知能)を使ったオペレーションシステムの構築を進めている。狙いは製造ラインでの省人化と不良品発生率を極限まで追い込むことだ。申燦会長はこう言う。

「自然言語によるAIで設備をコントロールできるようにしたい。日々の報告書もAIが作るようにする。つまり、経験者でなくても電池パック製造ラインのオペレーションができるようにすることだ。同時に、不良品発生率と設備の状態を関連付けできるよう、歩留まりと設備の関係もAIで対応するようにしたい。なぜ歩留まりが悪くなるのかの分析と連携値の導き出しをAIでできるようにする。現在、このテーマに取り組んでいる」

HSJM Jジャパンの申燦会長や中国本社のスタッフを取材していると、電池パックのようなものはやはり「餅は餅屋」だと感じる。一方で過去に取材した中国OEMは「ああらゆる技術を手の内に置きたい」「製造技術も支配したい」という思惑が強かった。そこは日本のOEMと変わらない。

ただし、近年は中国市場の競争が厳しい。とくに「内巻(うちわ喧嘩)」と呼ばれる中国OEM同士のNEV価格競争は熾烈を極め、あらゆる分野でコストダウンが求められている。HSJMの電池パック製造設備は、電池パック本体について「製造側視点」による提案を行なえるという強みが評価され、毎年15ライン以上という受注を獲得している。やはり「餅は餅屋」である。

今回、インタビューに応じてくれた、右がHSJM社長兼HSJM日本会長・申燦(Can SHEN)氏。左はHSJM日本副社長・裘軼政(Qiu Yizheng)氏。日本市場への参入を熱望している。
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