ダイネーゼは、MotoGPでライダーたちにレザースーツを供給するメーカーの一つだ。世界最高峰の現場では、レザースーツはどのように管理され、進化しているのか。ダイネーゼのレーシング・ディレクター、マルコ・パストーレさんに、MotoGPサンマリノGPでお話を伺った。

ダイネーゼ レーシング・ディレクター マルコ・パルトーレさん ©Eri Ito

MotoGPレーシング・サービスのルーティン

MotoGPのパドックにはダイネーゼのサービストラックが2台停められている。サービストラックはそれぞれ2階立てになり、レーシング・サービスが行われるほか、オフィスや打ち合わせ用のスペースも設けられている。

ヨーロッパは陸続きなので、どのグランプリでも、サーキットのパドックにはこのサービストラックがある。ただ、“フライアウェイ”と呼ばれる海を超えるグランプリの場合はトラックで移動することができないので、仮設オフィスでの展開となる。これは、すべてのチーム、サプライヤーに言えることだ。

ダイネーゼのレーシング・サービスは、レザースーツ、グローブ、ブーツ、AGVヘルメットを含め、2台のサービストラックで行われている©Eri Ito
サービストラックの2階にあるミーティングルーム。ソファが並んでいてとてもおしゃれ©Eri Ito

ヨーロッパラウンドの場合、レーシング・サービスは、レーシング・ディレクターのパストーレさんを含めて6人のスタッフによって構成されており、レザースーツのほか、グローブ、ブーツ、傘下のAGVヘルメットのレーシング・サービスも行われている。

サーキットに到着するのは水曜日だ。木曜日からは、レーシング・サービスの対応が始まる。ダイネーゼがサポートするライダーは、全クラス(MotoGP、Moto2、Moto3)合わせて17名。MotoGPクラスでは、ルカ・マリーニ、フランコ・モルビデリ、ラウル・フェルナンデス、ジョアン・ミル、ジャック・ミラー、ファビオ・ディ・ジャンアントニオ、フェルミン・アルデゲル、マルコ・ベツェッキの8名をサポートしている。

「金曜日からは走行が始まります。各セッション後、レザースーツがここに戻ってきて、私たちはそれをクリーニングして乾かします。クラッシュがあった場合には、レザースーツの小さな修理や交換、必要に応じてブーツやグローブの交換も行います。ヘルメットも同様です。ライダーがコースに出るたびに、すべての装備が常に100%の状態で完璧に準備されていなければならないのです」

レザースーツは、基本的にライダーのアシスタントが持ってくる。Moto2、Moto3ライダーの場合はアシスタントがいないこともあるので、その場合はライダー本人がレザースーツをサービストラックに持って来ることになる。パドックではレザースーツ(またはヘルメット)を抱えて歩くアシスタントやライダーの姿を見ることも少なくないが、それは彼らがレーシング・サービスに装具を持って行ったり、引き取ったりしている最中だ。

「もちろん、ライダー本人が直接来てくれると、私たちはとてもうれしいですよ」と、パストーレさんは言う。装具について何らかのフィードバックがある場合、直接話をしたほうがずっとスムーズで、正確だからだ。

「私たちにとっては、装備を完璧にセットアップするために、正確な情報を得ることが本当に重要なのです」

サービストラックの中にはレザースーツがたくさん保管されている©Eri Ito
トラック内だけれど、作業に十分なスペース©Eri Ito
レザースーツを乾かす装置©Eri Ito

レーシング・サービスで行われる調整と市販製品へのフィードバック

通常は、ライダー一人につき、5~6着のレザースーツが準備されている。MotoGPでライダーたちが使用するのは、「どちらかといえば『プロトタイプ』に近いもの」だ。

「通常、私たちはレースの現場で新しいものを開発し、そのすべての機能や技術的革新を、すぐに市販モデルへと反映させます。それが私たちの目指すところです。つまり、市販されている最も先進的なレザースーツというのは、通常、(ライダーたちが)1年前に使用していたモデルなんです。おおよそそれが、私たちの会社の方針であり、戦略です」

「もちろん、ベッツェッキのレザースーツとモルビデリのレザースーツを比べれば、違いはあります。ライダーにはそれぞれのニーズ、“自分の快適さ”があるからです。ですから、(MotoGPでは)すべてのライダーが同じレザースーツというわけではありません」

「ときには『腰のあたりにもう少しプロテクションが欲しい』といったリクエストを受けることもあります。その場合は、その部分にプロテクターなどを少し追加します。ボリュームを持たせたり、伸縮素材の向きを変えたりすることもあります」

「これが、私たちが日々行っている仕事です。そして、この積み重ねが私たちの改善や新しい開発に大いに役立っているのです」

こうして蓄積されたフィードバックは、市販製品となる際に幅広く受け入れられるものになって落とし込まれる。

「最終的に、市販向けの製品を決定するときには、少なくともそうした細かな部分については標準化しなければなりません。私たちは通常、ライダーたちからのフィードバックを受け取り、それを評価します。そして『これが最良のセットアップだ』と判断したうえでスーツを製作します」

「市販されている私たちのレザースーツは、非常に高度なものです。トップモデルは、ライダーたちが実際に使用しているスーツとほぼ同等の仕様になっています」

10年前と現在、レザースーツの進化

MotoGPは、日進月歩の世界だ。エアロダイナミクスがより重視されるようになり、最高速やレースタイムも年々向上している(2025年現在の最高速の記録はKTMのブラッド・ビンダーによる366.1km/h)。ライダーのライディングスタイルも変わった。この世界において、レザースーツもまた、進化を遂げるのは自然なことだ。

10年間と現在を比較したとき、ダイネーゼのレザースーツはどのように変化したのだろうか。

パストーレさんは「最大の進化は、安全性に関する部分」だと言う。300km/h超で争われるMotoGPの世界において、「安全性」という言葉はずしりと重みを持つ。

「クラッシュの衝撃は、(過去よりも)強くなっています。というのも、スピードが上がり、衝撃のエネルギーも大きくなっているからです。一度ミスをすると、簡単に体が空中に投げ出されてしまいます。そうした場合、衝撃は本当に非常に強くなるんです」

「“安全”こそが私たちの使命です。ダイネーゼは、創業当初から、ライダーをはじめ他のスポーツを含むアスリートたちを守るという目的をもって誕生しました。そして、この使命は今も常に進化し続けています」

「もちろん、すでにトップレベルに達したものをさらに改良するのは簡単ではありません。しかし、特にここMotoGPの世界では『プロテクション(保護)』は極めて重要なのです。クラッシュの数は多く、スピードもコンディションも年々向上しているからです。そうした観点から、私たちも同じペースで進化を続け、革新性、プロテクション、そして安全性をもたらし続けなければなりません。これが重要なことの一つです」

もう一つの重要な要素。それは「快適性」だ。

「私たちはレザースーツの快適性を大きく向上させてきました。ここでいう『快適性』とは、バイクに乗っているとき、そして動いている最中の快適さのことです。つまり、自由に動けること。バイクの上での難しい動きをよりスムーズに行えるようにする自由度。その“動きの自由さ”こそが、ライダーにとって大きな助けになるのです」

「そして、この観点から言えば、私たちは常に成長を続けています。ここに三つの要素があります。『安全性』、『快適性』、そしてこの二つの要素(安全性、快適性)が合わさることで生まれる『パフォーマンス』です」

レザースーツは、300km/hで路面を滑ったときも、ライダーを摩擦によるやけどや擦過傷から守り、耐えなければならない。

「重要なのは、ライダーの皮膚が無事であることです。衝撃の話をするなら、ハイサイドのように2階の高さからアスファルトに落ちるようなクラッシュでは、エアバッグ、そしてスーツに内蔵されたすべてのプロテクターが非常に重要になります。体の各部位について、それぞれどのようなプロテクションが必要か、どの程度の保護が求められるかという点を、詳細に研究して設計しているのです」

そうした状況からライダーを守るとしても、「快適性」は考慮されなければならない。バイクの上で激しく動くオートバイレースだからこそ、快適性が安全性につながる。かといって、快適性だけを優先すれば、安全性(プロテクション)が犠牲になってしまう。安全性と快適性のはざまで模索される、究極のバランスだ。

「昔のライダーに『当時のレザースーツの着心地はどうだった?』と聞けば、きっと『最高だったよ。とても快適だった』と言うでしょう。でも、今のような保護性能はありませんでした」

「つまり、これはとても難しいバランスなんです。いわば“ちょうどいいバランス”を探る作業なんですよ」

バレンティーノ・ロッシという存在

ダイネーゼとバレンティーノ・ロッシとの関係は深い。世界選手権で通算9度のチャンピオンに輝き、生きるレジェンドと呼ばれたロッシは、2021年シーズンをもってMotoGPライダーを引退した。現役当時の人気はすさまじく、サンマリノGPでは日曜日に黄色いスモークがサーキットを覆うのが常だった。今でも、MotoGPの各グランプリではロッシのTシャツやキャップを身に着けているファンがとても多い。そんなロッシは、キャリアを通じてダイネーゼを着用し続けた。

「リノ・ダイネーゼ(ダイネーゼの創業者)がモーターサイクル向けに最初に発明したものが、私たちの成長の基盤となりました。そして、その何年にもわたる取り組みのすべてを、私たちはバレンティーノとともに行ってきたのです」

「レザースーツについて言えば、彼のおかげで動きの自由度が大きく向上しました。というのも、彼はいつも、『どれだけの快適さが必要か』について話していたんです」

先に登場した「快適性」は、ロッシのリクエストが一つの要因だったというわけだ。

レザースーツ、ブーツ、ヘルメットが一体となって考えられている

ダイネーゼのレザースーツでは、内側にブーツを収められるデザインになっている。これは1998年に始まったものだ。

「このタイプの製品を提供しているのは、私たちだけです。特許を取得しているので、他社は同じ構造のものを作ることはできません」

「この構造は非常に優れています。スーツがブーツの上を覆うことで、空力性能が高まり、安全性も向上します。スリップダウンしたときにブーツやパーツが外側に突き出ることがなく、よりスムーズに滑ることができるのです」

ちなみに、現在のライダーの多くはブレーキングで足を出すライディングスタイルをとっているので、路面をブーツで擦るライダーも多い。このため、素材には試行錯誤が行われているそうだ。

「ブレーキングの際に脚を外側に出して、足先でもブレーキをかけるような動きをするライダーがいますが、そのような使い方をする場合、ブーツには特別な耐久素材が使われています。素材はゴムですが、バイクのタイヤと似たような素材でできているんです。とはいえ、しばらく使っていると、やはり摩耗していきます」

「そうしたライディングスタイルに対応するため、私たちは現在、この部分をさらに保護できる方法を研究しています。とはいえ、その素材にはグリップ力も必要なので、簡単ではないですね。これはまだ開発中の取り組みです。私たちにとって新しい課題であり、新しい目標でもあります」

路面をブーツで擦るライディングスタイルのライダーが増え、これに適したブーツの素材が模索されている©Eri Ito

さて、イン・ブーツの話に戻ろう。ダイネーゼはレザースーツ、ブーツのブランドを持ち、そしてヘルメットのAGVは傘下のメーカーである。こうした状況、つまり装具一式を自社で開発できるという状況は、装具におけるエアロダイナミクスの開発、向上に役立っているという。今や、エアロダイナミクスが重要なのは、バイクだけではない。装具においても、重要な要素なのだ。

「私たちは一つの製品を開発するときも、ほかの製品との関係性にも常に注意を払っています」

「ブーツはレザースーツと完全に一体化するように開発されています。そしてレザースーツは、もちろんライダーの体型だけでなく、バイクそのものやライディングポジションとも完璧に調和するように設計されています。ヘルメットは、私たちのレザースーツと完璧に調和する必要があります。風洞テスト時には、ハンプと風の流れのラインが非常に重要なんです」

「理想的なのは、ライダーが私たちの装具をすべて着用している状態です」と、パストーレさんは言う。

「私たちはトータルコンセプトを重視しています。理想的なのは、マルコ・ベッツェッキ、ルカ・マリーニ、フランコ・モルビデリのようなケースです。彼らのように、パフォーマンスの面で完璧にマッチしている状態が、私たちにとっての理想でなんですよ」

MotoGPで追及されたエアロダイナミクスもまた、私たち一般のバイク乗りが手にする市販製品に投影される。ダイネーゼは今日も、ライダーを守るための革新を止めない。

ダイネーゼの装具&AGVヘルメットのルカ・マリーニ©Honda
マルコ・ベツェッキ©Aprilia Racing
フランコ・モルビデリ©Pertamina Enduro VR46 Racing Team