連載

21世紀の電池攻防戦

本音は「エンジン車廃止」だが……

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EUは「エンジン車廃止」という将来を描いていた。だから「公正な競争を阻害する」との理由で嫌っていた補助金の拠出を2019年12月に起草し2021年1月に正式決定した。BEV普及策は2020年に始まった。

この時点では、欧州で車載用動力電池を製造している企業はアジア企業だけだった。しかし、電池のサプライチェーンを確立しなければエンジン車廃止にたどり着けない。だから欧州資本の電池メーカー設立をバックアップした。

ところが、これがうまくいかなかった。電池を「開発すること」と「量産すること」はまったく別だった。EU委員会も事務局も、EU加盟各国の議会も、この単純明快な違いをまったく理解していなかった。だからZEV100%のクルマ社会が「到来する」と思い込んだ。

去る12月16日にEUが発表した「ZEVではなく2021年比で90%削減」と、ここで割り引いた10%を補償するための「低炭素排出の製法で製造した鋼材やバイオ系燃料、e-fuelといったカーボンニュートラリティ(炭素均衡)を満たした燃料で補填する」という修正案は、自らの失策を認めていない、実にEUらしい内容だった。

【和訳】バッテリー・ブースター:欧州独自の電池産業の強化 18億ユーロを投じるバッテリー・ブースターは、完全にEU製電池バリューチェーンの開発を加速させる。バッテリー・ブースターの一環として、15億ユーロが無利子融資を通じて欧州の電池セル生産者を支援する。追加の的を絞った政策措置は、投資を支援し、欧州の電池バリューチェーンを構築し、加盟国間のイノベーションと調整を促進する。

EU事務局は「過ちを認めない組織」であり、EU委員会は政治家集団だからなおさら過ちは認めない。2020年以降のBEV普及策が失敗だったとは、EUという組織は絶対に認めない。だから90%削減+10%補償=100%なのだ。規制は後退させない。OEM団体や一部の国が文句を言っているから、とりあえずその声は聞いた。だから10%は譲歩した。筆者はEU委の意図をそう見ている。

同時にEUは、EU域内に欧州資本の電池メーカーを設立しEU域内のOEMに電池を安定的に供給するという、2019年末に新体制下で(フォン・デア・ライエン委員長体制)描いた目標もまだ諦めていない。4年半で61億ユーロ(期間平均レートで計算して1兆円)以上の補助金を遣い、それでもブリティッシュボルト破綻、ノースボルト破綻、フレイル半分撤退……という結果に終わった電池メーカー支援の続編としてバッテリーブースター計画を打ち出し、ここに18億ユーロ以上の予算を充てる。

Power COのユニファイドバッテリー

以前も指摘したように、ノースボルトは「電池製造設備」は持っていたが、それを稼働させ、製品の歩留まりを高め、安定的に出荷するという技量と考え方(ある意味でソフトウェア)を持っていなかった。つい最近、VWの電池工場であるPowerCoが稼働したが、まだ出荷はしていない。ノースボルトのような失態はないと予想するが、LIB(リチウムイオン2次電池)を安定して量産し、廃棄処分になる不良品を作らず出荷比率(歩留まり)を上げることは、実は極めて難しい。

EUが2019年に補助金拠出を決めたことで、投資家は「欧州企業がLIBを大量に作ってくれる」という希望を抱いた。実際にはEUが拠出したのではなく、EU加盟各国がそれぞれの会計から拠出したわけだが、EUと各国政府の「肝入り」案件だということでノースボルトやブリティッシュボルトに相乗りした投資家は多かった。

ノースボルトに出資したのは、たとえばスウェーデンAP(公的年金基金)ファンドは58億スウェーデン/クローナ(投資期間平均レート13.3円で計算し771億円)を投資して全損。ゴールドマン・サックス主体の運用ファンド群は8億9600万ドル(同137円で計算し1228億円)を投資して全損。このほかVWやカナダ・オンタリオ州公的年金基金、スウェーデン年金基金、デンマーク年金基金なども投資したが大損だった。

原則として投資家(年金基金も含めて)の損失が外部から補填される仕組みはない。破産管財人が資産売却を進めれば、なにがしかの金額を取り戻すことはできるが、ノースボルトが破産申請したスウェーデンの破産手続では、一般に担保付債権→優先債権(賃金支払いなど)→一般無担保債権→劣後債→株主の順で配当される。株主は最後の最後だ。投資形態が「優先順位の高い債権」だった場合だけは部分回収の余地があるが、ノースボルトはこれに該当しない。

実際、スウェーデンではAPファンドによるノースボルトへの未上場投資を巡りファンド幹部が国会で事情聴取された。投資が適切だったかが問題化している。ドイツではノースボルトのドイツ工場支援に拠出された約9億ユーロについて、経済相が議会委員会の場で「政府の投資判断は誤りだった」と述べている。

EUでの補助金において、EU委は資金の出し手でない。あくまでEU加盟国による国家補助の審査・承認者である場合が多い。ドイツ政府によるノースボルト国家補助をEU委が「EU競争法のルールで承認した」ものであり、ノースボルト破綻による批判の矛先はEU委よりも支援を決めたドイツ政府・州政府、あるいは公的金融機関に向きやすい。ここがEUという組織の「逃げ得」を作っていると筆者は考える。

EU加盟各国の予算ということは、つまり税金である。しかし、ノースボルトへのドイツの出資は、補助金だけでなく保証・融資・転換型など混在しているため、今回のような破綻の場合は「税金はどれくらい拠出されたのか」がわかりにくく、政治の論点は「支援の是非」から「損失がどこで確定したか」「保証実行・貸し倒れ・未払い補助金の残額」へと移り、責任の所在があいまいになる。

そもそも、ノースボルト支援を決めたショルツ政権は退陣している。現政権もノースボルトの件はあまり追及しない。「戦略上やるべきだった、との結論に落とされるだろう」とは、筆者が情報交換するドイツ人ジャーナリストの見方だ。彼は「責任を問う声は確実に出ているが、行政の責任にならない」という。

だから、EU委は新たなバッテリーブースター計画を立案し、そこに18億ユーロの補助金を充てるのだろう。EU委が掲げるZEV相当のクルマ社会にとって電池は不可欠であり、戦略物資としての位置付けは変わらない。ただし、当初に描いた量産計画は頓挫し、かろうじてフランスのヴェルコールとACCが安定的に「量産できそうだ」というレベルに後退した。

要は、BEV普及はすべて「電池次第」

フォルクスワーゲンは2022年夏、欧州公開会社PowerCo SEを通じてグローバルバッテリー事業に参入した。ザルツギッターに本社を置く同社は、バッテリーセルの開発・生産およびバリューチェーンの垂直統合を担う。

少々うがった見方になるが、ZEV100%ではなくZEV90%に規制案を後退させた背景は「欧州製電池の製造計画が遅れている」ことだけに思う。ICVの果たす役割を考えたわけではない。本音は「エンジン車廃止」だが、電池調達が思うようにいかないからZEV100%は当面、断念する。これがウラ側にある理由だろう。

目を引くのはBattery Booster packageのなかにある「欧州製コンテンツ要件」だ。これは電池セルや電池材料について環境要件などを定めたものだが、その適用には「段階的な立上げ曲線(gradual ramp-up curve)を反映する」と明記されている。

これは、2020年初頭にEU議会が初めて電池分野への補助金拠出を認めたときに夢想したような「順調なプロジェクト進行」は絵に描いた餅であり、実際には「苦労を重ねながらゆっくりにしか進まない」という認識を初めて盛り込んだ一文である。EU委は表立って失敗を認めないが「制度運用は柔軟にやるよう気を付ける」という反省は記したと受け止めていい。

とは言え、これからEU資本の電池メーカーを悠長に育てるつもりはEU委にもない。中国でも韓国でも日本でも、どこの企業でもいいから、欧州での電池生産を軌道に乗せてほしい。本音はここにある。でないとZEV90%に規制を緩めても達成は難しい。要は、BEV普及はすべて「電池次第」なのだ。その電池を現時点で牛耳っているのは中国であり、欧州の存在感は中国の100分の1。しかしZEV100%はまだ諦めない。このしぶとさは天晴れである。(前編はこちらから)

21世紀の電池攻防戦・9 EUは「エンジン車禁止」を諦めていない。電池産業への補助金は追加される【前編】 | Motor-Fan[モーターファン] 自動車関連記事を中心に配信するメディアプラットフォーム

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この連載は全9回です。

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