現役時代も現在も異例の存在

■1985:初代VMAXの特徴は、フロント:5本スポーク・リア:5孔のキャストホイール。逆輸入という形で導入された日本での価格は、130~140万円近辺だった(弟分的な雰囲気のFZX750は74万5000円)。

慣れというのは恐ろしいもので、初見/初体験時に絶大なインパクトを感じても、数年後の印象が普通に転じることは珍しくない。そしてそういう視点で見るなら、ヤマハが1985~2007年に販売した初代VMAXは貴重な存在である。

少なくとも僕にとってのこのバイクは、現役時代も現在もずっと普通の真逆、異例なのだから。

VMAXが導入したVブーストは、高回転時に前後気筒のインテークマニホールドを連結し、ひとつのシリンダーにふたつのキャブレターから混合気を送り込む機構。

改めて歴史を振り返ると、VMAXは登場時から異例のモデルだった。

1980年代中盤の大排気量大馬力車は系譜が存在するのが通例で、ホンダVF1000RはCB1100R、ヤマハFJ1100はXS1100、スズキGSX1150EFはGSX1100シリーズ、カワサキGPz900Rは空冷Z系の後継だったのだけれど、アメリカで大人気を誇るドラッグレーサーのイメージを取り入れたVMAXは、前任車が見当たらない、突然変異的な車両として現れたのだ。

もっともVMAXが搭載するV型4気筒エンジンは、グランドツアラーのXVZ1200ベンチャーロイヤル用をベースとしていた。とはいえ、VMAXはベンチャーロイヤルの後継車や派生機種ではないし、革新的なVブーストの導入とメーカーチューニングで実現した145psの最高出力と12.4kg-mの最大トルクは、同時代の大排気量車の基準を圧倒する、異例の数値だったのである。

ロングセラーらしらぬ資質

■1987:デビュー2年目の1986年型でリアにディッシュホイールを採用したVMAXは、1987年型でフロントにも同様のデザインを導入。ただし、ヨーロッパ仕様が前後ディッシュホイールとなるのは1988年型から。

ロングセラー=走る場面や乗り手の技量をあまり問わないベーシックモデル。ちょっと大雑把な表現かもしれないが、ホンダCB-SFシリーズやヤマハSR・セロー、スズキSV650シリーズ、カワサキGPZ900Rといったロングセラーには、そういう資質が備わっていたように思う。ところが、生産期間が23年に及んだにも関わらず、VMAXは万人が好感を抱くモデルではなかった。

■1990:排気量上限の自主規制が撤廃されたことを受け、1990年からは日本での正規販売がスタート。Vブーストの撤去と97psの最高出力には賛否両論があったものの、同時代のフルパワー仕様より20~30万円ほど安い、89万円という価格は魅力的だった。

具体的な話をするなら、1980年代中盤の基準で考えても車体の安定感は万全とは言い難かったし、大柄な車格やエンジンの発熱量に違和感を覚えた人もいたに違いない。また、タイヤの選択肢が少ないことや航続距離が短いことを、疑問視する声も少なくなかったようだ。

■1993:登場時から指摘されていた制動力不足を解消するべく、1993年型は足まわりを刷新。フロントブレーキはφ282mmベンチレーテッドディスク+対向式2ピストンキャリパー→φ298mmフローティングディスク+対向式4ピストンキャリパー、フォークのインナーチューブ径は40→43mmに変更。

つまりロングセラーという視点で考えても、VMAXは異例の存在だったのである。ではいろいろなマイナス要素を抱えるこのモデルが、どうして世界中の多くのライダーから支持を集めたのかと言うと……。

■1996 誕生から10年以上が経過したVMAXは、以後はブラックアウトを徹底した仕様やシルバーを強調したカラーリングを設定。

その理由は言わずもがな、他機種では替えが利かない、独創的で圧倒的なスタイルと走りだろう。いずれにしてもVMAXに魅了されたライダーにとって、前述のマイナス要素は取るに足らないことだったのである。

GPz900Rの並列4気筒エンジンを転用したモデルとして、1985年にカワサキが発売したエリミネーターは、VMAXに通じるストリートドラッガーの資質を備えていた。ただし市場でのセールスはいまひとつ奮わず、1987年には後継車のZL1000が登場したものの、1988年に生産が終了。

23年間で9万台以上を販売

さて、説明するのが遅くなったけれど、そもそもVMAXは、アメリカ市場の趣向を反映して生まれたモデルだった。USヤマハが本社に要求したのは、世界一のゼロヨン加速と“ブルート&マッチョ”なルックスで、1980年代のビッグバイクの命題だった最高速やツーリングでの快適性はほとんど度外視。

こういった無理難題はいかにもアメリカ人と思えるものの、当時のヤマハにはそれを受け入れる土壌が整っていたのだ。

タイトル写真に使用した車両は、個人オーナーの堺 理恵さんから借用。近日中に公開予定の第2回目では、この車両のインプレをお届けする予定だ。

と言うのも、まずVMAXの開発が行われた1980年代前半は、ヤマハを含めた日本の4メーカーが史上最高の収益を挙げ、年を経るごとに生産・輸出台数を更新していた時代である。

その勢いは1985年以降のドル安・円高傾向によって徐々に失われていくものの、当時の日本勢は新ジャンルに果敢に挑戦できる余力を持っていたのだ。そして余力と言えば、この頃のヤマハはビッグバイクの世界でひと息つけた状態でもあった。

ホンダ・ゴールドウイングの牙城を崩すべく、1983年から発売が始まったグランドツアラーのXVZ1200ベンチャーロイヤルは、ヤマハの量産車では初のV型4気筒車。

1970年代中盤までのヤマハは、ビッグバイクの世界で他の日本の3メーカーに遅れを取っていたものの、1978年型XS1100の発売後は風向きが変わり、1980年代に入ると魅力的なモデルを続々と投入していた。

1981年には日本車発のリッターVツインスポーツとなるXV1000 TR-1、ナナハンらしからぬ小型軽量化を達成したXJ750E、1983年にはグランドツアラーのXVZ1200ベンチャーロイヤル、1984年には世界最速を目指したスポーツツアラーのFJ1100を発売し、さらにはジェネシス思想を注入した次世代スポーツバイクとして、FZ750を開発中だったのである。

1984年から発売が始まったFJ1100は、世界各国で行われた最高速テストでコンスタントに230km/h以上をマーク。125psを発揮する空冷並列4気筒エンジンは、後にXJR1200/1300シリーズに転用された。

これだけ強力な布陣が揃えば、随所に大胆な手法を取り入れたバクチ的なモデル、過去に前例がないストリートドラッガーも造れようというもの。

ちなみに当時のヤマハは、VMAXを北米市場のステータスシンボルと考えていたようだが、1986年には欧州、1990年には日本、2000年代には南アフリカでの販売が始まり、最終的な生産台数は23年間で9万台以上に到達。素性や構成を考えれば、その数値は異例と言って差し支えないだろう。

■2007 仕向け地に応じてさまざまな仕様が存在したVMAXだが、2006~2007年に販売された最終型は135psのカナダ仕様のみ。

なお初代の生産終了から2年が経過した2009年、ヤマハは第2世代のVMAXを発売している。ただし、らしさを維持しながら全面新設計となった第2世代は、初代のようなロングセラーにはなれなかった。

第2世代のVMAXが搭載するV型4気筒は専用設計で、排気量は1679cc。フルパワー仕様のエンジンスペックは、最高出力:200ps/9000rpm、最大トルク:17kg-m/6500rpm。

その背景には、アメリカのサブプライムローンの破綻やリーマンショックがあったと言われているけれど、個人的には車格の大柄化と(車重は284→311kgに、軸間距離は1590→1700mmに増加)、価格の大幅アップが(2007年型の逆輸入車が103万5000円だったのに対して、2009年型は220万円。いずれも税抜き)、ネックになったのではないか……という気がしている。

主要諸元(1985)

車名:VMAX
全長×全幅×全高:2300mm×795mm×1160mm
軸間距離:1590mm
最低地上高:145mm
シート高:765mm
キャスター/トレール:29°/119mm
エンジン形式:水冷4ストロークV型4気筒
弁形式:DOHC4バルブ
総排気量:1198cc
内径×行程:76mm×66mm
圧縮比:10.5
最高出力:145ps/9000rpm
最大トルク:12.4kgf・m/7500rpm
始動方式:セルフスターター
点火方式:フルトランジスタ
潤滑方式:ウェットサンプ
燃料供給方式:φ35mm負圧式キャブレター
トランスミッション形式:常時噛合式5段リターン
クラッチ形式:湿式多板ダイヤフラムスプリング
ギヤ・レシオ
 1速:2.529
 2速:1.772
 3速:1.347
 4速:1.076
 5速:0.928
1・2次減速比:1.775・3.666
フレーム形式:ダブルクレードル
懸架方式前:テレスコピック正立式φ40mm
懸架方式後:スイングアーム・ツインショック
タイヤサイズ前:110/90V18
タイヤサイズ後:150/90V18
ブレーキ形式前:油圧式ダブルディスク
ブレーキ形式後:油圧式シングルディスク
乾燥重量:262kg
使用燃料:無鉛レギュラーガソリン
燃料タンク容量:15L
乗車定員:2名