乗り手を選ぶ、漢のバイク

ルックスがブルート&マッチョで、加速感が圧倒的にして暴力的で、一般的なロードスポーツの基準では車格が大柄だからか、初代VMAXは“漢のバイク”と呼ばれることが少なくない。かく言う僕も10代の頃は、畏怖の念を持ってこのモデルを見つめていた記憶がある。

1台目と2台目を合わせると、堺 理恵さんのVMAX所有歴は15年以上。2024年には昔からの夢だった、VAMXでの北海道ツーリングを敢行。

ところが当企画に協力してくれた堺 理恵さんは、初対面時も現在も、このモデルにハードルの高さを感じたことはほとんどないと言う。以下の文章ではそんな堺さんに聞いた、VMAXにまつわる話や愛車遍歴を紹介しよう。

初対面でひと目ぼれ

堺さんがバイクの魅力に目覚めたのは1980年代中盤のことで、当初はカワサキGPz250やヤマハFZR250、ホンダCBR250RR(MC22)などを愛用していた。そして大型2輪免許を取得してからは、ホンダCB750(RC42)とマグナ(VF750C・RC43)を乗り継いだものの、いずれの車両もあまりピンと来なかったそうだ。

堺さんの初めての愛車はカワサキGPz250。エンジンは空冷並列2気筒で、後輪駆動はベルトドライブ。

「今になって改めて考えると、自分の技量不足を棚に上げて、車両をポンポン乗り換えるなんてバカだなあと思いますが、1994年に中古車屋さんでVMAXと初めて出会ったときに、あ、コレだ‼と思ったんです。いわゆるひと目惚れで、その気持ちが30年近く続いているというのは、自分のことながらビックリですね」

ただし前述したように、VMAXは女性向きとは言い難いバイクである。不安や恐怖を感じなかったのだろうか。

「当時の私がVMAXのことをよく知らなかったからかもしれませんが、シートに跨って車体を直立させた時点で、これなら何とかなりそう……と思いました。もちろん、押し引きは決して楽ではないですし、転倒したら自分1人では起こせませんが、そのあたりは友人知人や周囲にいる人の力を借りて何とかしています(笑)」

1台目のVMAXのカラーリングはレディッシュイエローカクテル。マフラーはスーパートラップ。

1994年にフルパワー仕様の新車を購入した堺さんは、以後はVMAXならではの魅力にどっぷりハマり、乗り換えを考える機会は皆無になったと言う。ただし1999年からはアメリカで1年間を過ごすことになったため、1台目のVMAXは泣く泣く売却。

「帰国後はいろいろな面でバタバタして金銭的な余裕もなかったので、しばらくはバイクとは無縁の生活を送っていました。でも2010年頃からヨーロッパの2輪メーカーの日本支社で働くことになり、周囲にバイクがたくさんある状況が普通になってきたら、徐々にもう1度VMAXに乗りたい……という気持ちが芽生えてきて、2013年に現在の愛車を中古で購入したんです」

自分好みのモディファイを実施

1台目のカスタムがマフラーのみだったのに対して、2台目は堺さんの意向を反映したモディファイを随所に行っている。パッと見で判別できるノーマルとの相違点は、フィンを備えるダミータンクとサイドカバー、シャープなラインを描くダミーエアインテーク、OVERのフルエキゾーストマフラーなどだが、実用性を考慮した改善も実施。

「実用性を意識したカスタムで一番効果的だったのは、足つき性を良くするシートのアンコ抜きとバックステップの採用です。私の体格だとノーマルのステップは、足を下ろすときにジャマになるんですよ。それに続くのは、クラッチのマスターシリンダーを変更してピストン径を大きくした効果で、左手の操作が軽くなったことですね。ちなみにクラッチの重さはVMAXの問題点として語られることが多いようで、私の知り合いのVMAXオーナーのほとんどは何らかの改善を行っています」

VMAXの問題点と言えば、発熱量の多さと水温が上昇した際のエンジンストールもよく聞く話。堺さんの愛車はそういった症状を解決するために、冷却ファンを任意で動かすスイッチを追加しているのだが……。

「夏場の渋滞にハマったときにスイッチを使って冷却ファンをガンガン回していたら、バッテリーが上がって動けなくなりました(笑)。VMAXはバッテリー容量が大きくないので、電装系に無理をさせるのは良くないようです。もっとも、私が出先で立ち往生したときのバッテリーは、品質が微妙な激安品でしたから、スイッチの追加がダメというわけではありません。事実、電圧計の数字と相談しながら状況に応じて冷却ファンを動かしているVMAXオーナーは、世の中に大勢いますからね」

堺さんが考える、VMAXならではの魅力

開発段階で描かれたラフスケッチ。フレームワークはエンジンの存在感を優先して決定。

1台目と2台目を合わせると、堺さんとVMAXの付き合いはトータルで15年以上に及んでいる。そしてこのモデルに対する思い入れは、1994年の初対面でひと目惚れしたときからまったく変わっていないようだ。

「私にとってVMAXの一番の魅力は、やっぱりデザインです。VMAXのデザインと言うと、マッチョとか迫力といった言葉が使われることが多いですが、外装やフレームには柔和で優しいラインが使われいますし、シート前部の左右幅がギュッと絞り込まれているので、上からの眺めは女性的なところがあるんです。暖かくて柔らかい雰囲気の黄緑色のメーターの照明も、そう感じる一因かもしれません。いずれにしてもこのバイクのデザインは芸術的で、だから博物館に飾られるな絵画や彫刻や写真などのように、何年絶っても飽きないんでしょう」

「二番目の魅力は乗り味ですね。ちょっと妙な表現かもしれませんが、車体の重厚さや底力と言いたくなる低回転域の力強さが肌に合うんでしょうか、VMAXに乗っていると私はホッとするんです。もちろん、このモデルの最大の魅力と言われている加速感も大好きですよ。味わうのは年に数回ですけど、昔も今も高速道路でVブ-ストを体験すると、自然にニンマリしてしまいます」

浮気という意識は皆無だったものの、モンスター796の運動性能に堺さんは大いに感心。

なお2代目のVMAXを入手したことがきっかけになったのか、以後の堺さんのバイクライフはイッキに充実化。2014~2024年にはセカンドバイクとしてドゥカティ・モンスター796を使用し、2015~2021年には仲間と共にYZF-R25でもてぎ7耐やスゴウ4耐に参戦した。

もてぎの国際コースを走る堺さん+YZF-R25。ライディングテクニックを磨くという意味で、もて耐参戦はかなりの勉強になったそうだ。

「モンスターの軽さは魅力的ですし、YZF-R25で参戦したレースはいい勉強になりましたが、そういった軽くてスポーティなバイクを体験した後にVMAXに乗ると、やっぱり私の一番はコレだなあと思うんです。逆に言うならもう、VMAXを手放すことは考えれらません。体力が続く限りは乗り続けるでしょうし、乗れなくなったら芸術品として自宅に飾っておきたいですね(笑)」

唯一無二の資質を考えると意外な気がするけれど、VMAXの中古車相場はあまり高騰していない。ネットで検索してみると、100万円以上のプライスタグをつける個体はごくわずか。

旧車探訪記「ヤマハ初代VMAX編」1/3 異例づくしでありながら、23年の歳月を生き抜いたストリートドラッガー

開発陣が設定したキーワードは“ブルート&マッチョ”で、日常域の使い勝手やロングランでの快適性はほとんど度外視。1980年代の基準で考えても豪快な話だが、唯一無二の資質を備える初代VMAXは、世界中の多くのライダーから絶大な支持を集めたのだ。 REPORT●中村友彦(NAKAMURA Tomohiko) PHOTO●富樫秀明(TOGASHI Hideaki)

誕生から40年以上を経てますます輝く、唯一無二のルックスと乗り味に改めて感心‼ 旧車探訪記・ヤマハ初代VMAX編【2/3】

一部のライダーからは“直線番長”と呼ばれているけれど、初代VMAXはマッタリ巡行やコーナリングも楽しいバイクである。逆に言うならそういった懐の広さを備えていたからこそ、このモデルは23年に渡って生産が続くロングセラーになれたのだろう。 REPORT●中村友彦(NAKAMURA Tomohiko) PHOTO●富樫秀明(TOGASHI Hideaki)