初代ブルーバード最終モデル312型が、K13マーチで甦った!

お恥ずかしい話だが、筆者は三栄に入るまで、「東京オートサロン」が三栄が主催のショーだとは知らなかった。
それまでにもオートサロンの存在は知っていたが、改造車にはいっさい興味がなかったから「ガラ悪いクルマの展示会だろ?」くらいにしか思っておらず、したがって会場に足を運んだこともなかった。
三栄に入ったら自然とオートサロンに行かないわけにはいかなくなるのだが、赴く回を重ねていくうち、それが偏見であることが分かった。
「へえ、やるもんだな」と唸らせられるクルマがたくさんあるし、こんなカスタムなら自分のクルマにも採り入れたいと思ったものもひとつやふたつではない。
私に「ガラ悪グルマショー」と認識させたのがオートサロンなら、「エアロパーツばかりがカスタムじゃない」と意を改めさせたのもオートサロンなのである。

もうひとつ目を見張ったのが自動車整備士養成学校の学生さんたちが製作した展示車両。
いつからか、特に日産自動車大学校の作品を楽しみにするようになっていた。
展示車両というより、敬意を表して「展示作品」というべきだ。

率直にいうと、最近のオートサロンは全体的にどこのブース展示も毎年同じようなものに感じられ、中には昨年展示したクルマをそのまま同じ場所で展示しているブースもあった。
ここ数年、ちょっと飽き飽きしていたところ。
そのような思いでいたから、今回のオートサロンで「今年は?」と思って足を運んだ日産自動車大学校のクルマが、私の目にいちばん印象深い「作品」に映った。

「Eloura(エルーラ)」。
最後のマーチK13型を元に仕上げられた「作品」で、全国に5つある日産自動車大学校のうちの京都校の学生たちが手がけた。

日産京都自動車大学校 自動車整備・カスタマイズ科 4年生制作の「Eloura(エルーラ)」。

ひと目初代ブルーバード310型をモチーフにしたクルマであることはわかった。
当時もののパーツも使いながら仕上げたエルーラのようだ。
そのへんをエルーラの横で説明していた小柄なめがねの学生さんにたずねたら、
「それも310じゃなくて312です」
ときたからタダ者ではない。

私も過去、昔のブルーバードの本をまるまる1冊作ったことがあるが、310と311と312の区別はさすがにつかない。
「310じゃなくて312です」
の言葉を疑うわけじゃないが、これがほんとうかどうか、答え合わせをしてみよう。
過去のモーターファンに、当時の編集部連が撮ったブルの写真があるのはラッキー。
どこかのタレントと違って、明確に答え合わせができる。

フロントまわり

エルーラのボディパネルの改変部分はすべて樹脂成型で行なっているという。
まずはフロントフェンダー。
312のフェンダーを基材にして造った型に樹脂を流し込んで312フェンダーの複製完了。
K13マーチのフェンダーと取っ替えてフロントドアとの境目をなじませる。
車幅169mm差(後の諸元参照)は、これまた樹脂で312と似た形になるよう造ったフードやフロントパネルで吸収した。

初代ブルーバードのフェンダーを生き写しにしたエルーラのフロントフェンダー。
これは初代ブルーバード312・・・ではなく、1回目の改良を受けた311の写真だが、フェンダーパネルは共通。 エルーラはK13マーチのドアとの連続性の都合上、ホイールアーチの縁取りは再現していない。
エルーラのフード。
こちらは312ブルの俯瞰写真。

で、各部のパーツは312から外したものを取り付けたというが、はたして本当なのか。
「312」なんていっておきながら、その実、知らずに310のものを使ってんじゃないのかァ?

エルーラのフロントビュー。
ほんとに312のグリルかい?
312後期型のブルーバードの顔。おっしゃるとおり、312でした! 恐れ入りました。

・・・・・・・・・。

本当だった。

あらためて過去モーターファンを追って整理すると、「ダットサンブルーバード」の初代となる310型は1959年8月に生まれた。
これがテールランプの形から「柿の種のブルーバード」と愛称されたブルーバードだ。

パワーアップ、3速コラムマニュアルトランスミッションのフルシンクロメッシュ化で改良を受けた311型(1959年)。
ブルーバード310のリヤスタイル。このちっこいテールランプの形から、「柿の種のブルーバード」と親しまれた。

翌年の1960年末にはエンジン出力向上と3速コラムMTをフルシンクロ化して311型に進化している。

ブルーバード311の顔。グリルに見える「full SYNCHRO」のバッジが輝かしい(モノクロだが)。

1961年8月にはボディプレスを変えるほどの大掛かりな変更と内装デザイン一新を受けて312型に。
ここで初めてグリルなどの装飾パーツも形状変更を受け、後ろのランプも柿の種とおさらばしている。

ここで初めてグリル形状が変わった。幅が拡がり、両端でターンシグナルを抱える形になった。

「312型」の型式呼称はそのままに、1962年9月でまたグリルやリヤランプが変わり、ドアロックやワイパー構造なども強化している。

312後期型のブルーバードの顔。おっしゃるとおり、312でした! 恐れ入りました。

つまり312型は2種あり、彼らがエルーラのために用いたのは確かに312型だが、どうやら後期312型だ。

写真で比べてみても、エルーラに用いられたグリルは312後期型のものであることは明白だ。

疑って失礼しました。
恐れ入りました。

なお、ランプを取り囲むめっきリングやバンパー、フェンダーミラーも312からのものだという。
フェンダーミラーは本来丸形だが、このエルーラは角型。
どうやら角型となる312の女性仕様車「ファンシーデラックス」のものを使っているようだ。
マニアックなことをいうと、フェンダーミラーは、「ブルーバード スタンダード」はなし。
その上の「ブルーバード デラックス」とワゴン型「ブルーバード エステートワゴン」が丸形となる。

ヘッドランプを囲むリングは後期312から。
バンパーにはオーバーライダーがない。ライダーがない「スタンダード」のものなのか、ライダーを外したのか?
フェンダーミラーは、角型フェンダーミラーを持つ「ファンシーデラックス」のものだろう。

バンパーはオーバーライダーがないので、こちらはスタンダードのものを使っている模様。

エルーラのベース車両は最終型マーチK13と書いたが、正確には同校カスタマイズ科2期生が過去、K13を元に製作した「イタルマーチ」が使われている。
当時の312ブルの寸法を調べると、多くの点でK13マーチの方が312ブルを上まわっているから、車幅のつじつま合わせに苦労したことだろう。

車両寸法は以下のとおりだ。

【1962年9月312型ブルーバード諸元 ※()内は2013年型K13マーチ】

●全長×全幅×全高:3885~3915×1496×1470mm(3825×1665×1515mm)
●ホイールベース:2280mm(2450mm)
●最低地上高:175mm(140mm)
●車両重量:890~900kg(950kg)

312ブルはセダンなのに2BOXのマーチに対して全長は60mmしか長くなく、幅はマーチより狭いどころか、いまの軽自動車とほぼ同じ。
車重も312のほうが60kg軽い。
昔のクルマを見るたび、いまのクルマがいかに大きく、重くなっているかを思い知らされる。

実は後ろまわりも・・・

最初に近づいたのもお話を伺った場所もクルマのフロント部分だったので、312スタイルへの改変はてっきり前まわりだけだと思っていたのだが、後ろにまわったらマーチのハッチバックがトランク付きブル312になっていたから驚いた。

マーチのリヤフロアを延長してトランクとそのふたをくっつけ、後ろまでブル312になっていた!

やるじゃねえかっ、カスタマイズ科!

マーチのボディ後半をぶった切ってフロアをつなぎ、ルーフも延長。
外板をうまく慣らしていて不自然な点は一切ない。
後ろまわりで312から持ってきたのは、リヤランプ、バンパー、リヤガラスなど。
ランプの上側にテール&ストップ、下側にターンシグナルを持ってきたところが、モチーフが312後期型であることを証明している。
312前期は配列が上下逆だったのだ。

これは初代ブルーバード310・・・ではなく、2回目の改良を受けた前期312の写真だが、フェンダーパネルは共通。 エルーラはK13マーチのドアとの連続性の都合上、ホイールアーチの縁取りは再現していない。
リヤバンパーも312から。
リヤガラスも312から。

うまいと思ったのは、リヤバンパー両端のカーブの、新造形のリヤフェンダーの曲面へのなじみ様。
車幅の違いでブル312のバンパーが短いことの泣き所を逆手にとって、リヤフェンダーの絞り形状にうまくつなげている。

リヤバンパーからリヤフェンダーにかけてのつながりがきれいだ。

他の見どころは写真でごらんいただこう。
「この記事の画像をもっと見る」をたどってほしい。

いつぞやのオートサロンで、彼らは日産ラシーンのボディ後部を延ばして車輪を6つにしたヘンなクルマを展示していたっけ。

マーチを312ブル仕立てにしてセダンボディにし、ラシーンの6輪化をやってのけてしまう手腕を見込んで、この学生さんには、いま日産が製造している軽自動車のブラットホームを拡大して5ナンバーサイズの普通乗用車ができるかどうかを試してみてほしいと、筆者が長い間抱いていたアイデアの実現を頼んでおいた。

いまの自動車各社は人口減の日本市場を軽視(?)し、主に海外市場を睨んでクルマを造っているから車体は3ナンバー化して肥大化、日本特有の5ナンバー車は壊滅状態で、3ナンバーがイヤなら一挙軽自動車にまでサイズダウンを強いられるというラインナップ構成になってしまった。
プラットホームひとつ造るのに億単位もの金がかかるのに、モトが取れるほど売れるとは思えない5ナンバー車のプラットホームを造る勇気など、いまの日本の自動車メーカーにあるはずがない。
だが、市場全体の4割を占めるほどの軽自動車となると、日本専用といえどそのプラットホームの新作に躊躇はない。
度重なる規格改定で、いまの軽自動車は昔の大衆車並みのサイズに達している。
そこいらの小型車などものともしないスペーシィな室内を稼げるいまの軽自動車用プラットホームをうまく改築すれば、5ナンバーサイズのクルマだってできないことはないのではないか。

衝突対応がどうのとヘンに真面目に考えちゃだめ。
まずはできるかどうか。
いまの日産自動車は自動車を造っている場合ではなく、別のことで忙しい。
むしろ学生ならではの若さとエルーラを仕上げた腕で、軽自動車用プラットホームによる庶民サイズのクルマの可能性を切り拓いてほしいのだ。

このアイデアを聞いた学生さんが「ぜひ来年は」と返答した口調は力強く、本当にやってくれそうに思えた。
来年を楽しみに待とう。

と思ったのもつかの間。
筆者が本記事制作に向け、事前に日産自動車大学校のホームページ内にある、オートサロン出展のお知らせを見て問題が発生した。
このエルーラを製作したのが、「日産京都自動車大学校 自動車整備・カスタマイズ科 4年生」とある。

よ、よねんせいだと?
卒業じゃないか!

もしこの本気の学生さんもチームの一員だったなら、ぜひとも単位を落とし、留年してでも筆者の要望をかなえてほしいと思う。
だって、話を聞いているときの彼の目は真摯だったもの。