連載

自動車エンブレム秘話

AMG:不可能を可能にする絶え間ない探求

ラリーやレースで活躍した「Mercedes_300_SE」(写真は1963年のもの)。
ラリーやレースで活躍した「Mercedes 300 SE」(写真は1963年のもの)。

“AMG”がクルマの世界に登場したのは1967年。ハンス・ヴェルナー・アウフレヒト(Hans Werner Aufrecht)とエアハルト・メルヒャー(Erhard Melcher)の2人が会社を立ち上げた。AMGは、当時の社名「アウフレヒト・メルヒャー・グロースアスパッハ・エンジニアリング会社 レーシングエンジン開発のための設計および試験」の頭文字※1に由来する。

アウフレヒトとメルヒャーは、ダイムラー・ベンツ社の開発部門でM189型3.0リッター直6をベースにしたレーシングエンジンの開発に携わった。1965年には、このエンジンを搭載した「300 SE」(W112)がドイツ・ツーリングカー選手権で10勝を挙げる。その後、ダイムラー・ベンツがモータースポーツ活動を停止してからも、彼らはアウフレヒトの故郷であるグロースアスパッハ(Großaspach)の自宅で余暇を利用してエンジン開発を続けた。

先見の明をもつアウフレヒト(A)と才能に溢れたエンジニアのメルヒャー(M)。2人の情熱がグロースアスパッハ(G)の地で結実し、AMGはモータースポーツとエンジニアリングへの情熱を原動力として誕生した。メルセデスはAMGのブランドバリューを「不可能と思えることを可能にする、創業者2人の絶え間ない探求心が今日のAMGスピリットにも表れている」と説明する。

地元への敬意とエンジニアリングへの誇り

メルセデスAMGのボンネットなどに装着される円形のエンブレムは、中央部が左右に分かれている。左側には川とリンゴの木が、右側にはカムとバルブが描かれている。

リンゴの木と水の流れは、1976年からAMGが本社を構えるアファルターバッハ(Affalterbach)を表している。ネッカー川流域のシュツットガルト郊外にあるこの街の名前は、ドイツの古い言葉でリンゴの木を意味する“affalter”と「流れ」のドイツ語である“bach”に由来する。ポルシェがシュツットガルトの紋章をエンブレムに採用するように、AMGもまた、地元への敬意をそのシンボルに込めている。

右側に描かれているバルブとバルブスプリングおよびカムは、AMGの卓越したエンジン開発技術を象徴している。創業者2人が抱くエンジニアリングに対する熱い情熱が、このエンブレムにも表現されていると言えるだろう。

周囲を囲む月桂樹の葉は、古くから勝者の象徴とされ、モータースポーツの世界でも栄光の証として用いられる。この月桂樹に沿って、地元AffalterbachとAMGの文字が刻まれたエンブレムがハイパフォーマンスモデルであるメルセデスAMGのクルマに与えられる。

レースでブランドを確立しメルセデスと共に発展

AMGがその名を世界に轟かせた「AMG 300 SEL 6.8」。
“Red Pig” (赤いブタ)と揶揄されながらも、AMGの名を世界に轟かせるきっかけのひとつとなった「AMG 300 SEL 6.8」。

AMGブランドが世界的な地位を確立する上で重要なできごとのひとつは、「メルセデス・ベンツ 300 SEL 6.8 AMG」(W109)の活躍だ。1971年の「スパ・フランコルシャン24時間レース」に登場したこのマシンは、現在のSクラスに相当する大型で重いラグジュアリーセダンをベースにしていた。赤くペイントされたその姿から“Red Pig”とも揶揄されたが、フォード・カプリやアルファロメオ 2000 GTA、BMW 2800 CSなどを凌駕するスピードを見せ、クラス優勝(総合2位)を成し遂げた。

1976年、AMGはアファルターバッハの新しいワークショップとオフィスに移転。1980年代にはダイムラー・ベンツ社の公式パートナーとなり、1990年からは世界中のメルセデス・ベンツ店舗でAMGモデルの取り扱いが開始された。1993年には初の共同開発モデル「メルセデス・ベンツ C 36 AMG」が登場し、1999年にはアウフレヒトが株式をダイムラー・クライスラーAG※2(当時)に売却。2005年には同社の100%子会社となりメルセデスAMG GmbH※3が設立された。

品質へのプライド

高性能と高品質の証として装着されるAMGのエンブレム。
高性能と高品質の証として装着されるAMGのエンブレム。

現在、すべてのメルセデスAMGモデルはアファルターバッハで開発されている。同社の“One Man, One Engine.”哲学に基づき、エンジンは手作業で組み立てられバッジには技術者の署名が刻まれる。品質に対するAMGの絶対的な自信がうかがえる。

なお、AMGのモータースポーツ部門は1999年の株式譲渡の際にアウフレヒトが新たに立ち上げたH.W.A.に移管された。約200名の従業員を抱える同社はメルセデスAMGの近くにワークショップを構え、メルセデス・ベンツ・モータースポーツと共にDTMなどに参戦している。

※1 ドイツ語で“Aufrecht Melcher Großaspach Ingenieurbüro, Konstruktion und Versuch zur Entwicklung von Rennmotoren”
※2 「AG(アーゲー)」は「Aktiengesellschaft」の略で「株式会社」を意味する。
※3 「GmbH(ゲーエムベーハー)」は “Gesellschaft mit beschränkter Haftung” の略で、直訳すると「有限責任会社」となり、株式会社や日本に以前あった有限会社に近い。

PHOTO/Mercedes-Benz、石川徹

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