3Dプリンターは樹脂から金属へ

今や3Dプリンターは一般人も購入して使用できるほど普及している。一般的な3Dプリンターは樹脂で成形するが、ホンダでは13年前から金属3Dプリンターによる部品の成形を研究しており、現在はF1部品など限定的ではあるものの製品化されているという。

ホンダのF1エンジンにはすでに金属3Dプリンター製のパーツが使われている。

ホンダが使用する金属3Dプリンターは「レーザー粉末床溶融結合法(Laser powder Bed Fusion=L-PBF)」と呼ばれるもので、1:金属粉末散布→2:レーザー照射(金属粉末溶融)→3:プレート降下の3つのプロセスを繰り返して積層するというもの。

「レーザー粉末床溶融結合法(Laser powder Bed Fusion=L-PBF)」による造形プロセス。
造形の模式図。金属粉は種類にもよるが0.01〜0.05mmほど。

なお、レーザー照射で金属粉を溶融してく際には溶融時に発生するヒューム(金属蒸気)や、スパッタと呼ばれる余分な塊が飛び散り、これが造形物に付着すると精度が落ちることになる。そこで、レーザーの進行方向側から窒素やアルゴンといった不活性ガスを吹き付けヒュームやスパッタを吹き飛ばしている。

溶融時に発生するヒュームとスパッタの除去。

この不活性ガスの風速を最適化することで造形エリア全体での高品質条件を設定している。まだ完全に除去するまでには至っていないが、発生する欠陥エリアはかなり極限できているという。

ガス風速最適化により、欠陥エリアを極限することができる。青の濃い部分が欠陥エリアで、黄色い点が欠陥の集中しているところ。
生成された試験片の内部品質を確認している様子。

金属3Dプリンターは金属造形に非常に有用な機械であり、世界的にも自動車産業も含む最先端の分野ではすでに活用されているのだが、現状では航空宇宙分野(NASAのロケットエンジン)、モータースポーツ(F1)、高級車(BMW/ロールスロイス)といった比較的コストを度外視できる分野に限られている。というのも、まず機械そのものが高価であること。次に成形に仕様する金属粉も高価な点が挙げられる。

大型部品が生成できる最新機種で約20億円。小型の普及モデルでも2億円〜5億円ほどする。さらに金属粉は1kg/1万円だという。なお、銅、アルミ、鉄、チタン、インコネルと、およそ粉末化できればどのような金属でも使用できるそうだ。

SLMソリューションズ「SLM500」

今回の見学会で披露されたのがSLMソリューションズ製金属粉末積層造形装置「SLM500」だった。SLMソリューションズは金属粉末積層造形装置の老舗企業で、2011年から社名をSLMソリューションズとして、2023年に日本のニコンの子会社(Nikon SML Solutions)となっている。

SLMソリューションズのパウダーベッド方式金属3Dプリンタ「SLM500」。

和光技術研究所に導入されているのは同社製の「SLM500」7台。1台凡そ3億円ほどの機械だ。最大生成サイズは概寸で長辺500mm×短辺280mm×高さ300mmほどとのことだ。

設計から製品化までのプロセスを社内で一貫

使用する機械こそSLMソリューションズ製ではあるものの、ホンダでは生成するための「設計データ」「造形条件設定」「造形」「製品化」まですべてのプロセスを社内で一貫して行なえるのが強みだ。

金属3Dプリンターによる早計プロセス。

「造形条件設定」とは、生成時のパーツの姿勢や置き方、補正量などをシミュレーションで詰めて最適化すること。この条件設定により、設計データとの誤差を極めて小さいものにおさめることができるのだ。校差は200μmで、実際のシミュレーションとの差は100μmに抑えられてる。この「造形条件」がノウハウの塊で、金属3Dプリンター活用のポイントになってくるのだ。

シミュレーション結果を確認している様子。

最終的な「製品化」では生成時の安定化のためのサポート材を除去したり、CTスキャンによる内部測定などが行なわれる。実はこのサポート材の除去は手作業で行なわれており、熟練の技が必要になる分野。金属3Dプリンターをさらに活用するために、機械加工での除去方法を研究中だそうだ。

生成された部品。浮いている部分を支えているのが「サポート材」で、無本として不要な部分となる。
手作業で行なわれるサポート材の除去作業は熟練の技が求められる。機械加工を研究中。
サーフスキャンによる外形の確認。設計データとの誤差などが視覚化・数値化されて確認できる。

金属3Dプリンターで何を作る?

本田技術研究所ではこの金属3Dプリンターを使ってさまざまなパーツを作り出している。しかし、まだ実質ワンオフでの製造で量販品には至っていない。

ホンダF1エンジン。金属3Dプリンターで作られるのはターボ(画像内の緑の部分)のタービンハウジング(緑の部分の右端)。

製造されたものは、例えばF1エンジンのピストンであったりタービンハウジングであったりといった最先端パーツ。あるいは、車いすレーサー用のハンドルやシャフト、コロナ禍による幻となった2021年F1日本グランプリのトロフィーなど、スペシャルメイドのものに限られている。

高出力化に対応するためにアルミから鉄製に変更されたF1用ピストン。金属3Dプリンターにより、鋳造では不可能な肉抜きが可能になり、強度を高めつつ従来と同等の重量を実現している。

見学では本来なら溶接したり別体パーツを組み合わせて作るようなものを一体成形で出力したサンプルも見ることができた。

車いすレーサーのハンドル。元々はアルミパイプを溶接したものだったが、トポロジー最適化による形状を金属3Dプリンターで成形。従来より軽量で、かつ1箇所に集中していた応力が全体に分散する形状となった。

さらに、トポロジー最適化手法により、同等の剛性をより軽量な形状で実現したスーパーカブのフレームを見ることができた(バックボーンフレームのメインパイプがトラスフレーム化しており、カブカスタムの可能性を感じた)。

スーパーカブのフレーム。展示品はバックボーンフレームとシートレールまで(画像のリヤさスペションとスイングアームは含まず)のみで、トポロジー最適化されたのはメインパイプの部分。ここがトラスフレームになっていた。

ホンダは設計哲学である「M・M思想(Man-Maximum・Mecha-Minimum)」を金属3Dプリンターの活用で加速していくという。サイズやコストに制約があるとはいえ、金属3Dプリンターの可能性は非常に大きく、これからのホンダのテクノロジーのひとつとして大いに期待できそうだ。

絶版部品の再生産は可能なのか?

初代NSXを対象としてスタートした「ホンダ・ヘリテージワークス」。

ホンダは現在初代NSXに限り「ヘリテージパーツ」を提供している。もし、この金属3Dプリンターを活用するならNSX以外の絶版パーツの生産も可能なのではないだろうか?

初代NSXを対象としてスタートした「ホンダ・ヘリテージワークス」の「レストアサービス」。

結論から言えば、作るだけなら可能であると言える。生成するための元データについては、図面や設計データがあれば良いし、実物を3Dスキャンしてデータ化すれば良い。しかし、他にも幾つもの課題がある。

初代NSXを対象としてスタートした「ホンダ・ヘリテージワークス」の「ヘリテージパーツ」には純正復刻部品と純正互換部品がある。

■コスト
3D金属プリンターはその製造に金属粉末を使うこと、またその価格とコストについて説明した。コストは前述の通り通常製法の20倍。単純に言えば、通常なら1万円のパーツが20万円するということだ。しかし、旧車の純正パーツは値上がりを続けているが、部品が出るならそれでも良い方、為替の影響で値上がりする海外のリプロダクション品、程度のわからない中古部品、そしてそもそも市場にも出回らない……そんな状況に比べれば20倍も価格も旧車オーナーには許容されるのだろうか?

■サイズ
現在、ホンダ技術研究所で運用されている金属3Dプリンター「SLM500」の生成サイズは最大で長辺500mm×短辺280mm×高さ300mm(概寸)。つまり、これ以上のサイズは一度に整形することはできず、もしこのサイズ以上のパーツを作るとなると分割して生成した上で溶接なりで接合することになる。それは前述のコストにも影響するし、後述の品質にも影響することになる。

■品質
ホンダが事業として金属3Dプリンターによるヘリテージパーツの生産・販売を行なうとしたら、メーカー基準の厳しい品質をクリアしなければならない。現状で、F1マシンのパーツなどはコスト度外視で品質第一としているが、それをユーザーに提供するとしたらその価格は20倍で済むのだろうか?あるいは、F1マシンのパーツほどではないにせよ、ユーザーに提供できる品質を担保した場合のコストはどの程度だろうか?

NSXのヘリテージパーツが2026年4月より提供開始とアナウンスされている。今後、NSX用の対応パーツはもちろん、他車種へのさらなる展開を期待したい。

他にも課題はあると思うが、製造における現状考えるうる課題は以上の3点が考えられる。ゆえに、すぐに金属3Dプリンターによる絶版部品の再生がスタートすると思うのは早計だ。しかし、ホンダは初代NSXのヘリテージワークスをスタートしており、ヘリテージ事業には前向きのように思える。

樹脂3Dプリンターが広く一般に普及したように、金属3Dプリンターもより普及が進みコストが下がれば、一般ユーザーにも手の届くコストで再生パーツが供給されるのではないだろうか?そうなることを大いに期待したい。