国産高級車の先陣を切ったクラウン、追走したセドリック

1955年1月7日、完全オリジナルの純国産車の初代クラウン「トヨペット・クラウン」が誕生した。当時は、国産車と言っても名ばかりで、GMやフォードの部品と技術を使って組み立てるだけのクルマで、クラウンは歴史的にも大きな意味を持ったクルマだった。
世界に通用する高級乗用車を目指し、初代クラウンには多くの新しい技術が採用され、当時の外国部品で組み立てた国内車より優れていると評価された。その後、1962年10月に2代目、1967年9月の3代目へと進化して人気を獲得、日本におけるパーソナル高級車として確固たる地位を確立した。
一方のセドリック(30型)は、クラウンに対抗して1960年3月に、またグロリアはその1年前1959年1月にプリンス自動車の高級セダンとして誕生した。しかし、1966年に日産自動車がプリンス自動車を吸収合併したことから、3代目セドリックの誕生を機に、4代目グロリアは販売系列の異なる兄弟車となった。セドリックがオーソドックスな高級車で、グロリアはスポーティで個性的なデザインという違いはあるが、基本仕様は同じであり両モデルを合わせて「セドグロ」と呼ばれた。

クラウンとセドリックのライバル対決の序盤戦は、5年早く市場に登場して日本にパーソナル高級車という新ジャンルを確立したクラウンが市場を席巻した。セドリックは後追いとなって、クラウンの3代目まではセドリックは太刀打ちできない状況が続いた。
そして、4代目クラウンと3代目セドリック/4代目グロリアが、1961年2月に僅か1週間違いで登場して新たな対決のステージに上がったのだ。
クジラクラウンと呼ばれたスタイルが不評だった4代目クラウン

1971年2月16日に登場した4代目クラウンは、車名がそれまでの「トヨペット・クラウン」から単独名の「クラウン」に変更された。

ボディスタイルは、先代同様4ドアセダン、2ドアHT(ハードトップ)、5ドアワゴンの3種が用意されたが、注目は大きく変貌したスタイリングだった。“スピンドルシェイプ(紡錘形)”と名付けられた先鋭的で個性的なスタイリングは、先代から積極的に推進していた個人ユーザー層へのアピールを意識したものだった

パワートレーンは、2.0L直6 SOHCエンジンのチューニング違いで最高出力125ps/115ps/105psの3機種エンジンと、2速/3速MTの組み合わせ。
車両価格は、78.2万~138.3万円(4ドアセダン)/101.7万~143.8万円(2ドアHT)に設定。当時の大卒初任給は4.7万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約383万~677万円/498万~704万円に相当する。

丸みを帯びた4代目のスタイリングは、雰囲気がクジラを連想させることから、“クジラクラウン”の愛称で呼ばれるようになった。しかし、当時の高級車クラウンに求められたのは重厚さや落ち着きであり、その点では保守的なユーザー層から支持されず、1955年以来守り続けてきた高級車クラストップの座を日産「セドリック/グロリア」に明け渡すことになってしまった。
3代目セドリック/4代目グロリアの兄弟車誕生

3代目セドリック/4代目グロリア(230型)は、4代目クラウンの1週間後1971年2月23日にデビューした。

3代目では、4ドアセダン/ワゴン/バンに加え、トヨタのクラウン2ドアHTに対抗して2ドアHTが設定された。斬新で好き嫌いがはっきり分かれたクラウンに対して、セドリックはロングフードの優雅で格調高いフォルムに、落ち着いた雰囲気のラジエターグリル、リアには横長のテールランプ、ボリューミーなリアフェンダーなどで高級感を演出。また、セドリックとグロリアの違いは、販売系列の違いとプレスラインやグリルなどのデザインの差別化だった。

インテリアについては、全面ソフトパットで覆ったインパネや無反射式のメーター、新たにデザインされた高級感漂うシートなどを装備して豪華さをアピールした。

パワートレーンは、先代から引き継いだ最高出力92ps/最大トルク16.0kgmを発揮する2.0L 直4 OHV、115ps/16.5kgm(シングルキャブ)&125ps/17.0kgm(ツインキャブ)の直6 SOHCの3種エンジンと3速MTおよび3速ATの組み合わせ。

車両価格は、77.4万~129.5万円(4ドアセダン)/105.0万~138.0万円(2ドアHT)に設定。これは、現在の価値で約379万~634万円/514万~675万円に相当する。
ライバルの4代目クラウンがクジラクラウンと呼ばれて個性的で好き嫌いがハッキリ分かれたのに対し、セドリックはアメ車風のオーソドックスなスタイリングで人気を獲得した。
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誕生以来、中型乗用車の半分以上のシェアを占めていたクラウンだったが、4代目にモデルチェンジしてシェアは急降下した。スピンドルシェイプが市場で不評で、逆にセドリックのアメ車風のオーソドックスなスタイリングが好調な販売を続け、1970年代前半のクラウンvs.セドグロは、ついにセドリックが中型乗用車で首位を奪取。これが、その後も続いた両車のライバル関係でセドグロが宿敵クラウンを凌駕した唯一のモデルとなったのだ。

