RE雨宮SA22Cが日本列島を切り裂いた!
ドライバーを務めたのは当時34歳の稲田大二郎!
1981年に創刊されたOPTION。その記念すべき創刊号の巻頭を飾ったのが、チューンドカーによる本州縦断という前代未聞の企画『日本版キャノンボール』だ。

このプロジェクトを主導したのは、「誰もができない、やらないことをオレがやる」と語っていた稲田大二郎。当時すでに高い評価を得ていたRE雨宮のチューンドロータリーを駆り、青森県・大間岬から山口県・関門橋まで、約1800kmを走破する挑戦に挑んだ。
マシンはRE雨宮製サバンナRX-7(SA22C)。13Bへ換装されたサイドポート仕様にウェーバー48φキャブレターを組み合わせ、200psオーバーを発揮する当時屈指のチューンドカーである。
この企画の目的は、単なる速度記録ではない。市街地や渋滞、さらには撮影によるロスタイムといった現実的な条件を含めた環境下で、チューンドカーの性能と信頼性を実証することにあった。
大間~滝沢間

スタートは午前7時32分。東北自動車道の最北端が滝沢ICだった当時、大間岬からの約202kmは一般道での走行となる。未舗装路や残雪、凍結路面といった過酷な条件により、ハイグリップタイヤも本来の性能を発揮できず、慎重なドライビングを強いられた。

下北半島から国道4号を経由し、八戸、二戸を通過。午後2時23分に滝沢ICへ到達するも、平均速度は約50km/hにとどまった。
東北自動車道

東北自動車道に入ると、チューンドRX-7は本領を発揮。3速8000rpmで140〜150km/h、4速では200km/h近くに達する加速性能を見せつけるが、パトカーの存在により減速を余儀なくされる場面もあった。それでも浦和ICまでの約532kmを平均149.4km/hで走破する。

新宿のOPTION編集部でピットインした際には、ダート走行で損傷したエキゾーストマニホールドにクラックが確認され、溶接修理とオイル交換を実施。約2時間後、再び西へ向けて走り出した。
東名・名神高速
首都高から東名高速へと進む中、厚木付近で全線降雨の情報が入る。高速域でのウェット路面はハイドロプレーニングのリスクも高く、大型車の動きにも神経を使う展開となった。それでも東京から約514kmを6時間51分で吹田まで到達し、安定したペースを維持する。
中国自動車道

中国自動車道に入ってもマシンのコンディションは良好。5速8500rpmで223km/hを記録するが、クラッチの耐久性を考慮してさらなるアタックは控えた。

さらにゼロヨンでは13秒68をマークするも、千代田IC付近で渋滞に捕まり、166.4kmの区間に5時間を費やすこととなる。
それでも最終的に関門橋へ到達。撮影などのロスタイムを除いた実走行時間は22時間、平均速度は81.8km/hという結果で、本州縦断を完遂した。

無謀とも言えるこの挑戦は、チューンドカーの可能性と信頼性を世に示す象徴的な一歩となった。そして45年を経た現在も、そのスピリットは脈々と受け継がれている。OPTIONの歴史は、まさにここから始まったのだ。
