“ポッシュ” な文章のスタイル

事実を伝えるだけでなく、格調高さを感じさせる「語り口」も重視される英国流の文章表現。
写真は新型「アストンマーティン ヴァンキッシュ」。事実を伝えるだけでなく、格調高さを感じさせる「語り口」も重視される英国流の文章表現。

今回の教材は、2007年デビューの初代「アストンマーティン ヴァンキッシュ」と昨年登場した3代目を比較した記事だ。アンドリュー・フランケル氏の文章は、英国人らしさが溢れたスタイルが印象的だ。イギリス人がよく使う、高級や洗練などをあらわす“posh”という表現がぴったりだろう。

イギリスでは、学者や高級紙の記者などが格調高い「スタイル」の文章を好む傾向がある。論文や学術書などにはよくあることだが、フランケル氏の文章も全体を通して倒置法や文語表現が多用されている。情緒的かつ文学的なトーンが強い。

情景をイメージさせる倒置法

文字だけで情景をイメージさせる手法が用いられているヴァンキッシュの試乗記。
文字だけで情景をイメージさせる手法が用いられているヴァンキッシュの試乗記。写真は初代「ヴァンキッシュ」。

記事の冒頭、試乗を行った郊外の様子を倒置法で表現している:“Barely a cloud in the sky, nor other motorists to be seen.”(「空には雲ひとつなく、ほかのクルマの姿もなし」)。中学で習うSVO/SVC(主語+動詞+目的語/補語)に沿って通常の語順にすると、”There was barely a cloud in the sky, and no other motorists were to be seen.”となる。こちらの方が文法的に分かりやすく意味もはっきりするが、説明調でシンプルな雰囲気になる。

これに対して倒置法を用いた表現では、詩や映画のナレーションのようで情景が目に浮かびそうだ。詩的なリズムやトーン、余韻も感じさせたい場合には、こうした倒置表現が使用される。さらに“were to be seen”と、“be”動詞のあとに“to do”が来る動詞の不定詞活用を受動態と併用している。単に“no other motorists were seen”としても「ほかの運転者(=クルマ)はいない」という事実を伝えることはできるが、受動態の不定詞を使うことで静けさや「誰もいない」という状況を醸し出していると考えられる。

エンジンの音を音楽に例えた詩的な表現

新型V12エンジンのサウンドは、音楽的な比喩表現を用いている。
文字だけで情景をイメージさせる手法が用いられているヴァンキッシュの試乗記。

詩的な表現もひとつ紹介しておこう。新型ヴァンキッシュの5.2リッターV12エンジンは、2500rpmを超えると力強くスムーズにキャラクターを変えるという。その様子を音楽の演奏に例えて、“… V12 extemporising on the hoof” としている。extemporiseは音楽などを「即興で演じる」といった意味をあらわす。on the hoofは直訳すると「蹄の上で」となるが、イギリスでは「走りながら」とか「即座に対応しながら」といったニュアンスで使われることもある。

また、その前の節に “on song” というイギリス独特の表現が登場する。これは、「調律が合っている」とか「絶好調」といった意味で、クルマに関しては魅力的なエンジンの音やフィーリングを詩的に表現する場合に多用される。フランケル氏はV12エンジンをこう表現している:

“What is delightful and somewhat breathtaking is the way it is able to change its personality. Once on song above 2500rpm it does the effortless GT thing as if born to it, surging forward, V12 extemporising on the hoof; it is masterly and it is magnificent.”

できるだけニュアンスも考慮して日本語に訳すと、次のようになるだろう:

「何よりも心を奪われ、そして息をのむのは、このエンジンがまるで別人のように性格を変えるところだ。2500rpmを超えて本領を発揮し始めると、まるで生まれついてのGTであるかのように、何の苦もなく加速していく。そのとき、V12は走りながら即興演奏を繰り広げるように咆哮する。走りは見事で、そして、まさに荘厳だ。」

文章は情報伝達のみにあらず

英国風の「ポッシュ」には、気品と皮肉が同居する表現ではあるが…。
英国風の「ポッシュ」には、気品と皮肉が同居する表現ではあるが…。

前回このコラムで扱った「ポルシェ911」新旧比較試乗記では、砕けた比喩表現を紹介した。そうした言葉選びも含め、記事全体がシンプルで分かりやすいのが特徴だった。それに対し、今回のフランケル氏の記事は英語にかなり堪能でないと初見では読みこなすのが難しいのではないだろうか。

英国には、文章は情報伝達だけでなく「作品」としての格調も必要とする独特の文化がある。それが顕著に表れた記事ではないだろうか。冒頭に述べたように、この記事からはイギリスらしい“posh”さを強く感じた。クルマの性能を語る以上にブランドの美学を伝えている。英国伝統のアストンマーティンには、こうしたスタイルが似つかわしいという判断なのかもしれない。

ちなみに、「ポッシュ」は文脈によっては「気取った」「鼻につく」といった皮肉も含まれるが……。

PHOTO/ASTON MARTIN LAGONDA
MAGAZINE/GENROQ 2025年6月号

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ワールドプレミア(世界初公開)の様子や日本未導入の新車試乗など、海外メディアならではの情報に簡単にアクセスできるようになった今日このごろ。外国語による表現の真意が果たしてどこにあるのか迷うことも多い。この連載では、月刊『GENROQ』本誌に掲載された海外ジャーナリストの記事をベースに、その自動車の世界観を紹介する。