連載

自動車エンブレム秘話

創業期とアール・ヌーヴォーのデザイン(1899~1904)

1899年の創業時から1991年までのエンブレムの変遷。1920年代から1930年代には細かくリファインが行われたようだ。
1899年の創業時から1991年までのエンブレムの変遷。1920年代から1930年代には細かくリファインが行われたようだ。

FIAT(フィアット)は1899年、イタリア北部トリノで誕生した。正式名称は「Fabbrica Italiana Automobili Torino」、すなわち「トリノのイタリア自動車工場」を意味する。中心となったのは、自転車の製造と輸入業を行っていたジョヴァンニ・アニエッリ。工業化の波に乗るイタリアで、モビリティの未来を切り拓く志を持っていた。

創業当初、フィアットは会社の存在を示すため、車両のボンネットにロココ調の真鍮製プレートを取り付けた(写真左上)。手作業で会社のフルネームが刻まれ、Nで始まるフレーム番号用スペースも備えたエンブレムには、19世紀末の工芸的な美しさが漂う。

1904年にはアール・ヌーヴォーの流行に合わせ、初の楕円形ロゴが登場。「FIAT」の4文字が中央に配され、右側が内側に曲がる特徴的な「A」がこのとき誕生した。周囲を取り囲む太陽やオリーブの枝を思わせる意匠は、デザイン性と企業理念の融合を象徴していた。

モータースポーツの時代と月桂冠ロゴ(1921~1930年代)

モータースポーツの発展に伴い、1921年には視認性を高めた丸型のエンブレムが誕生した。白い背景に赤で書かれた文字と、それを囲む月桂冠のデザインが採用され、グランプリモデル「801コルサ」につけられた。フィアットはレーシングフィールドでの存在感を強めることで、ブランドの認知度向上に取り組んだ。

1931年には当時の合理主義建築の潮流を受け、赤い長方形のロゴに刷新された。縦に引き伸ばされた力強い文字が、工業大国であったイタリアの信頼性を象徴する顔となり、第1次世界大戦後も長く使われ続けた。

国際企業化と菱形ロゴの時代(1960年代後半~1970年代)

1960年代までに、フィアットは国際的な複合企業として成長を遂げる。1968年には、4つの菱形にそれぞれFIATの文字を収めたモダンなロゴを採用。黒背景にシルバーの文字が映え、世界150以上の市場における存在感を強調した。30年の長きにわたって使用されたこのエンブレムは、1982年に登場した白と青の斜線「ファイブバー(Five Bar)ロゴ」と併用された。

伝統回帰と100周年記念ロゴ(1999~2000年代)

1999年、創立100周年を機に月桂冠とクラシックな「A」を復活させた記念ロゴが登場した。クロームの立体的な縁取りを持つ円形ロゴが採用された。

その後、2000年代初頭に進められたグループ全体の企業刷新は傘下のすべてのブランドに及び、2006年にはフィアットも新たなエンブレムを発表した。他のブランドと共通する理念に従い、過去の象徴的なデザイン要素が織り込まれた。円形を維持しつつ、月桂冠は光沢のある立体的なクロームの縁取りに置き換えられ、シンプルで目を引くデザインとなった。

リング内には、1931年以降の30年間使われた長方形のロゴがわずかにカーブをもって再登場し、背景の赤も色調をやや濃くしたものが採用された。縦長になった文字には現代的なフォントが使われるとともに、特徴的な「右側が曲がったA」が受け継がれている。

EV時代を象徴するミニマルデザイン(2020年~)

2020年、フィアットは新時代の都市モビリティとEV化を象徴するシンプルなロゴを発表。グラフィック要素をそぎ落とし、シルバーの文字がミニマルで現代的な印象を与えている。新型ティーポや電気自動車の500eに装着されて欧州デビューを果たし、持続可能性と国際性を象徴する新たな「顔」となった。

このように、フィアットのエンブレムは単なる装飾ではなく、イタリア産業と文化の一断面を映す存在だといえそうだ。100年以上にわたり、イタリアの工業化やグローバル化、原点回帰を体現し、今もその歴史を刻み続けている。

PHOTO/STELLANTIS

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