ロータリーの灯を絶やすな!
未来はこの“対話”から生まれる
ロータリーエンジンと聞けば、チューニングベースとなるエンジンのひとつ、という印象が強いだろうか。ブーストアップだけでも十分にパワーアップする。2ローターから3ローターへと、レシプロでは現実的に不可能な気筒数アップに相当する総排気量アップも可能。シンプルなので壊れる部分が少ない――などといったチューニング面でのメリットとともに、「燃費が悪い」「アペックスシールの摩耗」など、ある程度のメンテナンスが前提であるというデメリットも印象にある。
しかし、それよりなにより、マツダしかその量産に成功したメーカーはなく、かつては日本車として初めてル・マンを制したパワーユニットであり、スポーツカー専用のハイパワーエンジンだった時代からすでに30年ほどが経過。現在では、MX-30 R-EVというプラグインハイブリッドSUVの発電機用エンジンとして量産されるのみとなった。まさに、ロータリーエンジン存亡の危機だ。
もしマツダが手を引いてしまえば、1957年にフェリクス・ヴァンケル博士が発明し、アウディの前身となるNSUからそのパテントを買った世界中の自動車メーカー、トヨタも日産も、ダイムラー・ベンツもロールスロイスもシトロエンも、ヤマハもスズキもヤンマーも、研究・開発・一部発売まで行っていたロータリーエンジンの歴史に終止符が打たれてしまう。1967年にコスモスポーツで世界初の量産に成功した東洋工業(現マツダ)だけが生き残ったこの技術が、完全に進化・研究されることもなくなり、いずれ部品供給すら途絶えてしまう……。これではイカン!という思いが集まり、有志により「RE Club Japan」設立へ向けた準備が始まった。

RE Club Japanは、レースやチューニングなど、ロータリーエンジン搭載車でスリリングな速さを楽しむユーザーを主眼とするのではなく、車種問わず(とはいえ、ほぼマツダ車限定となるが……)、ロータリー車を長く愛し、維持し続けるための活動を行い、ユーザーの意見をまとめてメーカー(つまりマツダ)へと伝える媒体となり、ロータリーファンを漏らすことなく支えることを目的としている。現所有者はもちろん、かつて乗っていたファンも、「いつかはロータリー」という未来のオーナーもウェルカムなユーザー団体だ。そして、ついに2025年7月6日(日曜日)、「RE Club Japan Meeting Vol.0」が開催され、発足となった。
会場はマツダR&Dセンター横浜、通称MRYだ。このたび麻布台ヒルズに構えたマツダR&Dセンター東京(通称MRT)と並ぶ、広島を中心に中国地方に多くあるマツダの施設の中でも、関東にある貴重な開発拠点のひとつをお借りして開催することができた。

来場者のお一人は、スペシャルゲストである貴島孝雄氏。言うまでもなく、NA、NB、NCロードスターの主査を務め、歴代RX-7の設計・開発に関わり、その他マツダ車の足まわりを中心に、40年間マツダでエンジニアとして従事した人物だ。中でも、RX-7最後の限定車「スピリットR」の開発責任者でもあった。現在では山陽小野田市立山口東京理科大の名誉教授として、若者にクルマの楽しさ、エンジニアリングの素晴らしさを伝えている。
会場には、一般参加、メディア参加などを含め138名、マツダからはロータリーエンジン関連、クラシックマツダ担当、広報担当など9名を加え、合計148名が集い、ロータリーエンジンとロータリー搭載車に対するさまざまな思いや情報をぶつけ合うこととなった。


ミーティングは4名の発起人からの挨拶で始まった。モンテゴブルーのFDを愛車とする発起人代表の佐伯亜希英氏からは、自身が安心して長くFDに乗り続けたいという思い、そのためにユーザーでは入手が難しくなりつつある部品について、メーカーに伝えたいというRE Club Japan発足への想いが語られた。

貴島氏による記念講演では、まず当時の東洋工業(現マツダ)にとって、なぜロータリーエンジンが必要だったのか。どうやって世界唯一の量産ロータリーエンジンの生産を続けることができたのかを解説。当時の日本は、政府(通産省)の方針により、「量産車(普通乗用車)」「特殊乗用車(高級車)」「ミニカー・軽自動車」の3グループに自動車メーカーを再編しようとしており、東洋工業はミニカーグループに入れられそうになっていた。そのため、ロータリーの量産化が急務だったという背景が語られた。

そして、SA22、FC3S、FD3Sといったロータリーエンジン搭載スポーツカーの開発ストーリーでは、マツダのスポーツカー哲学が披露された。「Mr.ロードスター」とも呼ばれる貴島氏から、ロードスターの開発話はよく聞けるが、RX-7に関しては新鮮だったという声が多く寄せられた。また、注目のMAZDA ICONIC SPについては、「スポーツカーがなぜ人々を幸せにするのか」という問いに対し、アドレナリン、ドーパミン、セロトニン、オキシトシンの分泌といった医学的・心理的な根拠に基づいて、「スポーツカーの完成価値」として論理的に持論を展開。マツダの開発者への応援と激励を込め、会場を沸かせた。

後半では、マツダから現在唯一のロータリーエンジン搭載車であるMX-30 R-EVの岡留光代主査によるR-EV技術賞受賞の報告が行われた。MX-5がマツダロードスターであることは知られているが、「MX」という名称が何を意味するのかはご存知だろうか? MXは「マツダの未知数」を意味し、既存ラインにないチャレンジングな車種に付けられる。つまり、ボディタイプやジャンルとは無関係なのだ。MX-30は、誕生当初から三代にわたり女性主査が担当し、他の魂動デザインとは一線を画すデザインに、RX-8譲りの観音開き4ドアボディ、ガソリン・BEV・ロータリープラグインハイブリッドという多彩なパワーユニット展開など、まさに挑戦の1台だ。

ロータリーに関してはまったくの素人だったという岡留主査だが、先輩方がマツダで守り抜いてきたロータリーの火を絶やすことなく、スポーツカーとしてのICONIC SPへ繋げたいという抱負を語った。


RE開発グループマネージャーの日高弘順氏からは、ロータリーの歴史と最新の8Cロータリーエンジン開発ストーリーが語られた。日高氏は、入社3年目からRX-8用ロータリーエンジンの開発に携わり、ヨーロッパやアメリカなどの海外赴任でもロータリー関連を担当。MX-30用8Cロータリー開発では実験リーダーを務めるほどの「ロータリー人間」だ。これまでのロータリーエンジン、さらには東洋工業=マツダ自身の存亡の危機を乗り越えてきた歴史がいくつも紹介された。

不屈の精神は、ロータリーエンジンの生みの親であり、のちに東洋工業の社長・会長も務めた山本健一氏の「飽くなき挑戦」という言葉によって支えられており、今もマツダの志として皆の心に息づいている。「その象徴をなくすわけにはいかない」そう語る言葉に、ファンも大きくうなずいた。


マツダは2024年に「マルチパスウェイ」を発表した。これは、今後のパワーユニットとプラットフォーム戦略を具体的に示す道筋であり、パワートレイン開発本部長の松江浩太氏からは、社員・販売会社・ユーザー・そして株主といったステークホルダーに対して説明している内容が語られた。
その中で、ロータリーエンジンが明確に今後の選択肢のひとつとして位置付けられていることを説明。ロータリーのメリットや、将来的な車両への応用方法を示すスライドには、明らかにICONIC SPのシルエットが描かれており、参加者の期待感をさらに高めることとなった。

NAロードスターのレストアプログラムや、ロードスター/FC・FDのパーツ復刻などを担当するのが、カスタマーサービス本部アフターセールスビジネス推進部だ。その部長である西岡勝則氏からは、「古いクルマも大切にする」という文化を育てたいという強い想いが語られ、それを実現するための具体的な施策として「クラシックマツダ」があることを紹介。

講演ではNAロードスターの事例を挙げつつ、マツダのロータリー車がいかに廃車にならず残り続けているかを、残存台数と増減率という数字を交えて説明。会場からはその「長寿ぶり」に驚きの声があがった。加えて、FD・FCの現時点での部品供給状況を明示し、「意外にもまだ入手できる部品は少なくない」と述べた。
とはいえ、FDのレストアプログラムに関する実施の難しさや、今後の部品調達における課題についても率直に説明。「できること」「できないこと」、そして何よりもユーザーが納得できるために重要な「できない理由」を包み隠さず伝えたことで、参加者は真剣に耳を傾けていた。

その後のQ&A・意見交換タイムでは、「ロータリーエンジンがロードスターに搭載される可能性は?」といった夢のある質問から、「コスモスポーツ10A用アペックスシールの復刻はないのか?」という切実な要望まで、多岐にわたる意見が飛び交った。
ロードスターとの融合については、「アイデアとして出たことはあるが、企画書に載ったことはない」と回答。その理由としては、「ロードスターの良さ」と「ロータリー車の良さ」は別物であり、マツダとしては2つのスポーツカーという“宝”を別々に維持していきたい、という考えが示された。
アペックスシールに関しては、素材となるカーボンの供給元がすでに生産を終了しており、マツダが素材から製造するのは非常に困難であるという事情が説明された。また、FD用のO2センサーについては、使用されているセンサーのタイプが現在の標準規格とは異なっており、それを製造しているメーカー側でも継続生産が難しくなっているという現状が明かされた。
こうした質問には、クラシックマツダ担当の神辺浩司氏らが丁寧に回答。「なぜ作れないのか」という、ユーザーが抱きがちな一方的な疑問に対し、メーカーとして可能な限りの調査と検討を行っていることが伝えられ、参加者の多くはむしろ納得した様子だった。
もし、ユーザーだけの集まりだったならば、ただの不満の言い合いで終わっていたかもしれない。しかしこのミーティングでは、メーカーと同じ土俵で不安や要望をぶつけ合い、そしてその回答を受け取るという、まさにキャッチボールが成立していた。RE Club Japanの狙いは、まずは成功したと言ってよいだろう。
これら以外にも多岐にわたる質問や意見が飛び交い、時間はあっという間に過ぎたが、事前に集めた「マツダへ聞きたいこと」のアンケート内容はすべてメーカーに伝えられる予定とのことで、参加者からも安心の声が上がった。

意見交換を終えたあと、参加者は会場出口へと続く通路の脇に展示された、R&Dセンターで保存されている歴史的な車両を見学し、それぞれ帰路についた。
これまでにない、ロータリーエンジン搭載車を“安心して長く乗り続けること”を主眼に置いたクラブ、そしてミーティングは、大盛況のうちに幕を閉じた。RE Club Japanでは今後もさまざまなテーマでミーティングや意見交換、勉強会、懇親イベントなどを実施していく予定だという。
ロータリーエンジンという日本独自の技術の火が消えることは、日本の自動車文化の一部が消えることに等しい。ロータリーファンでなくとも、同じクルマ好きとして、これからもその灯を見守っていただきたい。
REPORT:小林和久
