連載

自動車鳥瞰図 by 牧野茂雄

サイバートラックは欧州基準に適合しない

このほど、日本でも公開されたテスラのサイバートラック。ステンレス鋼のボディも話題を醸した。

専門紙オートモーティブ・ニュース・ヨーロッパは今年1月、「サイバートラックは欧州基準に適合しない」との記事を掲載した。筆者もこのステルス戦闘機のような形状を最初に写真で見たときから「日本と欧州では販売できないのでは?」と思い、そんな内容のコラムを書いた。そして、ボディがステンレス鋼製で「防弾効果がある」との前宣伝が事実だとわかって以降は、日欧の歩行者保護要件は満たせないだろうと考えている。

アメリカのFMVSS(Federal Motor Vehicle Safety Standard=連邦自動車安全基準)には歩行者保護の規定がない。その理由は「歩行者や自転車とクルマは分離された道路を使っている」ためだ。FMVSSは「自動車を作る場合はここに書いてあることをすべて満たしなさい」という指示書であり、そのなかで衝突安全性については規定No.201以降、いわゆる「200番台」として明記されている。

200番台規定のなかには「内装品からの乗員保護」「乗員の頭部保護」「運転者とステアリングホイールとの接触防止」「シートベルト」「子供の身体保護」「前面ガラスのゾーンごとの規定」などが細かく書かれている。しかし、歩行者(Pedestrian)との接触事故に関する規定はない。

いっぽう、日本や欧州にはクルマの前端部と歩行者が接触し、歩行者がボンネットフード側に倒れ込んできたときに「頭部に大きなダメージが及ばないようにする」という規定がある。歩行者の頭部がボンネットフードにぶつかったときには、ボンネットフードを凹ませることで衝撃を吸収するとか、ポップアップボンネットのようにボンネットフードを少し持ち上げることでその下にある硬いエンジンにまで頭部が届かないようにするなどの対策が求められている。

また、歩行者の脚部がフロントバンパーで押されたときも、バンパーが凹んだりすることで歩行者へのダメージを和らげるようにしなければならない。こうした安全基準には細かい規定があり、日本と欧州では認定された試験機関での試験結果の提出あるいは当局に現車を提供しての実車試験など、きちんと製造者(輸入者)が安全であることを証明しなければならない。

サイバートラックの場合、果たしてステンレス製ボディが歩行者との接触事故の際に「どう変形し」「どのように歩行者を保護するのか」がわからない。テスラがこの実験を行なったかどうかも定かではない。北米(アメリカ/カナダ/メキシコ)には歩行者保護規定がないから、そもそも試験を行なう必要もない。

カナダにはFMVSSに準じたCMVSS(Canada Motor Vehicle Safety Standard)があり、ここにも歩行者保護要件はない。メキシコはFMVSSをそのまま採用している。したがって北米3カ国ではサイバートラックの販売を行なうことができる。

もうひとつ、サイバートラックのカタチだ。日本には「外部突起」の規定があり「走行時でも静止状態においても直径100mmの球体が接触できる部分」については「外部表面のいかなる突起の部分も2.5 mm以上の曲率半径を有しなければならない」という規定がある。

ここで言う「直径100mmの球体」は、幼児の頭部を想定した大きさだ。その昔、エアスポイラーやリヤウィングをボディに装着することが日本でも認められたときには「ボディ表面に直径130mmの球体を這わせた中に突出物を収めなければならない」という規定があった。直径130mmは「子供の頭部」を想定した大きさだった。

当時の運輸省は「子供がリヤウィングとボディの間の隙間に頭を入れて遊ぶかもしれない」と考えた。だから130mmになった。その後、この規定は廃止になったが、外部突起には100mm球体の要件がある。

ルーフ頂上は運転席/助手席の真上、乗員の頭の位置。ステルス戦闘機F117の側面視に似ている。
ボディ後端のエッジも鋭い。リヤホイールアーチ周囲のリップ形状もなかなか尖っている。

外部突起という考え方は過去、オーバーフェンダーにも適用されてきた。必ずしもボディから唐突に生えている突起物だけが対象ではない。サイバートラックのフロントオーバーフェンダー後端は、外部突起の規定が適用する高さにあり、この部分の先端の「合わせ」部分が曲率2.5mm以上という規定に適合するかどうか、製造公差も含めて嫌疑をかけられる可能性も否定できない。

ステンレス鋼のボディは衝突時にどうなるか?

ボディサイドのキャラクターラインはエッジが立っているが、おそらく日欧の基準でも問題ないだろう。突起物規程は半径2.5mm以下だと違反になるが、日本は車体寸法の届出時に1mm単位は2捨3入で扱う。原則的に5mm以下の精度は「量産では不可能」と考えているためだ。なので、全幅1692mmの場合は1690mmと表記され、1693mmの場合は1695mmになる。しかし、突起物は0.1mm単位で規制している。明らかに矛盾している。

そして何よりも、サイバートラックの場合は接触事故でのボディの振る舞いが物議を醸すだろう。歩行者と車体前端の接触時にうまくボディが凹んでくれれば問題はない。しかし、ボディはステンレス鋼であり、凹んでくれることは期待できそうにない。

さらに、仮にボディ外販が凹んでくれるとしても、その凹み量(頭部衝撃値に換算)がどのような試験値になるか。そして、歩行者との接触が十分に考えられるボディ全周に「尖ったような形状のものがある」と国交省が判断した場合、解釈はどうなるだろうか。

外部突起の規定は、たとえばオーナメントにも適用される。クルマのエンブレム類には「支持部から10 mmを超えて突き出しているものは、それらが取り付けられている表面に対してほぼ平行な平面上のいかなる方向においても、最も突出した点に10 daNの力を加えた時、引っ込むか、外れるか、折れ曲がるものとする(原文)」との規定がある(daNは許容荷重の単位で「デカニュートン」)。

また、以前のロールスロイスやジャガーなどラジエーターグリル上にオーナメントがある場合は「外向きに先端の尖った、あるいは鋭い部分がないもの」「衝突時にその外部表面に衝突または接触する者が負傷する危険性や、その負傷の程度を増す恐れのある形状、寸法、方向、硬さを有するいかなる突起物も存在しないもの(原文)」などの規定がある。

これらの規定は、日本と欧州がUN-ECE(国連欧州経済委員会)内の自動車基準認証分科会で話し合って決めたものであり「UN-ECE規定」と呼ばれる一連の基準認証集の中に明記されている。しかし、アメリカはこの規定そのものを批准していない。

アメリカでも歩行者と自動車の交通事故死者数が2009年から増加に転じ、これを重く見たNHTSA(National Highway Traffic Safety Administration=国家道路安全局)は歩行者保護規定の追加を考え、原案を提示してパブリックコメントを募集した。しかし、このときの案は廃案になり、2022年にあらためて修正案が公開されたが、まだ議論は始まっていない。

もし、アメリカで歩行者保護要件の必要性を主張する団体が登場するとすれば、それは保険業者の団体であるIIHS(Insurance Institute for Highway Safety=道路安全のための保険協会)だろう。近年、アメリカで新たな衝突安全基準が生まれている背景は、ほぼすべてがIIHSの提案だ。保険金の支払いを抑えたい。だから衝突安全基準を厳しくさせる。こういう理論でIIHSは攻めてくる。

現時点では、日本でサイバートラックを販売できるかどうかはなんとも言えない

現時点では、日本でサイバートラックを販売できるかどうかはなんとも言えない。「道路運送車両の保安基準」に明記されていることは、ほんの概要だけであり、細かいことは施行規則、運用規則などに委ねられ、その解釈は必ずしもひとつではない。どうしても判断が難しいときは、明文化されない行政指導という行政の権限に委ねられる。

日本では、国土交通省に「こういうクルマを製造(または輸入)し、販売します」という届け出を必要書類とともに提出し、場合によっては現車を提出し、車両審査を行なってもらう(当然有料)。「はい、OKですよ」という「お墨付き」が型式認定、型式指定、PHP(少数台数輸入制度)認定などになる。これが事前認証である。

アメリカは世界的に珍しい事後認証だ。世の中で販売されているクルマは「FMVSSに書かれていることをすべて満たしている」ということが前提なので、NHTSAやDOT(Department of Transportation=運輸省)にあらためて届出を行なう必要はない。ただし、当局は市場から無作為でクルマを抜き取り、所定の試験を行なう。そこで何も問題がなければそのまま販売を続けることが許される。これが事後認証である。

NHTSAがすでにサイバートラックを購入し、試験を行なっているかどうかはわからない。違反がなければ何も公表されない。FMVSSへの適合が疑わしい場合はメーカー(または輸入元)の担当者を呼び、質問を浴びせる。本当に違反していた場合は公表され、製造・販売の停止命令が出され、厳しい罰金が課せられる。

外部突起や歩行者保護について、このコラムでは詳細に解説していないが、規定内容は非常に細かい。興味のある方はウェブ検索していただきたい。正確なのは当然、国土交通省の書類だが、霞ヶ関作文なので中身がわかりにくい。

それはさて置き、なぜ細かく規定されているのかといえば、「ここに書かれていること以外は責任の範囲外です」ということを明確にするためだ。しかし、物事には想定外がある。判断が難しい場合、日本では行政指導で決着する。

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