映画の世界観を見事に表現した「バットモービル」の誕生
1989年版バットモービルは、映画の特殊効果スーパーバイザーであるテリー・オークランド・スノー氏の指揮のもと、プロダクションデザイナーのアントン・フォスト氏との協力により生み出された。フォスト氏がゴシックとアールデコを融合させた「ゴッサムシティ」の全体デザインを担当する中で、その世界観に完璧に溶け込むバットモービルのデザインが追求された。
初期デザインでは、ジャガーEタイプやコルベット・スティングレイなどのスポーツカーからインスピレーションを得つつも、フォスト氏は「1930年代のロールスロイスが戦車と交わった」ような独自のビジョンを持っていたと言われている。最終的なデザインに至るまでには数十種類のコンセプトスケッチが描かれ、複数の小型モデルが製作された。
完成したバットモービルは、全長約6.2メートル、幅約2.1メートルという巨大なサイズを誇り、特徴的なバットウィング型のフィンや、ジェットエンジンを思わせる中央吸気口など、それまでの映画車両にはなかった独創的なスタイリングが施された。
見た目は迫力満点、ただし最高速度は50km/h程度…
バットモービルの製作で驚くべきは、見た目の迫力と実際の性能のギャップだ。映画では猛スピードで疾走するシーンがあるものの、車両の巨大な重量と特殊な構造による制限があり、実際の最高速度は時速約40km/h〜48km/h程度だった。高速シーンは巧妙な撮影技術と編集によって制作されていたのだ。
車両のベースとなったのは特殊なカスタムシャーシで、それをもとに独自の車体が構築された。エンジンの詳細は複数の説があり、確定的な情報は公開されていないが、当時の資料によれば相応のパワーがあったものの、重量と安全性の制約から実際の走行性能は限られていた。
映画で見られる特殊機能も一部は実際に機能する形で実装された。バットモービルの特徴である炎を吹く排気口は、制御されたプロパンガスを使用した特殊効果で実現されていた。
映画用に製作されたバットモービルの台数は諸説あるが、主要な撮影用、スタント用を含め複数台が存在したことは確かだ。各車両は用途によって微妙に仕様が異なり、撮影シーンに応じて使い分けられた。実際の市街地での撮影では、安全性を最優先に設計された車両が使用されようだ。
巨額の制作費がもたらした視覚的インパクト

約200万ドル(当時の価値で約2億8000万円)という制作費は、当時の映画車両としては破格の金額だった。この投資の多くは、バットモービルの独特な外観を実現するための特殊な製作技術と材料に費やされた。
ボディワークは複雑な曲線を持つファイバーグラス製で、その製作には高度な技術と熟練の職人技が必要だった。表面の黒く艶やかな塗装も特殊なもので、カメラの前で完璧に映えるよう何度も調整が重ねられた。内装もバットマンの世界観に合わせた未来的なコクピットとして細部まで作り込まれていた。
さらに、映画撮影でのカメラアングルや照明効果を最大限に活かすための細部へのこだわりも、高額な制作費の要因となった。バットウィング型のフィンや、「バットマン」のロゴを連想させるコクピットの形状など、象徴的なデザイン要素の実現には特殊な金型や製作技術が必要だった。
また、全てのギミックを実装しながらも実際に走行させるための技術的挑戦も大きく、安全性と外観の両立を図るための技術的な試行錯誤が重ねられた。予算の大部分は、このような「映画でしか見られない」独特の車を現実の世界に作り出すための探求に費やされたのだ。
映画・カルチャー史に刻まれた不朽の名車
1989年版バットモービルは、巨額の予算をかけて世界観の作り込みにこだわったこともあり、その後の映画史において最も記憶に残る車の一つとなった。独特なデザインと存在感は、その後の「バットマン・リターンズ(1992年)」でも引き続き使用され、後のバットマンシリーズに登場する様々なバージョンのバットモービルにも大きな影響を与えた。
現在、オリジナルのバットモービルはワーナー・ブラザースのスタジオツアーで展示されているほか、レプリカが世界各地の映画博物館やプライベートコレクションに収蔵されている。また、オークションでは本物のプロップカーが数億円の価格で取引されることもある。
製作から30年以上経った今でも、このバットモービルは多くのファンから「最も象徴的なバットモービル」として愛され続けている。ティム・バートン版バットマンの暗く幻想的な世界観を体現したこの車は、単なる乗り物を超えて、キャラクターと作品のアイコンとして映画史に大きな足跡を残したのだ。
