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川島礼二郎の海外技術情報

 ドイツ連邦経済エネルギー省は、2030年にはドイツ国内で約655テラワット時間の電気エネルギーを消費すると予測している。これは2021年現在と比較して約20パーセント増である。社会全体のエネルギー需要が継続的に増加していることは明らかだ。従って、急成長しているEV部門では、バッテリー製造に投入するエネルギーを削減して、また可能な限り費用効果が高く、環境に優しいバッテリーを設計する新手法を模索している。

 ここで紹介するDRYtraecは、ドレスデンにあるフラウンホーファーIWSの学際的研究チームによって開発された、バッテリー電極製造に焦点を当てたソリューションだ。バッテリーの重要なコンポーネントである電極は、通常、薄いコーティングが施された金属箔で構成されている。このコーティングには、エネルギーの貯蔵に関与する有効成分が含まれている。

 フラウンホーファーIWSの化学コーティング技術のグループマネージャーであるベンジャミン・シュム博士は説明した。
「従来のコーティングプロセスでは、湿式化学法を用いてスラリーを適用しています。活性物質、導電性カーボン、バインダーを溶剤に混ぜてペーストを作り、金属箔に塗布してウェットコーティングを形成します。その後、溶媒を確実に蒸発させるために、非常に長い乾燥トラックを備えた、非常に大きな機械設備が必要となります。ところが私達が開発したDRYtraecでは、より効率的な形に、このプロセスを改変することができます」

特殊なバインダーとせん断力

回転の速いローラーの上に微細なコーティング膜が形成される。

 新しいコーティングプロセスDRYtraecでは、基本的には既存のスラリーと同じ原材料を使用する。ただし、フラウンホーファーIWSが開発されたドライコーティング技術は、溶剤なしで機能する。そして特殊なバインダーを使用する。材料はカレンダーギャップ(反対方向に回転する2つのローラー間のギャップ)に供給される乾燥した混合物を形成する。ここで重要なのは、ローラーの1つが、もう一方より速く回転している必要がある、ということ。これによりせん断力が発生して、バインダーがフィブリルと呼ばれる糸のようなネットワークを形成する。これにより材料は機械的に粒子を埋め込んだ蜘蛛の巣のようになる。圧力と移動とにより、高速回転するローラー上に微細な膜が形成される。そしてこのフィルムは、2番目のカレンダーギャップで集電体フォイルに転写される。これで大幅な追加作業なしに、両面を同時にコーティングできる。

化学と製造工学の融合

DRYtraecでは長い乾燥トラックを必要としないため、従来のバッテリー電極製造システムよりもスペース効率が高い。

 従ってDRYtraecは、既存の電極用コーティングプロセスと比較して、環境負荷の低減とコスト削減という、大きな利点がある。この新しいドライコーティング技術は、製造プロセスから有毒な溶剤と、長くてエネルギーを大量に消費する乾燥機を取り除くことができる。これは環境に利益をもたらす。また、生産を加速し、従来のソリューションの機器スペースの3分の1しか必要としないため、さまざまな方法でコストを節約できる。シュム博士によると、DRYtraecの成功は、フラウンホーファーIWS研究チームが有する専門知識の多様性が導いたものである。化学のバックグラウンドを持つスタッフが最適な粉末混合物に取り組んだが、別の製造工学の専門家は、ドライフィルムが安定性を維持する装置の開発に貢献した、という具合だ。

自動車メーカーが導入を検討している

 DRYtraecシステムのプロトタイプは、「DryProTex」資金調達プロジェクトの一環として実行された。このプロジェクトは、電池の種類に関係なく、電極を継続的に製造できることを実証した。この技術は、特定の電池の化学的性質に限定されない。リチウムイオン電池でも、リチウム硫黄電池やナトリウムイオン電池でも、このDRYtraecシステムを使用できる。そして全固体電池への適用も検討されている。

 そして早くも産業界が、この新しい電極製造プロセスに大きな関心を示している。既に幾つかの自動車メーカーとバッテリーメーカーが、パイロットシステムを構築するために協議に入った。フラウンホーファーIWSの研究者は電極の製造にとどまらず、バッテリーセルの開発プロセスチェーンを調べるために、他の多くの研究プロジェクトに従事している。バッテリーの未来を形作るうえで、重要な役割を果たしていると言えよう。

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