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スズキ・GSX-8S……¥1,067,000(2023年3月24日発売)
モードによって性格豹変、トラコンの介入はナチュラルだ
今から7年前の2016年2月、ヤマハからMT-07/Aがリリースされた。その前月にホンダ・NC750Sを新車で購入したばかりの私にとって、これはあまりにも酷な出来事だった。MT-07もNC750Sも、エンジンは水冷並列2気筒で270度位相クランクを採用するが、快活に吹け上がるフィーリングなど味わいにおいては圧倒的にヤマハが上だった。またハンドリングについても、NC750Sはスクータータイプのインテグラと車体を共有している関係上、安定指向が非常に強いのに対し、MT-07は軽快かつ旋回力が高く、ワインディングロードを無心で楽しむことができた。
そんなミドルクラスの傑作、MT-07のライバルになりそうなモデルがスズキから誕生した。このGSX-8S、ショートストロークの775cc水冷並列2気筒エンジンは完全な新作で、270度位相クランクの1次振動と偶力振動をキャンセルする世界初のスズキクロスバランサーを採用。最高出力は80psで、KTM・790デュークの105ps(799cc水冷並列2気筒)や、トライアンフ・ストリートトリプル765Rの120ps(765cc水冷並列3気筒)、ホンダ・CBR650Rの95ps(648cc水冷並列4気筒)らと比べると、無理にパワーを絞り出している雰囲気ではない。
SDMS(スズキドライブモードセレクター)と呼ばれる走行モードの切り替えは、A(アクティブ)/B(ベーシック)/C(コンフォート)の3種類。いずれも最高出力は変わらず、出力フィーリングで差別化を図っている。また、STCS(スズキトラクションコントロールシステム)は、介入度の低い方からモード1/2/3と切り替えることができ、介入自体をカットできる「オフ」も用意されている。
その他、変速時のスロットルやクラッチ操作を不要とする双方向クイックシフトシステムや、セルスイッチをワンプッシュするだけでエンジン始動が可能なスズキイージースタートシステム、発進時やUターンなどエンジン回転の落ち込みをサポートするローRPMアシストなどを採用。電子制御系に関しては非常に充実しており、トラコンすらないMT-07とは対照的だ。
まずはBモード/トラコン2でスタートする。車重は200kgをわずかにオーバーするが、それを感じさせないほど低回転域から力があり、3,000~4,000rpmでポンポンとシフトアップできてしまう。スロットルを戻したときのエンブレがやや強めに発生するが、これは12.8:1という高圧縮比の影響が大きいだろう。付け加えると、この高圧縮比によりガソリンは無鉛プレミアム(ハイオク)指定となっている。
レッドゾーンは9,750rpmからで、スロットルを大きく開ければそこへ向かって突進するように加速する。そのパワー感たるや80psとは思えないほど力強く、73psを公称するMT-07が霞んでしまう。そして、Aモードに切り替えるとレスポンスがさらに俊敏になり、ドライ路面の峠道でもたまにトラコンの介入を知らせるインジケーターが高速で点滅する。ちなみにCモードはエンジンの回転上昇こそ穏やかになるが、スロットルの動きに対する反応はAやBモードと同様に常に一定であり、確かにコンフォートという表現がしっくりくる。電子制御スロットルのセッティングが優秀な証拠であり、介入を感じさせないトラコンも含め、パフォーマンスを最適化するという最新のS.I.R.S.(スズキインテリジェントライドシステム)の優秀さを実感することができた。
スズキクロスバランサーを採用した効果なのか、この新作エンジンは270度位相クランクに共通する強い蹴り出し感はあるものの、振動は全域において極めて少なく、スムーズに回転が上昇する。その滑らかさは並列3気筒や4気筒とも異なるフィーリングで、今時の表現を用いるなら「脳がバグる」だろうか。
ライダー主導のハンドリング、その先にツアラーの影が見える
続いてはハンドリングだ。走り出してすぐに感じるのは、サスペンションの作動が上質であること。動き始めからダンピングがしっとりと効いており、専用設計の標準装着タイヤ(ダンロップ・スポーツマックスロードスポーツ2)と合わせて乗り心地がいい。
30~40km/hで軽くスラロームしてみる。舵角の付き方は穏やかで、なおかつ前後タイヤからの接地感が高く、バンク角主体で旋回するイメージだ。ネイキッドの中でもストリートファイターと呼ばれるジャンルは、倒し込みや切り返しの軽快感を演出しつつ、フロントからクイックに向きを変えるモデルが多いが、GSX-8Sはそれとは対照的で、誰もが扱いやすい王道ネイキッドのニュートラルなハンドリングを有している。
この印象はワインディングロードでも変わらない。速度域の高低にかかわらず深いバンク角に至るまでの手応えが一定で、倒し込んだ分だけスムーズに向きを変える。ブレーキングで発生する車体のピッチングはナチュラルで、倒立フォークを含むフロント周りの剛性の高さもあり、狙ったラインを的確にトレースできる。アグレッシブなスタイリングと、A/Bモードでのエンジンのパワフルさにより、何となくヤンチャなイメージを持ってしまいそうだが、車体にはまだまだ余裕があり、ライダーの少々乱暴な操作も許容してしまう、そんなイメージだ。
そして、タイトなコーナーが続く峠道で感じたのは、もしかするとホイールベースが長いのでは? ということだ。曲がらないというと語弊があるが、ミドルクラスのネイキッドなのに旋回力はリッタークラスに近いと感じたからだ。試乗後に調べたところ、ホイールベースはMT-07よりも65mm、トレールは14mmも長かった。付け加えるとGSX-S1000よりもホイールベースは5mm、トレールは4mm長いのだ。
これはメインフレームをVストローム800DEと供用している影響もあるだろうが、それ以上にGSX-8Sから伝わってきたのはツアラーとしてのポテンシャルの高さだ。GSX-S1000がそうであったように、近い将来「GT」バージョンが出てきてもおかしくない、いや、出てほしいと願う今日この頃だ。
なお、ブレーキは前後とも入力初期から非常にコントローラブルで、街中でもワインディングロードでも特に不満は感じなかった。付け加えると、側方に張り出したシュラウドは下半身のウインドプロテクションに役立っており、純正アクセサリーのメーターバイザー(1万3750円)などを追加すればロングツーリングでの疲労をさらに軽減できそうだ。
GSX-8Sは、MT-07とはだいぶ性格を異にするマシンであり、価格差が25万円もあることから、どちらかで迷う人は少ないのではないだろうか。エンジンにも足周りにも上質さを感じられるのがGSX-8Sであり、KTM・790デュークやトライアンフ・ストリートトリプル765Rに対抗できる秀作だ。