スポーツバイクに乗るライダーの中には「サーキットを走ってみたい」と思う人が多いのではないだろうか。最近はツーリング装備で走れるクラスを設定したり、革ツナギのレンタルを行うなどビギナーでも参加しやすいサーキット走行会が数多く開催されている。そのためサーキットを走ることへのハードルが低くなってきている。
そこでサーキットを全開で走る楽しみを知ると、今度は華やかでカッコいい「レースの世界」にも興味を惹かれる。
しかしレース出場となると、走行会とは話が変わってくる。レース用にチューンナップされたバイクやスペアパーツ、レギュレーションに適合したライディングギア(ヘルメット、革ツナギ、グローブ、ブーツ、プロテクターなど)を購入し、それらをまとめて積載できるトランスポーターを用意。さらに競技ライセンスやサーキットライセンスを取得する必要も。ミニバイクやワンメイクなど出場するレースの種類にもよるが、ある程度の初期投資が必要な上に練習走行代やタイヤ、オイルなどの消耗品代といったランニングコストもかかってくる。自分で整備するなど工夫すれば抑えられる部分もあるけれど、それでも “誰でも気軽にできる趣味” とは言い難い面があるのは事実だ。
でもせっかくバイクに乗っているのだから、一度くらいはレースに出てみたい。
レースへの憧れはバイクに乗りはじめたばかりのビギナーのみならず、長くバイクに乗っているベテラン勢であっても持っている夢のひとつではないだろうか。
それを仲間と叶えることができるのが「Let’sレン耐!(以下レン耐)」だ。
レン耐とは主催者が用意したレンタルバイク(グロムやエイプ、モンキー125などの原付二種)による参加型の耐久レース。ヘルメットや革ツナギ、グローブ、ブーツといったライディングギア(革ツナギとブーツはレンタルあり)と小型二輪以上の免許、それとレースで適用される保険(なければ3,000円/年で入ることも可能)があれば参加できる。
メチャメチャ参加しやすい、サーキットビギナー大歓迎の耐久レースなのだ。
主催者は元世界GPライダーの青木拓磨さん。
1974年生まれの青木拓磨さんは、1990年代に青木三兄弟の次男としてロードレース界で大活躍。1997年には世界グランプリの最高峰クラスだったGP500にレプソル・ホンダから参戦し、数々の好成績を残した。
しかし1998年、テスト走行中の不幸なアクシデントにより脊髄損傷、下半身不随になってしまう。ところがモータースポーツへの情熱は消えず、補助運転装置を付けたクルマで海外ラリーやGTなど数々のレースに参戦。2021年もル・マン24時間耐久レースに出場し、完走するなど今も現役で走り続けているプロレーサーだ。
モータースポーツに情熱を注ぎ、ビッグレースに参戦する一方でミニバイクを使った「レン耐」を主催している。その想いはどこにあるのか、話を聞いてみた。
―今年で17年目となるレン耐。始めるキッカケはなんだったんでしょうか?
「1998年にケガをして車いす生活になってしまったんですが、翌年にHRCの助監督としてサーキットに戻りました。その時に仲間と一緒にレースをやっていけることに生きがいを感じたんです。同時期に一般のユーザー向けにサーキットでイベントができないかなと考えました。多くの人にサーキットを走る楽しさを伝えたかったんです。そこでCBRサーキットチャレンジというイベントをやってみた。すると全国のサーキットに人がたくさん集まってくれるんですよ。そこで『サーキットを走りたい』という潜在的な要望が非常に多くあることに気付いたんです。ちょうどそのころはバイク人口が減っていた時期で、車両が売れずサーキットは人が来ないと嘆いていた。でも世の中にはサーキットを走りたい人がたくさんいる。そこがうまく噛み合えば次のステップに繋がるんじゃないかと思ったんです」
―レンタルバイクでレースをやるという発想はどこから来たんですか?
「4輪にはレンタルカートがあってマシンを持っていなくても気軽にコースを走ることができる。ならば同じようにバイクもレーサーのレンタルを用意すれば人が集まるんじゃないかなって。でも4輪と違ってバイクでサーキットを走るには車両のほかに革ツナギやレーシングブーツなど高価な装備が必要になる。それもサーキットを遠い存在にしている要因のひとつだと思うんですよね。そこで僕と関わりが深いRSタイチさんやアルパインスターズさんに話をし、協力してもらうことでレンタルが実現したんです」
青木拓磨さんはユーザーとサーキットの間にある原因をひとつひとつ考え、それをどうすれば解消できるか考えて行動。
バイクのレースをできるだけ身近な存在にしようと考えたのだ。
―ではレン耐が始まったときから参加者は多かったんでしょうか。
「とんでもない、最初の頃は参加台数が5台なんてこともあって大赤字でしたよ(笑)。最近は認知度が上がってきたので参加者も増えてきましたけど、自分としてはまだ足りないと思っています。今年は東日本と西日本にわけて全38戦開催していますが、今の体制では限界かな。もっと多くの人に知ってもらい、参加して欲しいと思っているんですけどね」
とはいえ17年の歴史によって確固たる地位を確立しつつあるレン耐。昨年は2,500人以上が参加し、トータルでは2万人を超えているというからスゴイ。参加者の中には芸能人や著名人などもいて、レースの様子をYouTubeで配信している人も。そんなメディアの力もあって浸透してきているイベントなのである。
―レン耐の根底にあるものはなんでしょうか?
「ビギナーからベテランまで、できるだけ多くの人に参加してもらい “バイクってこういう楽しみ方もあるんだ” ってことを感じてもらいたいんですよね。そのためには初参加の人や女性でも楽しめなければいけない。だから女性ライダーにはビブスを着けてもらい、もし彼女たちを怖がらせるような抜き方をしたら重いペナルティを課すという特別ルールを作ったり、途中に順位が入れ替わるようなゲームを挟んだり、アクセル全開だと最後まで走りきれないだけのガソリン量に設定してあったりする。また転倒したらペナルティで5,000円払わないとピットアウトできないというルールはレンタルバイクが雑に扱われることを防ぐのと同時に、必要以上にヒートアップしないよう抑制する効果もあります。レン耐は速ければ勝てるのではなく、誰もが勝てる可能性があるミニバイクを使った運動会だと思ってください」
ほぼノーマルの車体にハイグリップすぎないタイヤ。個体差こそあれ、基本はイコールコンディションだ。それにゲームなどの不確定要素が加わるのだから、どのチームが勝つのか予想がつかない。だから特別速いライダーがいるわけではないチームが表彰台に立つなんてことも珍しくない。
ところが時にはその特別ルールに納得がいかないという速いライダーも現れる。
「そんな人はぜひ全国各地で行なわれているレースに自分のマシンで参加して、思い切りバトルを楽しんでください」と笑顔で言う青木拓磨さん。
レン耐はあくまでも “誰もが楽しめる世界” であり続けるのだ。
―レン耐に参加することで得られるものってなんでしょうか?
「抜きつ抜かれつというレースを体験すると、ツーリングとは違う世界が見えると思うんですよ。そうするとMotoGPや鈴鹿8時間耐久レースを走っているトップクラスのライダーたちってすごいなーって思えると同時に、その世界が少し身近に感じられるようになるんです」
グロムだと最高速は100km/hくらい。しかしグロムでのレースは300km/hオーバーで競うMotoGPとかけ離れている訳ではないという。
「どちらの世界も緊迫感あふれるせめぎ合いがあって、優劣は付けられない。僕はル・マンなどでは時速300km/hの世界でレースをしてるけど、今日、あらためてグロムに乗って走ったけどメチャメチャ楽しいって思えるもん」
青木拓磨さんは特別にカスタムされたグロムに乗り、参加者に混じってサーキットを走ることもあるのだ。
「みんながスポーツマンシップに則っていれば、経験値や速度域に関係なくモータースポーツは楽しめるんですよ」
世界を舞台に数々のビッグレースを走ってきた人の言葉だけに説得力がある。
レン耐でレースデビューしたことがキッカケとなって自分のレーシングマシンを買い、他のレースに出るようになった人がいる。レン耐に出続けて自分のスキルを磨く人もいる。レースに出続けるために新しいヘルメットや革ツナギなどの装備を買う人もいる。
サーキットビギナーからベテランまで多くの人が気軽に参加できる「レン耐」は、ユーザーが「何かをしたい」という気持ちに火を付けてくれる競技なのだ。
Let’s レン耐:http://rentai.takuma-gp.com