ホンダのデザイン戦略についてデザイントップの南俊叙デザインセンター長に聞く

[デザイントップインタビュー_シリーズ -1.0 ]
今回から新たにスタートする「デザイントップインタビュー」。自動車製造各社のデザイン部門のトップに自社のデザインに対するお考えをお聞きします。
まず第1回は本田技術研究所常務取締役デザインセンター長の南俊叙さん。インタビューの1.0としてこれからのホンダデザインについてお聞きしました。
また新築のデザインセンターの現場を紹介していただき、今年の年初に発表されたHONDA 0シリーズ SALOON / SPACE_HUB のスタイリングデザインについてもお話をお聞きしましたがそれらは引き続き1.1、1.2、1.3に続きます。
TEXT : 難波 治 PHOTO : 山上博也、Moorfan

いよいよ開始。デザイントップインタビュー

ジリジリと暑い日差しの照りつける夏の午後、私たちは埼玉県和光市の本田技術研究所内に新築されたホンダデザインセンターに於いて常務取締役デザインセンター長の南俊叙氏のインタビューを行なった。インタビューの場所は新築の匂いの残る建屋のプレゼンテーションルームであるが、この部屋がどこに位置しているかを明らかにするのは避けたい。デザイン部門は厳重な最高機密管理部門であり、我々が自由にできたのはエントランスのウェルカムフロアだけである。

インタビューの場にはHONDA 0シリーズSALOONとSPACE-HUBのコンセプトモデルが置かれ、まず最初にCESショーでお披露目したHONDA 0シリーズのムービーを見せていただきながらインタビューは始まった。

実物大でデザインを確認することが可能な巨大なモニターの前でインタビューは始まった。             
PHOTO:山上博也

難波(CS編集長):私自身が長く自動車会社のデザイン組織に在籍し、デザインの部門長も務めていたので、企業の中のデザインの組織はどうあるべきなのかと常に考え、また欧米の自動車会社のデザイン部門に対して日本ではその位置付けが異なると思い続けてきたこともあり、まず初めにホンダという会社のなかでのデザイン部門の存在についてお聞きしたいです。

南俊叙デザインセンター長(以下 南氏):当社も多少事業によって違うところがあるんですが、僕は四輪で生きてきた人間ですし、四輪にフォーカスしてお話しすると、ホンダのデザイン部門は先人たちの思いが凄く込められてると感じています。
究極で言うと、この会社を作った本田宗一郎さんがデザイン好きだったんです。多分昭和の初期の時代であそこまでデザインにこだわりを持っていた経営者ってなかなかいなかったと僕は思っています。そこがあったから、デザインが何をしているのかを経営のトップが気にしていたというところが大きいです。
経営とか、会社の立ち位置とかでデザイン部門の役割は多少変わったり、求められるところが違うと思うのですが、ホンダのデザイナーはそういう意味でとても恵まれてると思ってます。
宗一郎さんとは僕もそんなに一緒に仕事したわけではありません。お会いした、お見かけしたのは、もう会社を引退されてから。でもデザイン室にお越しになられた時、僕が新人の頃、粘土なんか捏ねてた頃なんですけど、その頃に宗一郎さんにお会いしてたんですが、そこでももう明るく元気に声かけてくださるような方で、とにかく人と違うものを作りたいっていう思いが強いのかなというのが、その言葉、言葉の端々によく感じられました。だから、世界一とか世界初っていう言葉が大好きな創業者でしたよね。

難波:本田宗一郎さんがデザイン大好きだったというのは外部の私も耳にしていました。常にデザインのクレイルームに来て、「何やってんだ」みたいなことを言って帰るというような話を聞いていたのですが、それはデザインが好きというよりも、彼のいつも判断してる基準というのは「らしいかどうか」っていうところ、 「ホンダらしさ」みたいなところにあるのかなと思うのですが、いかがでしょうか。

南氏:僕が思うホンダらしさっていうのは、今おっしゃってたようなところが、それがホンダらしさだなと思います。
誰も、決められたものはなくて、自分で創っていく。ですから「昔を大事にしないんですか」っていう人もいるだろうけど、新しいものを作るために昔を超えていくという感覚。
例えば上司から何か言われてもあまり聞かないこともありました。普通、上司の言うことを聞かないなんて、会社じゃありえないじゃないですか。でも聞かないのを放っておいてくれるんです。それでできたものが良ければ、ほっといてもいいかってなる。いろんな部署でも設計でもそうですけど、仮に口ごたえしたとしても結果として凄いいいものを作ったら許されちゃうっていうところがホンダなんです。

そういう会社で育ったからどこもそうかなと思ったんですけど、他の会社の方と付き合い始めたら、違う。うちの会社異常だなと思いました。
そうは言っても、もちろん言われたことをやらなくて他のことをやってたら怒られます。でも言われたことをやって時間が余ったら、自分はこんな仕事やりたいんだってやってるのを見て見ぬふりをしてくれるようなことが結構許されていました。
本質的には結局みんな、どうやってお客さんを喜ばすんだっていうとこしか考えてない。だから根っこのところは同じなんです。だけどそのやり方が違うだけなんですね。
「こんなんで本当に喜ぶのか」とかいう侃侃諤諤(カンカンガクガク)が、当然年代によっても違いますしね。それを自由活達にやれたし、やってるのを見過ごしてくれる文化がホンダらしさなのかなと僕はすごく思います。
それは今でもありがたかったなと思うし、僕もそうしてるところはあります。そうして、そこから名車も結構生まれてきているのを見てると、その「自由な文化」、それが古い時代の日本の会社としてはやっぱり珍しかったんじゃないのかなと思います。

本田技術研究所常務取締役デザインセンター長 南俊叙氏                   
PHOTO : 山上博也

デザイン部門の位置付け

難波:となるとデザイン部門は商品開発のかなり最初の段階から参加しているのですか?

南氏:昨今は多少会社が大きくなってきて変わってきていますが、ホンダのもの作りの特徴にLPL*というものがあるのですが、そのLPLというのは、開発責任者であり、デベロップメントの親分、その機種を任された人なんですが、 もう正直言うと好き勝手やってたっていうのが昔の時代で、今の時代ではあり得ないくらいで、社長より偉そうにしていた人たちがいっぱいいました。

*LPL = Large Project Leader

そういう人と最初にデザインが組みます。で、まずはクルマとか地域を色々見たりしながら、LPLとそのデザイナーが一緒に世界を回って、お客様がどういう人で、次の時代はこうで、やるならこうだとか、もの凄い侃侃諤諤(カンカンガクガク)してコンセプトを作って、どういうお客さんにどういう価値を与えるんだっていうところをすごく話し合って。それって別にうちがやらなくても他の会社でもできますよ!ねとか。
その最初の企画っていうのを、LPLとデザインが作っていたというのがホンダの4輪の特徴ですね。僕なんかも新米のペーペーの時でさえ、LPLと一緒に世界を回りました。
僕は結構モノ作ったりとか絵を描くのが好きだったから、もっと絵が描けると思って会社に入ったら、絵を描くより他の仕事が多くて、 それはもう最初はびっくりしましたよね。絵を描く時間は少なかったです、逆に。

難波 : デザイン部門はどこかの部門の下に属していたのではないのですね?

南氏:4輪はないですね。昔は開発部門が全部分かれてたんですが、今、技術は2つになっていて、新しいことをやる技術部隊は本田技術研究所にいて、 既存の車を設計する部隊が本田技研工業の方にいます。デザインは今、研究所の方に残ってるんです。それは、僕の意思として、やっぱりデザインは新しいものの技術も知らなきゃいけないですし。昨今は機械工学だけじゃなくて、科学に代わってる部分も多くなっています。例えば汎用部門のデザインとかは設計の下についてたんですが、デザインセンターに戻しました。

難波 : どうしてそれは戻さなきゃいけないと思ったのでしょうか。どこか別部門にぶら下がっているデザイン組織ではだめなんですか?

南氏:それでもうまくいくこともあると思うんですが、僕が一番大事にしているのは、デザイナーのキャリアをうまく向上していく上で、 本当にデザインの何が問題で売れなかったか、失敗したかっていうのは、僕はプロじゃないとわからないと思ってるんです。例えば、これはいいデザインだったけど商品として価格設定をミスしたとか、デザインは良いけれど走りに課題があったからとか。これだけ安い素材使ったらいいデザインだってこうなってしまうとか。デザイン以外の要素も存在します。デザインのプロが見出さないと「売れなかった」意味がわからない。そうでないと「デザインがダメだったから」というひと言で片付けられちゃうんですよ。 一所懸命やった人たちがそれで判断されていくのは、僕はデザイナーたちの成長を止めると思っているので、デザイナーがちゃんと成長していくためには、デザイナーの仕事はちゃんと見極めてあげないと、信頼関係も生まれないし成長もしていかないと思っていて、そこが一番大きいですね。

難波 : 最近は日本でもデザインの部門が独立している会社が増えてきました。それでもまだボードメンバークラスの役員はほとんどいません。欧米韓中では実はずっと以前から当たり前に経営陣にデザイナーがいるんですけど、日本の製造メーカーはデザイナーを経営層に活用しなかったし、そもそもデザイン部門というものをなぜか設計の下につけるか、商品企画の下につくか、どちらかにぶら下げておく傾向がほとんどでした。確かに南さんがおっしゃったようにいいところもあるんだけど、デザイン部門としてスタイリングは経営戦略そのものだという考えがないのはおかしいですよね。だってスタイリングの落とし込みは会社の戦略と切り離せないものだし、さらに責任を持って開発スタートや最終決断できないと課題が出るでしょうし、ヘタをすると上着だけ着させられるような仕事の仕方も出てくるわけです。今の南さんの話を聞くとホンダは最初からスタンスが全然違う感じがしました。

南氏:途中で変わった例で言うと、うちは今は社長はデザインに関わらないんです。それもモビリティメーカーとしては非常に珍しいと思います。社長決裁会みたいなのは以前はあったんですが今はなくなりました。それについては以前トップの方々に呼ばれて、もうデザインはデザインのプロに任せようというので、今デザインの決済権は、ホンダデザインはこれでいきますっていうのは僕が持っています。多分これはすごく重いことで、なかなか他の会社でもできていないし、当然責任もすごく感じています。だから僕は逆に、泥棒と警察が一緒にならないように現場からなるべく距離を置いてるところもあります。

難波 : なるほどそれはよくわかります。

南氏:デザイナーとの間で大きなところの意思疎通は取るんですけれど、僕もデザイナーなんで、デザインについて言いたくなるような時もたまにあるし、よっぽど気になった時は言うこともあるんですけど、なるべくそれをしないように、ちゃんと分けながらやってます。本当に世の中の求めているのはこうですか?、時代が動いてるけどこれで大丈夫か?、とかそういうところが自分の仕事かなと思っています。
だけどここまでデザインを信頼して任せてくれてる会社というのは、なかなか日本の会社では少ないのかなと、自負してるところはあります。

難波 : そうですね。私ももう長いこと日本の自動車業界にいますけど、そこまでデザイナーの受け持ち領域を理解している経営の方は多くないんじゃないかなと思っています。

南氏:そうですね。
例えばさっきご覧いただいたムービーとか、CESでやったプレゼンテーションというのは、全部僕が知っているところにお願いして、代理店に依頼してとかじゃなくて、自分が知っているところに依頼して、監督まで指名させてもらって。そういう信頼のおける人にやってもらって、そして映像1個1個の色から何から何まで全部注文を出して、もう正月までずっとやっていました。
でもそこまでこだわったのは、まず新しいブランドを作るのに、世界観とかを印象付けるのにはそこまでやらなければならなかったんです。クルマのデザインというのはどこの会社も一所懸命やるじゃないですか。良くて当たり前ですよね。みんなデザインやるんですから。でもその中でやっぱり差別化というものをしていかなきゃいけない。

昔は技術の差や特徴で、当然エンジンなんかで我々は差別化できていた会社なんですけど、でも電動化がどんどん増えてきたり、どんどんコモデティ化して技術が似てくる中で、差別化を出さなきゃいけないのは、やっぱりカタチ・表現とかになります。その中で、デザインの重みっていうのは、クルマのカタチは当然ですけど、サービスのカタチであったり、それを世の中へどう伝えるのかとかとても重要なんで。あとはサスティナブルですね。特にヨーロッパの若い人たちがすごく気にするのは、どれだけサスティナブルに寄与してるんだこの会社はというところだったりします。
そういう視点でコーポレートのブランディングまで含めて、我々デザイナーのやるべきところは大きくなっているので、それを今推し進めているところが結構メインになってきています。

本田技術研究所常務取締役南俊叙デザインセンター長とCarStyling編集長 難波 治                 
PHOTO : 山上博也

ホンダのデザイン戦略のなかにおけるMM思想

難波 : ある意味、HONDA 0シリーズのようなコンセプチャルなモデルは、目標を立ててクリアに進めることができるんですが、量産のクルマを実務でやっていかなければいけない時に、マーケットも、今はもう日本のマーケットはそんなに大きくなくて、間違いなくホンダの4輪は北米主体で稼いでいかなきゃいけないですね。だけど、ヨーロッパもあり、東南アジアもあるし、中国はちょっときついかもしれないけれどもというところで、スタイリングを進める時に、デザインをそれぞれのマーケットに合わせて変えていくのか、それとも我々はどこにいてもホンダですというように示していくようにするのか、そのあたりの戦略のコントロールというか差配っていうのはどのような感覚でやられてますか?

南氏:それでいうと、時代時代で色々変わってきたところもありますけど、為替に影響されない事業の方法として、地産地消をホンダはやってきました。だからアメリカにあり、中国に出たのも相当早いんです。それが元々のホンダのやり方でやってきたんですけど、 結果として地域の専用車が当然増えてきました。グローバルで見てみると、良し悪しはいろんな面で出てきます。
そしてクルマのデザインが難しいのは、思ったら来年出せるようなものではないということです。企画して、物ができるまで時間がかかります。それを技術の進化を読みながらどういうところに持っていくかっていうのは、先見の目と勘で判断するしかない部分っていうのは大きいと思うんですよ。でもそこを会社も非常に大切にしてくれる。だから研究所はある程度自由にさせてくれているという文化があると思うのです。
そこがあっていろんな経験もしてますけど、元々はホンダはちっちゃい会社だったし、クルマもそんなにいっぱい作れなかった。自分たちの、日本人がいいなと思うものが外国でも売れたから大きくなっていったわけです。でも一旦外国で売れ始めると、今度は外国人のユーザーの気持ちを考えようとなり、それを考えてやってきました。
ただ、昨今僕が思うのは、よく時代の変化って言われるんですけど、間違いなくここには(スマホを指し示しながら)あるけど、こいつが世界を変えてくれたんですね。インターネット含めて誰でも情報が世界同じようなものを見られるようになった。ですから誰でもよっぽど国が統制をかけない限り、自由国家である限りは、グローバルで共通の情報を得られます。
そういう状況を経て昨今思うのは、情報が、とにかくこのスマホとインターネットで世界が繋がってきて、 いろんな情報が均一化して、時々宗教の問題とか、国の問題とか、戦争は相変わらず起こってるんですけれど、あんまり人の価値観みたいなものが、違う国に行ったからって、すごい変わってるなっていうのがどんどんなくなってきてるなっていう感じをすごく受けています。

何を言いたいかっていうと、さっきの質問に答えるとすると、我々はもう「1つの本棚にしていこう」と思ってますというところです。なんでそうしなきゃいけないかというと、やっぱり技術のコモデティ化も原因の1つだと思います。

難波 : 一般的にブランドをデザインするということが大切だと言われていて、その手法を採る会社もあるのですが、今、南さんがおっしゃった「1つの本棚にしていくんだ」と言ったのはどういうことを含んでるでしょうか。見た目から、ひと目見た途端にホンダだ、ということがわかるようにするのか、 いやそうじゃない、ところなのか。

南氏:そうですね、もちろん見てわかるようにもならなければなりませんが、見た目だけ揃っていることがお客さんが嬉しいわけではないですよね。 ですから、ある程度の何らかの集合体というものは見せなきゃいけないとは思っていますが、モチーフすべてを揃えるということを意味しているわけではありません。 そういう意味で言うと、CESで表現したエイチマークには思いを込めたのですが、こういう新しいメッセージは揃えていかなきゃいけないでしょう。

PHOTOS : HONDA, 山上博也

ただ、やっぱり本質にあるのはクルマ作りであったり、人を中心に考えて、人が何を喜ぶかっていうものをちゃんとデザインしたいと思っています。それはサービスだったりプロダクトでもあるんですけれど、 いろんなものを捨てていくような時代から循環的にちゃんと回っていくようなサスティナブルな社会を生み出すような会社でありたいなっていう僕の思いがありますし、三部社長の思いもそこにあって、次の世代に向けて世の中のためになることをやってる会社にならなければダメだっていうことに僕も共感しています。

元々ホンダの思想のMMではありますが、それを進化させたような形であるとかをデザインしてゆく。そのための未来の技術も含めて、ホンダの技術も含めた結果の新しい時代のMMのカタチとして、だから薄く作れるとか。中を広くできてお客さん喜んでくれるよねとか。

難波 : そうですね、HONDA 0シリーズのSALOONを見ていて、MM思想をもう1回純粋に振り返ったら、それがちゃんと新たな形で表現できるじゃないか、というような感じを受け、特にさっきパッケージレイアウトの話がありましたが、どうしても多くの場合は側面図だけで、 ここにエンジンがあって、トランスミッションがあって、前席でしょ。後席でしょ。それで横から見たときに、マシンの部分だけ小さくしたのがこれまではMMっぽかったんですが、SALOONはさらに3次元でMM思想を表現してるなって感じをちょっと受けたので、CarStylingのwebにあの平面図を描いたんです。

南氏:あの記事拝見したんですけど、ダウンビューを描かれていただいたじゃないですか。
あお、俺のやってる意味を理解してる人がいたと。俺の言ってる、思ったことがちゃんと描かれてて、感激しました。

難波 : それはありがとうございます。実はあの図面を描きながら私は初代のホンダ・トゥデイを思い出してたんです。当時、私は対抗する軽自動車メーカーにいました。だから、ホンダさんががトゥデイを出してきたときに「なんだこれ!」と思ったんですよ。他の軽自動車メーカーでは4人がちゃんと乗れて、かつ荷物も積めてとかって、ものすごい欲張りなことをやってたんだけど、ホンダは全然そうじゃないぞと。もしかしたら、うちの軽自動車に乗ってるお客さんは喜んで乗ってなかったのかもしれない、と僕は思わされたんですね。だからトゥデイ出た時に、はっと気づかされたとこがありました。本当にお客さんが望んだのはもしかしたらこれじゃないかと、こういう新しい感覚の方なんじゃないかと。それまでどうしても軽は小さいから小さいからって一人前に扱われてなくて、それで軽自動車ユーザーは引け目を持って乗ってたわけなんですよ。
それをね、ちょっと思い出しました。記事書きながら。

1985年 ホンダ トゥデイ                                 
PHOTO : Motorfan   作図 : 難波 治

南氏:それはありがたいですね。
だから僕が最初にこれ(HONDA 0シリーズ SALOON)をやってるデザイナーとミーティングした時に、1枚の絵を選んだんです。このサイドウインドウが起きてるスケッチなんですが、そしてこれをやり切れと。
普通、NSXもそうですが、低い車ってサウドウィンドウを寝かしたら、簡単にかっこよくなるじゃないですか。でもそこやっちゃいかんのです。
さらにこのガラスルーフにはこだわりました。昨今の技術でいうとガラスとかは成形性も含めたりとか、軽量化も含めたり、進化していて、偏光で暗くもできますし普通のルーフにもなる。ガラスルーフにすることでヘッドクリアランスも従来設計に比べて稼げるからルーフが低くできる。そうなると前面投影面積も減り空力もいいから、変なエネルギー使わなくていいんですよ。

難波 : だからうまく材料を使って工夫したな、と思いました。
話は先ほどの「1つの本棚にしてゆく」に戻りますが、よく「ブランディングします。デザイン部門として共通のデザイン言語を作ります」ってよく言うじゃないですか。でも南さんがおっしゃるのはまったくそうじゃなくて、マインドというか、思想的なコンセプトを揃えてゆくということに近いでしょうか。

南氏:そうですね。それで言うと、やはり機能がないものは、 スタイルだけだと3日で飽きるかもしれないんです。スタイルは購入するときはそれを気に入って買いますし、好きでずっと洗車してくれる方もいらっしゃいますが、それだけだとやっぱり飽きてくる、というかだんだんと鮮度や感動が弱くなります。だけど、使い続けていると、よく考えられてるな。この形ってこういうことなのかと思うんですよね。それは機能美なんだと思います。機能美って当たり前なんですけど、0シリーズをやってた時に、もう究極の機能美で行くんだと、エンジンは入ってないんだからボンネットなんかなくしちゃえと。空力も徹底的にやって前面投影面積減らして、だけど、中に乗ったらびっくりするぐらい広い車にしようっていうのを目標に掲げて、それを諦めずにやりきるんだと。そうじゃなかったら俺らみたいな会社は存在してる意味がないんだよと。

我々は世の中にこんなものがあったのかっていうのを提案して驚かしたいと思いました。でも驚かすっていうのは、「ワッ」て言ったら驚いてくれますけど、そうじゃなくて、何これ、何この形、だけど使ってみたらいいね。だからこういう形してるのか。なるほどよく考えられてる。というような。

PHOTO : Motorfan

僕は創業者の作ったホンダ・カブなんかはそれの究極で、いまだにあれを抜けないんですよ。僕は2輪も見ていますが、あれはやっぱり究極の機能美だと思っていて、ああいうプロダクトっていうのが元々ホンダには流れてると思っているので、そこはもう絶対譲れないですね。。

僕がここでみんなに伝えて、壁にも貼ってあるポスターがあるんですが、ここのデザインセンターが創立した時からずっと貼ってあるんですが、そこには「驚きと感動」と書いてあります。
まず驚かせなきゃいけないんだと。驚かしてなんぼなのがホンダなんだ。それが我々の生きざま。だけどそれだけではダメで、驚いた末に感動がないとダメ。
例えばバラを100本贈って驚いたけど、これどうやって掃除するのって言われたらどうしますか?そういうことなんですよね。驚ろかすのって簡単なんです。お金使ったりね。だけど、驚ろかした上にその後に感動を持ってくるっていうのは簡単じゃない。相当いろんなことをやらない限り、人はそんな驚いて感動はしてくれない。そういうものをホンダが提供していく。
あと、HONDA 0シリーズもそうなんですけど、機能美の「美」というものにもこだわりを持ってほしいっていうのは、常にデザイナーたちに言っています。
人って別に気持ちがなくて、ずっとマシンのように働くわけではないし、何のためにクルマを買いたいと思うのかと考えると、人は欲の塊で所有欲というものがあるし、かっこいいクルマに乗りたいとか、そういうところがあったりするわけじゃないですか。やっぱり美しいもの、それは時代によって変わるんですが、それを人が求めるのは、当然人間として生まれたからには、美しさっていうものを感じるし、だから部屋に絵とかも飾って心の充足を得るわけじゃないですか。
だからHONDA 0シリーズを選択した時に、デザインの言葉として「The Art of Resonance」にしたんです。これはアートじゃないけれど、心の豊かさを感じてもらいたい。このクルマをパッとガレージで見た時に、買ってよかったなとか、なんかこいつ可愛いなとか、そういう相棒みたいになっていったりとかできるのって、やっぱり車っていう工業製品って特別だと思ってるんです。

難波 : 南さん、デザインセンター長になったのは何年前ですか。

南氏:4年前です。

難波 : そうなんですね。だからかな、現状の商品はホンダとしてまだいろんな色が見えているように感じます。これからですね、期待していいのは。

南氏:だから今はまだ「驚きと感動」ないですよね。

難波 : 今日はこうやって東京にいてくれましたけど、世界を回ることが多いでしょう?アメリカ、ヨーロッパ、それぞれデザイン室ありますね。ヨーロッパにもあるんですか?

南氏:ヨーロッパはドイツのオッペンバッハに再開しました。小さな世帯ですが。ずっとオッペンバッハでやるかは別として、元々量産もしているところなので場所がありましたのでまずはそこで再開しました。
アメリカはアキュラに力を入れながら大きくしていこうかなと思っています。中国ももちろん。でも合弁会社とのやりとりもあって簡単ではありませんが。

難波 : あとデザインセンター長ということは、2輪もみていらっしゃるんでしょうか。

南氏:そうです全部ですね。デザインというものは全部みています。今期からはアクセス部門も全部うちに取り入れたんで、アクセスもみています。

難波 : そうなると1人では大変ですね。

南氏:それは各部門に任せてます。権限移譲がホンダの文化ですから。でも大きいところは言ってます。2輪は大学時代からホンダファンで大好きでしたし。あとは責任だけ取ればいいんで、信じています。

難波 : なるほど。
今日はホンダさんのデザイン組織のあり方や社内での位置付けが他社とは一味違うということがわかりましたし、南さんとのお話自体がやっぱりちょっと違う毛色だなという風にも感じました。

南氏:いい意味で、デザインの中は年功序列じゃないんですよ、昔から。
当然ベテランはいますが、若くても、別に出る杭は打たれるっていうのではなく、出る杭は本当にボンボン海外で戦ってこい!というようにしています。そういう風潮も含めたり、そういう意味でホンダは若いですよ。実際に仕事している人間たちは若いですし、 このHONDA 0シリーズのキースケッチを描いたデザイナーも20代です。

難波 : このHONDA 0シリーズがどういう風に具体的な形に、もちろんこのままじゃないとしても、この考えがどのように量産に降りてくるか非常に楽しみでございます。

最後に、CarStylingは、プロの人たちにも見てもらいたいんですが、デザイナーを目指してる人に 一番読んでもらいたいと思っています。なぜかというと、次の世代のデザイナーがこれからは一番重要になってくると思ってるからです。南さんはこれからのホンダにどんなデザイナーが必要だといつも思ってらっしゃいますか。どんなデザイナーに来てほしいと思っていますか。

南氏:一番は、まずクルマのデザイナーになりたいっていう以上はクルマが好きな方がいいんですが、ただ、昔と違って1人じゃなくてもはや集団じゃないとデザインってできない時代なんですよ。例えばインテリアのHMI系などを含めたり考えると、現代のデザインはもういろいろなものの集合体で、昔よりチーム度がすごい大事になっていたりします。ですからある程度自我を持ちながら、コミュニケーション力が高く、しかもスキルもちゃんとある人とか。
まあ、それをすべて備えている人なんて、めちゃくちゃ難しいですけど。
だけど、それが1人である必要はないので、どこかその山が合った人たちが入ってくれれば、あとは我々マネージメントがうまく組み合わすことが仕事なのかなって感じがします。ですから来てほしいデザイナーは、いろんなタイプの人ですね。どんな人と言うようには決めてないです。
ただ、やっぱりデザイナー界で言う大谷翔平みたいなのがいたら欲しいですね。
でも若い人、優秀です。うちにもさっきのHONDA 0シリーズSALOONの絵を描いたようなすごい絵を描くデザイナーがいます。

難波 : そうなんですね。自分の考えや特徴をもった学生さんにホンダを目指してきて欲しいと言うことですね。
今日はオープンにお話くださってありがとうございました。ホンダという会社の雰囲気を感じるとともに、ホンダデザインが目標としているものや、ブランド展開の考え方についても知ることができました。
このインタビューを聞いてホンダへ入りたいと思うデザイナーがさらに多くなると思います。
本当にありがとうございました。

PHOTO : 山上博也

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著者プロフィール

難波 治 / Osamu NAMBA 近影

難波 治 / Osamu NAMBA

筑波大学芸術専門学群生産デザイン専攻卒業後、スズキ株式会社入社。軽自動車量産車、小型車先行開発車輌…