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CrowdStrike 24 hours of Spa
ヨーロッパ三大24時間レースの大トリとして
スパ24時間では、レースウィークの水曜日の夕方から、サーキットからスパ市内への片道約10㎞をオフィシャルカーやサポートレースに参戦するマシンが、合わせて約280台が列をなしてパレードランを行った。この日は地元住民でさえも驚く蒸し暑さにも拘らず、大勢のファンが訪れて盛大な前夜祭で幕を開けた。
この24時間レースを迎えるにあたり、サーキットでは1週間を掛けて全面的にアスファルトを張り替える大工事を行った。それによりグリップレベルが格段に上がり、フリープラクティスの昨年度比から2秒以上もタイムが縮まるなど、よりコンペティティブなレースが期待できる。しかし、グリップレベルが格段に上がった事で、ブレーキングポイントが変わった事やフルスロットルで走行できるセクターやコーナーが増えたこともあり、バランスを崩してスピンが増え、フリープラクティスのセッションではレッドフラッグによる中断が続出した。
予選とスーパーポールを経て選出したトップ20台のタイムアタック「スーパーポール」を経て、見事ポールポジションを獲得したのは163号車のGRTの「ランボルギーニ ウラカン GT3 EVO2」。やや曇り空ではあるが、ドライコンディションでスタートグリッドには66台のGT3マシンが彩りよく並んだ。100周年記念大会という事で地元ベルギー出身のレジェンドドライバー、ジャッキー・イクスがグランドマーシャルを務め、歴代最多優勝を誇るBMWはかつてこのスパで活躍した歴史的なマシンでフォーメーションラップ前にパレードランを行う等、スタートグリッドではヨーロッパのモータースポーツ界の重鎮が集い、記念行事に沸いた。
ル・マンでハイパーカーに乗った強者も
この日の夜、天気予報は大雨と出ていたが、このスタートの時点ではまったくその気配はなく、穏やかな気候の中でのスタートとなった。序盤こそはアクシデントなく順調に全車周回を重ねていたが、ここは世界屈指の難関コースと称されるスパ・フランコルシャン。日没を前には強豪チームも含めて続々と脱落していった。
このスパ24時間レースはニュルやル・マンと違い、参戦車両のすべてがGT3マシンで戦う。今年この三大24時間レースにすべて参戦するドライバーは15名もおり、その中でもBMW、ランボルギーニ、ポルシェ、フェラーリのドライバーの中にはル・マンのハイパーカーと兼任している強者もいる。
森の奥深くに位置するサーキットだけに、ここでは天気予報などあてにならない程にコロコロと天候が変わる事から「スパウェザー」と称される。日没前に小雨が降ったものの、暫く小康状態を保っていたが、すっかり夜も深まった頃、この日ばかりは天気予報が見事的中し、瞬く間に激しい豪雨となり、真っ暗闇のサーキットの頭上には稲妻が走り、イベント広場で開催されていたDJのライブは、落雷の危険性もある事から深夜に中止となった。
まさかの展開で勝利を阻まれたフェラーリ
豪雨は非常に危険が伴う事からセーフティカーが導入され、長時間のフルコースイエローとなったが、約3時間ものセーフティカー先導でのランの後、午前1時45分をやっと少し小康状態となりレースは再開する。3時頃には路面が少しずつ乾き始めた事からスリックタイヤに交換するチームが増えた。このまま順調に後半戦へ持ち込むかと思い気や、再び激しい雨に見舞われフルコースイエローへ──。
目まぐるしく変化するスパウェザーに惑わされながら、正午前後には先頭集団が徐々に固まりつつあった。51号車「フェラーリ 296 GT3」、007号車「アストンマーティン ヴァンテージ GT3」、32号車と998号車の「BMW M4 GT3」の4台が激しいトップ争いを繰り広げる。51号車フェラーリが優勝か──、そんな力強さを見せていた矢先の事、最後のピットストップをする為にピットロードへ向かった51号車フェラーリの前に、ピットロードの途中で立ち往生してしまったランボルギーニが道を塞いでしまい、その勝利を阻むこととなった。何度もエンジンスタートを試みるランボルギーニだがマシンは動かない。
急遽牽引車が出動するも、その間にライバル達に次々と先を越されるフェラーリ。この時、既にレース終了前の50分を切っていた。その間に007号車アストンマーティンが首位に立ち、51号車フェラーリは5位まで転落してしまう。一方でレース中盤に首位を独占していた998号車BMWにも不運が襲う。2位入賞は確実かと思われていたが、チェッカーまで2周を残しタイヤバーストを起こし、ポディウムへの夢は砕け散った。007号車アストンマーティンは、1948年から76年ぶりに大会史上2度目の総合優勝を成し遂げた。運に恵まれなかった51号車フェラーリは2位に入った。