ヒストリックカーディーラーが譲れない1台「ポルシェ 911 カレラ RS 2.7」

数多くの希少車を手掛けてきたカーディーラーが「この1台は絶対に売らない!」と宣言した「ポルシェ 911 カレラ RS 2.7」の逸話

様々な希少なヒストリックカーを手がけてきたサイモン・キッドストン。彼が絶対に手放さないと断言しているのが、ポルシェ 911 カレラ RS 2.7だ。
様々な希少なヒストリックカーを手がけてきたサイモン・キッドストン。彼が絶対に手放さないと断言しているのが、ポルシェ 911 カレラ RS 2.7だ。
ヒストリックカー専門ディーラー「キッドストン SA(Kidston SA)」の代表を務め、ジャーナリストとしても活躍するサイモン・キッドストン。彼は、史上最高額を叩き出した個体を含め、世界で最も希少なクラシックカーを発掘し、販売してきた。しかし、彼が決して手放さない1台がある。それこそが、彼が愛してやまない1973年型「ポルシェ 911 カレラ RS 2.7」だ。

Porsche 911 Carrera RS 2.7 1973

21歳で飛び込んだヒストリックカーの世界

サイモン・キッドストンと、彼が愛したポルシェ 911 カレラ RS 2.7。
現在、世界有数のヒストリックカーディーラーとして知られるサイモン・キッドストン。彼は21歳の時にコイズ・オークション・ハウスで職を得て、ヒストリックカーの世界に飛び込んだ。

世界有数のヒストリックカーディーラーとして知られる、サイモン・キッドストンは、時間の力を知っている。その時間を読む審美眼によってよってキャリアを築いてきた。

英国生まれ、イタリア育ちのキッドストンは、35年以上にわたってヒストリックカーを販売しており、自らもその魅力に取り憑かれている。そして、彼はポルシェと特別な関係を築いてきた。とりわけ「911 カレラ RS 2.7」は、彼が決して売ることのない唯一のクルマだ。

「私の父はいつだってクルマに夢中でした。自宅のガレージには、いつも速いクルマが鎮座していました。そして、子供の頃、家にはいつも2冊の自動車雑誌が定期的に届いていたものです」と、キッドストンは振り返る。

その雑誌こそ『ザ・モーター(The Motor)』と、ポルシェ公式マガジン『クリストフォーラス(Christophorus)』。彼がクルマに取り憑かれたのは、元英国海軍将校の父、ホーム・キッドストンが熱心なレーシングドライバーだったこともある。そして、サイモンの叔父のグレン・キッドストンは、20世紀初頭に活躍した英国の著名なレーシングドライバーであり、そしてパイロットとしても活躍していた。

キッドストンは1988年、21歳のときにケンジントンのコイズ・オークション・ハウスのジュニア・ポジションに応募した。「最初、返事をもらえなかったんですが、いとこが私のために口添えをしてくれたんです(笑)」と、キッドストンは笑う。それが功を奏し、コイズ・オークション・ハウスで職を得た。3ヵ月の試用期間を経て、クラシックカーオークションの世界での8年間を過ごすことになる。

「私はオークションの世界が大好きになりました。フランス語とイタリア語が話せたので、他の誰にもできないヨーロッパの顧客と話ができたんです」。その後、オークションハウスのブルックス(後のボナムズ)に転職し、ジュネーブへと拠点を移すと、ヨーロッパで自身の会社を立ち上げた。

様々なポルシェとの出会いと別れ

サイモン・キッドストンと、彼が愛したポルシェ 911 カレラ RS 2.7。
ヒストリックカー・ディーラーとして名声を勝ち取ったキッドストンは、希少なポルシェと出会ってきた。その中でも忘れられないのが、ヴァセック・ポラックのポルシェ・コレクションだったという。

2006年、キッドストンは自身の会社「キッドストン SA」を設立し、ジュネーブのピクテ・ド・ロシュモン通りの素晴らしいラ・メゾン・デ・パオンで営業を開始した。

彼は18年間、ヒストリックカーの世界で学んだことを生かし、やがて希少なコレクターカーを扱う国際的な大手ディーラーとしての名声を手にする。現在、キッドストン SAはジュネーブのほか、モデナからドバイまで、様々な場所に支店を構えるまでに至った。

57歳となった現在、ブローカーやヒストリックカーコンサルタントとしても活躍。今も数々の伝説的なヒストリックカーオークションの中心であり続けている。その中には、2022年にサザビーズ・ヨーロッパが開催したオークションで、1億3500万ユーロで落札された、史上最高額の「メルセデス・ベンツ 300 SLR」の購入も含まれている。

キッドストンはクライアントに代わってこの個体を落札。しかし、彼の個人的なハイライトは、シュトゥットガルト・ツッフェンハウゼンのスポーツカーだ。彼は何度も素晴らしいポルシェと出会い、忘れられない瞬間を経験している。そのひとつが、元カーディーラーでコレクターのヴァセック・ポラックのポルシェ・コレクションだった。

「そこには2台の希少なポルシェが含まれていました。1971年のセブリングでヴィック・エルフォードとジェラール・ラルースが優勝したポルシェ 917K、そして959のプロトタイプです。『今まで見た中で一番ゴージャスなクルマだ!』と思ったことを覚えています。その後、2007年には買う寸前までいきました(笑)。あれこそは、逃がしてしまったクルマです」

家族と共にあった「911 カレラ RS 2.7」

様々な希少なヒストリックカーを手がけてきたサイモン・キッドストン。彼が絶対に手放さないと断言しているのが、ポルシェ 911 カレラ RS 2.7だ。
1973年、キッドストンの父が購入した911 カレラ RS 2.7は、多くの思い出を彼や家族にもたらすことになった。

キッドストンにとって絶対に譲れないポルシェがある。「間違いなく、父が新車でオーダーした、シグナルイエローの1973年型『911 カレラ RS 2.7』ですね」と、キッドストン。

それは、キッドストンの父にとって2台目のポルシェであり、ポロレッドの1967年型ポルシェ 911 Sを下取って購入された。この911 カレラ RS 2.7はキッドストンにとって、記憶に残る最初のポルシェとなった。

「1985年、父と私はツッフェンハウゼンで整備を受けるため、ドイツのアウトバーンを911 カレラ RS 2.7で走りました。それまで、あんなにスピードで走ったことはありませんでした」

911 カレラ RS 2.7はその後も家族の一員であり続け、長年にわたって思い出をもたらしてきた。1996年に父親が亡くなり、911はキッドストンの手に渡った。彼は父親の遺灰を、911でウェールズにある終の棲家まで運んだ。そして、その帰り道でスコットランドにいるガールフレンドの両親を訪ねた彼は、彼女に結婚を申し込んだという。

「彼女が返事をする前に、バックミラーにパトカーの青い光が現れたんです(笑)。スピード違反で罰則の6点取られたにもかかわらず、彼女からの返事は『Yes』でしたよ」

911 カレラ RS 2.7は、キッドストン夫妻の愛車として、人生の多くの節目で重要な役割を果たした。そして、キッドストンの息子が17歳の誕生日を迎えると、免許取得後の最初のクルマとなり、3世代に渡って受け継がれることにもなったのだ。

決して譲ることのできない1台

サイモン・キッドストンと、彼が愛したポルシェ 911 カレラ RS 2.7。
キッドストンは、父が購入した911 カレラ RS 2.7を、家族のクルマとして、彼が亡くなった後も子供たちが持ち続けることを望んでいる。

現在、911 カレラ RS 2.7の走行距離は11万2000km。キッドストンの自宅がある英国で大切に保管されている。「このクルマは、使い込まれたグローブのようにしっくりくるのが好きなんです」と、キッドストンはつぶやいた。

これほどの思い出が詰まった1台を手放すのは難しい。911 カレラ RS 2.7は常に家族のそばにあるべきであり、決して売ってはいけないクルマなのだ。

「この911 カレラ RS 2.7は家族の歴史の一部です。私がスポーツカーを愛するようになったのも、このクルマのおかげです。私が死んだ後も、子供たちが永遠に持ち続けて欲しいですね」

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ゲンロクWeb編集部

スーパーカー&ラグジュアリーマガジン『GENROQ』のウェブ版ということで、本誌の流れを汲みつつも、若干…