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Porsche 911 Carrera RS 2.7 1973
21歳で飛び込んだヒストリックカーの世界
世界有数のヒストリックカーディーラーとして知られる、サイモン・キッドストンは、時間の力を知っている。その時間を読む審美眼によってよってキャリアを築いてきた。
英国生まれ、イタリア育ちのキッドストンは、35年以上にわたってヒストリックカーを販売しており、自らもその魅力に取り憑かれている。そして、彼はポルシェと特別な関係を築いてきた。とりわけ「911 カレラ RS 2.7」は、彼が決して売ることのない唯一のクルマだ。
「私の父はいつだってクルマに夢中でした。自宅のガレージには、いつも速いクルマが鎮座していました。そして、子供の頃、家にはいつも2冊の自動車雑誌が定期的に届いていたものです」と、キッドストンは振り返る。
その雑誌こそ『ザ・モーター(The Motor)』と、ポルシェ公式マガジン『クリストフォーラス(Christophorus)』。彼がクルマに取り憑かれたのは、元英国海軍将校の父、ホーム・キッドストンが熱心なレーシングドライバーだったこともある。そして、サイモンの叔父のグレン・キッドストンは、20世紀初頭に活躍した英国の著名なレーシングドライバーであり、そしてパイロットとしても活躍していた。
キッドストンは1988年、21歳のときにケンジントンのコイズ・オークション・ハウスのジュニア・ポジションに応募した。「最初、返事をもらえなかったんですが、いとこが私のために口添えをしてくれたんです(笑)」と、キッドストンは笑う。それが功を奏し、コイズ・オークション・ハウスで職を得た。3ヵ月の試用期間を経て、クラシックカーオークションの世界での8年間を過ごすことになる。
「私はオークションの世界が大好きになりました。フランス語とイタリア語が話せたので、他の誰にもできないヨーロッパの顧客と話ができたんです」。その後、オークションハウスのブルックス(後のボナムズ)に転職し、ジュネーブへと拠点を移すと、ヨーロッパで自身の会社を立ち上げた。
様々なポルシェとの出会いと別れ
2006年、キッドストンは自身の会社「キッドストン SA」を設立し、ジュネーブのピクテ・ド・ロシュモン通りの素晴らしいラ・メゾン・デ・パオンで営業を開始した。
彼は18年間、ヒストリックカーの世界で学んだことを生かし、やがて希少なコレクターカーを扱う国際的な大手ディーラーとしての名声を手にする。現在、キッドストン SAはジュネーブのほか、モデナからドバイまで、様々な場所に支店を構えるまでに至った。
57歳となった現在、ブローカーやヒストリックカーコンサルタントとしても活躍。今も数々の伝説的なヒストリックカーオークションの中心であり続けている。その中には、2022年にサザビーズ・ヨーロッパが開催したオークションで、1億3500万ユーロで落札された、史上最高額の「メルセデス・ベンツ 300 SLR」の購入も含まれている。
キッドストンはクライアントに代わってこの個体を落札。しかし、彼の個人的なハイライトは、シュトゥットガルト・ツッフェンハウゼンのスポーツカーだ。彼は何度も素晴らしいポルシェと出会い、忘れられない瞬間を経験している。そのひとつが、元カーディーラーでコレクターのヴァセック・ポラックのポルシェ・コレクションだった。
「そこには2台の希少なポルシェが含まれていました。1971年のセブリングでヴィック・エルフォードとジェラール・ラルースが優勝したポルシェ 917K、そして959のプロトタイプです。『今まで見た中で一番ゴージャスなクルマだ!』と思ったことを覚えています。その後、2007年には買う寸前までいきました(笑)。あれこそは、逃がしてしまったクルマです」
家族と共にあった「911 カレラ RS 2.7」
キッドストンにとって絶対に譲れないポルシェがある。「間違いなく、父が新車でオーダーした、シグナルイエローの1973年型『911 カレラ RS 2.7』ですね」と、キッドストン。
それは、キッドストンの父にとって2台目のポルシェであり、ポロレッドの1967年型ポルシェ 911 Sを下取って購入された。この911 カレラ RS 2.7はキッドストンにとって、記憶に残る最初のポルシェとなった。
「1985年、父と私はツッフェンハウゼンで整備を受けるため、ドイツのアウトバーンを911 カレラ RS 2.7で走りました。それまで、あんなにスピードで走ったことはありませんでした」
911 カレラ RS 2.7はその後も家族の一員であり続け、長年にわたって思い出をもたらしてきた。1996年に父親が亡くなり、911はキッドストンの手に渡った。彼は父親の遺灰を、911でウェールズにある終の棲家まで運んだ。そして、その帰り道でスコットランドにいるガールフレンドの両親を訪ねた彼は、彼女に結婚を申し込んだという。
「彼女が返事をする前に、バックミラーにパトカーの青い光が現れたんです(笑)。スピード違反で罰則の6点取られたにもかかわらず、彼女からの返事は『Yes』でしたよ」
911 カレラ RS 2.7は、キッドストン夫妻の愛車として、人生の多くの節目で重要な役割を果たした。そして、キッドストンの息子が17歳の誕生日を迎えると、免許取得後の最初のクルマとなり、3世代に渡って受け継がれることにもなったのだ。
決して譲ることのできない1台
現在、911 カレラ RS 2.7の走行距離は11万2000km。キッドストンの自宅がある英国で大切に保管されている。「このクルマは、使い込まれたグローブのようにしっくりくるのが好きなんです」と、キッドストンはつぶやいた。
これほどの思い出が詰まった1台を手放すのは難しい。911 カレラ RS 2.7は常に家族のそばにあるべきであり、決して売ってはいけないクルマなのだ。
「この911 カレラ RS 2.7は家族の歴史の一部です。私がスポーツカーを愛するようになったのも、このクルマのおかげです。私が死んだ後も、子供たちが永遠に持ち続けて欲しいですね」