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伝説のカタログ写真を学生がリアルで再現



ステランティスの「DSオートモビルズ」は今回、「シトロエンDS」の誕生70周年を祝った。会場にはメーカーの歴史車両部門である「アヴァンテュールDS」と個人オーナーによる歴代モデル11台が展示された。
1955年10月6日に発表されたシトロエンDSは、1975年までの20年間に145万6115台が生産された。フラミニオ・ベルトーニによる前衛的なデザインは、哲学者ロラン・バルトが1957年の著書『ミソロジー(邦題:神話作用)』のなかで「明らかに空から降ってきた(……)類まれなオブジェ」と称賛した。同年のミラノ・トリエンナーレでは産業芸術賞を受賞。現在はニューヨーク近代美術館(MoMA)のコレクションにもなっている。
フランス大統領専用車としても用いられ、1962年8月22日のシャルル・ド・ゴール暗殺未遂事件では銃撃を受けたにもかかわらず、常に平衡を保つハイドロニューマティック・サスペンションによって3輪走行を続け難を逃れた。またスティーブン・スピルバーグ総指揮の『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』など、数々の映画にも登場した。
会場でビジターを最初に迎えてくれたのは、向かい合うようにディスプレイされていた2台だった。1台は1969年「DS21パラス」、もう1台は最新の「DS N゜8」である。後者はDSブランド初の量産EVで、2025年1月のブリュッセル・ショーにおけるワールドプレミアに続くかたちで、今回フランス・デビューを果たした。
その間を縫って入ったビジターたちを驚かせたのは、4つの風船に載ったシトロエンDSのオブジェだった。オイルと窒素ガスを用いたハイドロニューマティック・サスペンションの乗り心地を表現した1959年の有名なカタログ写真を再現したものだ。
当時使われた車両は撮影の数ヵ月後に消滅してしまった。しかし今回、パリ郊外に本拠を置く「自動車およびトランスポーテーション専門学校(GARAC)」がその再現にあたった。
学生たちはアヴァンテュール・シトロエンのドゥニ・ユイユ代表監修のもと、かなり劣化が進んだ1958年ID(DSの廉価版)の内外装を修復から作業を開始。必要な部分の板金もこなし、今回のレトロモビルにおける披露に至った。




このDSオートモビルズによるオフィシャル・ブース以外にも、今回会場内にはシトロエンDSや同ブランドの歴代モデルを特集した展示が数々みられた。
ご先祖はモンスター





いっぽうルノーは歴代モデルと、それらをデザイン的発想源とした現行モデル/コンセプトカーを展開した。「4シュペール」と2025年に発売される「4E-Techエレクトリック」、初代「5TL」と2024年に発売された「5E-Techエレクトリック」、そして「17TS」と2024年パリ・モーターショーのコンセプトカー「R14✕オラ・イト」といったモデルが並べられた。
しかし、彼らが提供してくれた最大の話題は、世界初公開のEV「フィラント・レコード2025」である。いずれも往年のルノー製速度記録車である1926年「40CV」や1954年「エトワール・フィラント(流星)からインスピレーションを受けたその車両は、エキセントリックな外観から衆目を集めるためのファンタジーと思われがちだ。だが、それは誤りだ。空力を最適化するとともに、市販「シェニックE-Techエレクトリック」と同等の87kWhバッテリーを搭載。車両重量はわずか1000kgに抑えている。タイヤは低摩擦タイプで、操舵や制動いずれにもバイワイヤ技術を導入している。これらのスペックで、年内にEVとして電費・走行距離のエネルギー効率記録更新を目指す。至って現実的なのである。
なおルノーは2023年と2024年、「ミュート・ザ・ホッドロッド」と名づけたモデルを同様にレトロモビルで公開した。1924年の車両をベースにEVとして生まれ変わらせたオープンモデルで、1年目は開発途上の状態、2年目は完成車を展示した。
現在も自車の速度記録更新を目指してリファインが進められている。
こうしたヘリティッジを活かすブランド内の機運はどこから来るのか。それはルノー・グループのルカ・デメオCEOの影響が大きいことはたしかだろう。彼はフィアット時代、2007年「500」を送り出すとともに、ほぼ休眠していた「アバルト」を復活させた。ヘリティッジがビジネスにつながることを熟知した彼のセンスがルノーでも発揮されているのである。
学生が伝説のカタログ写真を再現し、1世紀前のスピード記録車から着想を得てEV効率記録車をつくる。一時その方向性を失っていたレトロモビルだが、単なる懐古趣味を脱したところに、このイベントの新たな存在価値が見えてくるのである。
Report & photo/大矢アキオ ロレンツォ(Akio Lorenzo OYA)