最新ピュアEV、EQSに見る“ベンツ”らしさ

メルセデスのフラッグシップEV、EQS初試乗! 渡辺慎太郎がスイスの試乗会で実感した「らしさ」とは

メルセデス・ベンツ EQS 580 4MATICのフロントビュー
メルセデス・ベンツ EQS 580 4MATICのフロントビュー。
メルセデス・ベンツが、電動車に特化したサブブランド「EQ」をスタートして5年。いよいよその本丸ともいえるフラッグシップ、EQSが登場した。“S”の文字が与えられたとおり、メルセデスの最高位にポジションとされるピュアEVは、これまでのSクラスに変わる存在になるのだろうか。その注目の最新車に、自動車ジャーナリストの渡辺慎太郎がスイスで試乗した。

Mercedes-Benz EQS

電気自動車のためだけのプラットフォーム

メルセデス・ベンツ EQS 580 4MATICの正面ビュー
メルセデス・ベンツ肝煎りの最新ピュアEV、EQSの国際試乗会が開かれた。コロナ禍ゆえの厳戒態勢のもと、厳重な対策を何重にも講じたうえで、それでも試乗会を実施するのは、EQSが彼らにとってかなり重要なモデルである証明だ。

コロナ禍によりグチャグチャになってしまった世界はいま、以前の日常を取り戻そうと少しずつ動き出している。メルセデス・ベンツはしばらくフィジカルなイベントをすべてキャンセルしてきたが、1年以上ぶりに国際試乗会の開催に踏み切った。

この英断の後押しをしたのは、対象車種がまったく新しい電気自動車のEQSだったからに他ならない。メルセデスはすでにEQCやEQAやEQVといったEVを展開しているものの、そのいずれもが既存の車種をコンバートしたものに過ぎなかった。EQSはEV専用のプラットフォームを新設した最初の車種であり、これはセダンのみならずSUVにも使用可能とのこと。セダンとSUVにそれぞれ別のEV専用プラットフォームを用意したBMWとは異なる戦略である。

EQSはSクラスに代わるのか

メルセデス・ベンツ EQS 580 4MATICのサイドビュー
メルセデス・ベンツ EQS はリヤにハッチゲートをもつ2BOXボディのフルサイズサルーン。「EV界のSクラス」と噂されてきたが、Sクラスとはまったく異なるもう一台のフラッグシップと表現する方が正しいかもしれない。

試乗会の会場はスイスのチューリッヒにあるホテルで、ここには以前、従来型のSクラスのフェイスリフト試乗会で訪れたことがある。いわゆる高級リゾートホテルで、やっぱりEQSはSクラス相当の位置付けなのだろうと思った。ところがエンジニアやデザイナーと話をしていくうちに、彼らはどうもそうは思っていないことが分かってきた。

EQSはセダンと書いたが、正確にはリヤにハッチゲートを持つ5ドアの2BOXである。すでにその存在が示唆されているEQEなど、今後登場するEQのセダンはすべて5ドアで統一するそうだ。3BOXのセダンと比べると2BOXのスタイリングのほうがカジュアルで、Sクラスがまとう威厳や重厚感がEQSには希薄に感じる。

自分なんかはEQSが将来的にはSクラスに取って代わるのではないかと想像していたので「こんなカジュアルでよいのですか?」とデザイナーに問うてみた。すると「Sクラスとはあえて差別化を図っています。そもそも、EVは内燃機搭載車よりもパッケージの自由度が高いので、それを活用しない手はない。例えばEQSの前後のオーバーハングはギリギリまで詰めてタイヤを四隅に配置したり、ボンネットを短くしてキャブフォワードにしました。こういうのはEVだから出来るデザインとパッケージです」とのことだった。

“空力のプロ”は航続距離を伸ばすキーマン

メルセデス・ベンツ EQS 580 4MATICのリヤビュー
メルセデス・ベンツ EQS 580 4MATICのリヤビュー。流れるようなボディラインをもつひとつの塊は、空力性能を重視して形づくられた。空力はピュアEVにとって航続距離を左右する超重要な開発項目のひとつ。

でも個人的に今回もっとも感銘を受けたのは、EQSのスタイリグに隠された秘密ともいうべき空力へのこだわりである。EQSのCd値は0.20で、これは現時点で量産市販車の世界トップレベルを誇る。試乗会には空力担当エンジニアが参加していて、色々と話を伺うことが出来た。

「やっぱり3BOXよりも2BOXのほうが空力的には有利なのか?」

「必ずしもそうとは限りません。その証拠に、EQSの前のCd値のレコードホルダーは現行のSクラスですから。ただ、どちらのほうがやりやすいかと問われたら、2BOXのほうが少しやりやすいですね。ルーフからのラインをリヤエンドまで直線的に持ってこられるので、後方へ抜く空気の処理はしやすくなります」

「空力を劇的によくする秘策はなんなのか?」

「何かひとつでCd値がグンとよくなる方法はありません。小さいことの積み重ねです。例えばEQSはリヤのホイールハウスの前方下部にゴム製のスポイラーを装着しています。三角形のようなカタチをしているのですが、これで航続距離が3km伸びました。Aピラーとフロントウインドウの境目に貼ったゴム製のシールは、空気の整流と風切り音の低減というふたつの目的を果たしています。サイドミラーの形状や取り付け位置もミリ単位で調整しました」と、まあとにかく空力へのこだわりが半端ないのである。クルマに搭載する以上、バッテリーやモーターにはサイズ的限界があるので、航続距離をさらに伸ばそうとしたらあとはもう空力(と軽量化)でどうにかするしかない、ということなのだろう。

ちなみに彼によると、F1マシンのCd値は1.20。意外と高いがダウンフォースのほうを優先しているからだそう。人間は0.78、その人間が自転車に乗ると0.69。そしてペンギンはなんと0.03! 「自然の中で生き抜くために長きにわたって環境に順応してきた動物に、私達はかないません」とのことだった。

ハイテク満載のキャビンは驚きの連続

メルセデス・ベンツ EQS 580 4MATICのフェイシア
メルセデス・ベンツ EQS のハイテク感は、現行メルセデス勢をさらに半歩上回る。ドアは自動開閉、助手席前のディスプレイも自動でON/OFFするなど、先進機構が満載に盛り込まれている。

EQSのボディサイズはSクラス(標準ボディ)よりも若干長く幅広く背が高いが、実物を目の当たりにするとそこまで大きいとは感じない。おそらく、それこそ空力を考慮した全体的に丸みを帯びたエッジのないデザインによる視覚的印象のせいだろう。そしてドアはリモコンキーなどで開く自動ドアで「おー!」となり、車内に入って目の前に広がるハイパースクリーンを見て再び「おー!」となり、ブレーキペダルを踏むとドアが自動で閉まって三度「おー!」となる。いわゆるつかみはオッケー状態である。

1枚ガラスで覆われた内側には、12.3インチのメーターパネル、17.7インチのセンターディスプレイと12.3インチの助手席用ディスプレイ。後者ふたつには有機ELのタッチディスプレイが収まっている。これらに加えて、グラフィックが大変見やすいヘッドアップディスプレイがあるので、実際には4つのモニターを眺めているようでもある。助手席用ディスプレイでは、助手席の住人がここでテレビや映画などを楽しめるものの、ドライバーがそれを横目で見ると視線移動がカメラで検知され、助手席ディスプレイがシャットオフされ「ちゃんと前を見なさいよ」と叱られる。

センターディスプレイは面積が大きい反面、さまざまなアイコンが点在していて若干見づらい場面もあった。地図がノーズアップになっていて、ヘディングアップに変更しようと思ったもののコンパスのアイコンが結局見つからず、「ハイ、メルセデス」に泣きついたらすぐに直してくれた。実は後に、コンパスのアイコンはステアリングにけられて見えなかったことが判明したが、機能や装備が増えるほど、音声認識によるオペレーションが主流になっていくかもしれないと感じた。タッチパネルも1度触れただけでは応答してくれないことが多々あったので、なおさら「ハイ、メルセデス」は今後ますます重宝するだろう。

W124やW201を彷彿させる乗り味

メルセデス・ベンツ EQS 450+のフロントビュー
かたや、ステアリングを握って走り始めると、その味はメルセデス・ベンツそのもの。体に馴染んだその走りには安心感さえ覚える。写真は後輪駆動のEQS 450+。

肝心の乗り味は「まごうことなきメルセデスなのになんか新しい」というのが正直な印象である。ドライバーの入力に対するクルマの反応は、EVになっても内燃機のメルセデスに準じたもので、スロットルペダルを踏むと一瞬のタメがあってから線形にトルクが立ち上がったり、ステアリング操作に対してはあくまでも正確かつ従順に応答する様など、むしろW124やW201時代を彷彿とさせるものだった。

一方で、120km/hくらいまではほとんど聞こえない風切り音や、低重心とエアサスペンションがもたらすフラットで快適な乗り心地などは、Sクラスとは明らかに違う風情である。大きい図体のわりによく曲がるのは、後輪操舵とブレーキを使ったトルクベクタリングのおかげではあるものの不自然な感じはまったくないし、おそらく後輪操舵だけでほとんどの場面は網羅できるらしく、トルクベクタリングのお世話になる機会はほとんどなかった。

“FR”と4WDの2タイプをラインナップ

メルセデス・ベンツ EQS 580 4MATICのディスプレイ
メルセデス・ベンツ EQS 580 4MATICのディスプレイ。航続距離が「MAX(最大)」「MIN(最小)」で表示される。最大およそ770kmの航続距離性能は、かなりの安心感に繋がる。

パワートレインは現時点で2種類のみ。「450+」はリヤにモーターを置く後輪駆動、「580 4MATIC」はフロントにもモーターを配置した4WDで、最高出力と最大トルクは前者が333ps/568Nm、後者が523ps/855Nmと公表されている(いずれも欧州仕様)。2022年秋頃に日本へ導入されるのは「450+」となる模様。今回はその両方に試乗できた。

前後の重量配分は580がほぼ50:50だそうで、450のほうがややフロントが軽く、それは体感できる。車重は580のほうが105kg重いので質量感は感じるもののパワーがあるのでほぼ相殺される。個人的には450のほうが若干ではあるものの軽快感があり、ハンドリングはフロントの接地感が高いRRレイアウトのクルマのようで好感が持てた。

「EV=つまらない」説をふっとばす1台

メルセデス・ベンツ EQS 580 4MATICのリヤビュー
EQSは内燃機関を積んでいなくとも、乗ってみればまごうことなき「メルセデス・ベンツのセダン」だった。ピュアEVに対する世間の見方をがらりと変える1台となるかもしれない。

EQSの航続距離は最大770km。これなら東京から大阪くらいまで走っても余りある容量である。急速充電器の種類によっては15分で約300km分の充電が出来るという。例によってまだ日本では充電器の問題がネックになるだろうけれど、どんな方法だろうとどんだけ時間がかかろうとも、満充電にすればとりあえず700kmくらいは走れるのは心強い。

「EVなんかになったらきっとクルマはつまらなくなる」と危惧する方は依然として少なくないだろう。自分もそのひとりだった。ところがEQSを運転してみたいま、もしメルセデスの乗り味が好みであるならばらその心配はほとんどないかもしれない。190 E 2.6や300 CE-24を愛車にしていた自分はそんな風に感じて少し安心した。

REPORT/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)

【SPECIFICATIONS】
メルセデス・ベンツ EQS 580 4マティック
ボディサイズ:全長5216 全幅1926 全高1512mm
ホイールベース:3210mmmm
車両重量:2585kg
モーター:永久同期式
最高出力:385KW(523ps)
最大トルク:855Nm
駆動用種電池:リチウムイオン電池
電池容量:107.8kWh
駆動方式:AWD
サスペンション:前4リンク 後マルチリンク
航続距離:770km(WLTPモード)
0-100km/h加速:4.3秒
最高速度:210km/h(リミッター制御)

メルセデス・ベンツ EQS 450+
ボディサイズ:全長5216 全幅1926 全高1512mm
ホイールベース:3210mmmm
車両重量:2480kg
モーター:永久同期式
最高出力:245KW(333ps)
最大トルク:568Nm
駆動用種電池:リチウムイオン電池
電池容量:107.8kWh
駆動方式:RWD
サスペンション:前4リンク 後マルチリンク
航続距離:780km(WLTPモード)
0-100km/h加速:6.2秒
最高速度:210km/h(リミッター制御)

【問い合わせ】
メルセデスコール
TEL 0120-190-610

【関連リンク】
・メルセデス・ベンツ 公式サイト
https://www.mercedes-benz.co.jp/

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著者プロフィール

渡辺慎太郎 近影

渡辺慎太郎

1966年東京生まれ。米国の大学を卒業後、1989年に『ルボラン』の編集者として自動車メディアの世界へ。199…