目次
Porsche Vision Renndienst
ユーザーエクスペリエンスデザインの追求
“未来”をかたち作るため、ポルシェのデザイナーたちは従来の常識を覆そうと様々なトライを続けている。
大胆に新しいエッセンスを採り入れていくのと同時に、そのインテリアにはポルシェの個性や、積み上げてきた伝統など、ブランドの本質たる価値観を受け継いでいかなければならない。そのために彼らは人間の習慣を観察し続け、特にポルシェを所有するドライバーを研究している。
「以前は、たとえばちょっとした旅行に出かける前、コクピットのナビゲーションシステムに目的地を入力していました。今では、ソファに座りながらスマートフォンでルートを検索し、クルマに送信する時代です」
こう語るのは、ユーザーエクスペリエンスデザイン(UX)担当ディレクターのイヴォ・ヴァン・フルテン。UXとはポルシェのコクピットの中で、またはポルシェと一緒に体験できるすべてのことを意味している。彼は常に“可能性”と向き合ってきた。それは、利便性、柔軟性、適時性へのあくなき追求と言い換えることができるだろう。
ポルシェとは何か? ポルシェにできないこととは何か?
ヴァン・フルテンは、チーフデザイナーのミヒャエル・マウアーや、インテリアデザイン担当のマルクス・アウエルバッハとともに、数年後のニーズにどのように応えていけばいいのか、日々研究を続けている。
デザイナーたちは、「第一原理思考(first principle thinking)」という手法で頭の中を整理する。この手法では慣れ親しんだ類推から離れ、仮説を最小要素に分解していく。将来のユーザーが興味を持ちそうな機能に注目しながら、彼らは「ポルシェとは何か?」、そして「ポルシェでできないことは何か?」と問い続ける。このようなプロセスを経ることで、誰も聞いたことのない質問に対する答えが得られるのだ。
レンディエンストに導入されたセンターコクピット
2021年、ポルシェは新刊書籍『Porsche Unseen』の中で、これまで公開されてこなかった15のデザインスタディを公開した。そのなかに存在していたのが、ポルシェによるピープルムーバーコンセプト「ヴィジョン レンディエンスト」だ。
6人まで乗車可能なこのミニバンは、その名の通り、かつてファクトリーレーシングチームを支えていたフォルクスワーゲン レーシングサービスバンをオマージュしたスタイリングを持つ。そのエクステリアは未来的で、インテリアはモジュール式トラベルキャビンが採用された。
「私たちは、クラシカルなスポーツカーのインテリアとはかけ離れたパッセンジャーコンパートメントに、それでもポルシェらしいテイストを加えるにはどうしたらいいかを考えました。また、自動運転機能をどのようにデザインするかも課題に挙げられていました」と、マウアーは振り返る。
ミニバンのキャビンにポルシェらしさを加えるには、どうすべきか? これは確かに議論に値するテーマだろう。
「自動運転が導入されたとしても、私たちはお客様がステアリングホイールを使うことを諦めるとは思えませんでした」と、マウアー。それでも将来を考えれば、両手に自由を与えなければならない。そこでレンディエンストでは、ドライバーズシートにセンターポジションを導入した。
「運転したいときには、他のどのクルマよりもコクピットのフィーリングを感じることができます。でも運転したくないときは、ドライバーズシートを180度回転させることができるのです。クルッと回すだけで、他のパッセンジャーと向き合うことができます。このアイデアを具現化するのに約1年を費やしました」
ポルシェが考えるインテリアのブレークスルー
インテリアデザインのUXに関しては、デジタルライフスタイルとドライバー、パッセンジャー、車両の関係に特化されている。
「タイカンでは、私たちがどれだけ先の未来を見ているかを示しました。現在、私たちは次なる抜本的な変革の可能性を検討しています。そのため、私たちはまず内側(インテリア)から考え、アイデアを発展させました」と、ヴァン・フルテンは説明する。
レンディエンストのサイドウインドウは左右非対称にデザインされた。
「左サイドにはウインドウを設けず、囲まれ感を演出しています。もう一方の側は外の景色を遮るものがないように、大きなウインドウバンクを採用しました。ドアを閉めると、まるでカプセルに入ったような感覚になるでしょう」
安心感と快適性を重視したのが、モジュール式のインテリアだ。2列目のパッセンジャーは、人間工学に基づいて設計された左右のバケットシートにオフセットして座る。センターコクピットが採用されたことで、前方の道路やダッシュボードの画面を障害物なく見渡せるようになっている。3列目のヘッドレストはフローティング設計になっており、リヤウインドウの視界も良好だ。
この贅沢なインテリアを実現する秘訣はパワートレインにある。フル電動パワートレインは、すべて床下に搭載されていることからフラットな居住空間が実現した。これからのクルマは購入後もシステムが絶えず更新され、最新の状態に保たれることが当たり前になる。さらに使用される素材も、樹脂や金属から木材に回帰。さらに、機能を持ったマテリアルの採用も検討されているという。
機能や素材など変化を続けるインテリア
ヴァン・フルテンは、未来の顧客層となるスマートフォン世代への対応も考えている。
「かつては、新しいものを求める気持ちは、製品を購入することで満たされていました。今日、多くの若い人たちは製品の美しさだけでなく、その製品が提供する何か新しい“機会”を重視しています」
そのため、インテリアの美しさは、形やマテリアルだけではなく、さまざまな要素が含まれることになる。「インテリアは、購入後数年経っても、状況の変化に対応できるだけのフレキシビリティを備えているのか。ネットに繋げることで、24時間遠隔操作でアップデートができるのか。それは無視できない要素です」とヴァン・フルテン。
マルクス・アウエルバッハは次のように付け加えた。
「デジタルジャーニー は、私たちにとって宇宙へのゲートウェイを開くものです。ただ、それが物理的な体験を置き換えることはできません。クルマは自分が運転しているかどうかにかかわらず、物理的に移動する空間なのです。このレンディエンストのシートは動くことを前提に設計されていて、体をしっかりとホールドしてくれます」
スポーツシートの2列目に対し、3列目はラウンジのようなベンチシートを備えているが?
「このベンチシートは側面がカーブしているため、お互いに向き合うことができます。さらに調整すれば異なる角度で座ることも可能です。2列目と3列目はお互いに向き合うことができますし、会話をしたり、仕事をしたり、くつろいだりするのに適したシートポジションに調整できます。リラックスを誘うコミュニケーションエリアだと言えるでしょう」
また、インテリアに使用されるマテリアルは、樹脂や金属から、木材のような再生可能な資源が再注目されている。また、アウエルバッハは「スマートマテリアル」と呼ばれる、特殊な機能を持った素材にも注目。例えば、外界に反応して直接光を当てなくても光る素材や、乗員のエルゴノミクスに合わせて繰り返し形状を変化させる素材などだ。
ナイトライダーのように会話できるクルマ
クルマのインテリアに関する、ヴァイザッハのスペシャリストたちが協力して描くビジョンは、以前よりも複雑化している。
「外から見ると、ポルシェは彫刻のような芸術作品です。ですが室内に入ると別世界が広がっています。インテリアに満足できないクルマは、感情的なつながりを築くことができません。結果、長く生き残ることはできないのです」と、アウエルバッハは指摘する。
未来のクルマからは、スイッチやボタンがなくなってしまうのだろうか。アウエルバッハは次のように展望を語ってくれた。
「アナログ系操作パネルと、デジタル系操作パネルのバランスは時代により変化しています。現在、デジタルディスプレイが存在感を増していますが、それでも自動車のコクピットには触覚スイッチが必要だと考えています。目の前の道路から目を離さず操作できるのですから」
「いつの日かドライバーとしてやるべきことが大幅に減るのであれば、それも変わるかもしれません。しかしデジタルですべてを解決することはできないと思います。我々が三次元に存在している以上、やはり凹凸のあるスイッチは必要でしょうね」
次のステップとして、ファン・フルテンは、クルマに魂を持たせたいと考えている。彼が子供の頃に見ていたアメリカのテレビシリーズ『ナイトライダー』に登場したナイト2000のようなクルマだ。
「自由に喋るクルマ、ナイト2000に魅了されました。主人公とクルマの強力なチームワークが想像力をかきたてたのです。ナイト2000には魂が宿っていると感じました」
ファン・フルテンは「30年後、私たちはクルマに電話をかけると、クルマ自身が迎えに来てくれるようになるのでしょうか」と、自らに問いかけるようにつぶやいた。レンディエンストのような未来を描く“ビジョン”から、ポルシェのデザインチームは、今日も明日に向けての具体的な答えを導き出そうとしている。