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Ford Puma Rally1
“独立系”ワークスチーム「Mスポーツ」
現在、WRCにワークスチームとして参戦するのは、日本のトヨタ、韓国のヒョンデ、そして英国を拠点とするフォードの3メーカーとなる。ただ、フォードに関しては、欧州フォードがホモロゲーションなど、マニュファクチャラーとしてのサポートをしているものの、厳密に言うと「Mスポーツ(M-SPORT)」という英国の独立系チームが、ラリーカーの開発とチーム運営を行っている。
そもそも欧州フォードは、古くはコルチナ・ロータス、グループ4時代はエスコートRS1600や、エスコートRS1800で様々なラリーを制してきた歴史を持つ。その後も世界一美しいグループBと呼ばれるRS200、グループA時代はシエラRS コスワースやエスコートRSコスワース4×4と、それぞれの時代で確かな軌跡を刻んできた。
英国のボアハムにファクトリーを持ち、多くの栄光を手にしてきた名門フォードだったが、1990年代後半になると、資金不足に悩まされるようになる。1996年末、ついにボアハムは閉鎖され、1997年シーズンからフォードのワークスチームは、英国出身のラリードライバー、マルコム・ウィルソンによって設立されたMスポーツへと引き継がれることになった。
以来、多くのチームが参入と撤退を繰り返す中、Mスポーツ・フォードは、1997年から常にWRCワークス参戦を継続してきた、唯一のチームとなっている。
2022年から導入されたハイブリッドパワートレイン
Mスポーツがこれだけ長くWRCへの参戦を続けている理由は、ラリーカーの販売など、ビジネスとしてラリー活動を行っている側面はあるだろう。しかし、毎年のようにシーズン終了間際には参戦資金不足を囁かれ、撤退の危機を書き立てながらも、活動を続けてきたのは、ウィルソンのラリーに賭ける情熱の強さに他ならない。
WRCに新規定導入が決まった2022年シーズンを前に、ライバルよりも開発の遅れを指摘されながらも、ハイブリッドパワートレインを搭載した新型ラリーカー「プーマ・ラリー1」を完成。ベースモデルを、長く使われてきたBセグメントの「フィエスタ」から、SUVの「プーマ」に変更するというサプライズを持ってきた。
1997年以来、マイナーチェンジを繰り返しながらWRCのトップカテゴリーに君臨してきた「WRカー規定」は、勝利のための正解が出し尽くされていた。しかし、パイプフレームにハイブリッドパワートレインを組み込んだ、全く新しい「ラリー1規定」は、最適解が誰も分からない状態で、2022年シーズンを迎えることになった。
知将ウィルソンは、この開幕戦モンテカルロこそが、千載一遇のチャンスだと考えたはずだ。「ここなら勝てる」と。
戦力で上まわるライバルに対抗するために
ドライターマック(舗装路)、スノー、アイス、アイスバーンと、目まぐるしくコンディションが変化するモンテカルロは、純粋なスピードではなく、経験値がモノを言うラリーだ。
このモンテカルロに向けて、トヨタは2021年の王者セバスチャン・オジエを筆頭に、中堅のエルフィン・エバンス、期待の若手カッレ・ロバンペラと盤石の布陣。ヒョンデはティエリー・ヌービルとオィット・タナックという路面を選ばないダブルエース体制を敷く。
対するMスポーツは「ニューマシンの開発に予算を使い切った」と言わんばかりの状況にあった。エースは未だWRC勝利経験のないクレイグ・ブリーン。2台目と3台目は、若いガス・グリーンスミスとアドリアン・フルモーという、なんとも頼りないドライバーラインアップとなった。
しかし、マルコム・ウィルソンは秘策を持っていた。モンテカルロで7勝の経験を持つ、帝王セバスチャン・ローブの起用だ。通算79勝、9度のWRCドライバーズタイトル獲得を誇る、ラリー界のレジェンドである。ただ、齢48、最後にWRCで勝ったのは、2018年のカタルニアまで遡らなければならない。
秘策が決まりラリー1規定初勝利を記録
ハイブリッドブーストという未知のデバイスが搭載されたラリー1マシンで走るモンテカルロ。前述のように安定した路面などあるわけもなく、純粋なスピードよりも、ニューマシンを壊さずフィニッシュまで持ち帰れる、引き出しの多さが鍵になった。マルコム・ウィルソンの読みは的中する。最終日、首位を走行していたトヨタのオジエがパンク、彼とトップを争っていたローブが見事勝利を掴んだのである。
結果的にシーズンが進むにつれ、トヨタやヒョンデが実力どおりの力を発揮し、Mスポーツ・フォードが勝利を刻めていない状況を考えると、あらためて、プーマ・ラリー1のデビュー戦にローブを起用したウィルソンの慧眼が光ると言うものだろう。
ラリージャパンには、Mスポーツ・フォードからは2台のプーマ・ラリー1がエントリーしている(ブリーンとグリーンスミス)。世界で最も難易度が高いと言われる日本の舗装路に向けて、ウィルソンはどんな秘策を用意しているのか・・・。今週末、初モノには滅法強いMスポーツが送り出す、パープルのラリーカーにぜひ注目して欲しい。