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15年ぶりに訪れたヘセル
「F1マシンを試乗してみないか?」。そう言われてイギリス・ノーフォーク州ヘセルにあるロータスのファクトリーを訪ねたのは2008年が最後になる。
かつては“勝手知ったる人の庭”のように頻繁に訪ねていたヘセル。その“次回”がまさか15年後になるとは思いもしなかった。ともあれ七夕の夜、僕は灼熱の日本を抜け出し、気温16~22℃のイギリスに上陸したのである。
今回のイギリス旅は、ケータハム社、そしてグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードを見学してからロータスを訪ねる。レンタカーによる移動の最中に感じたのは“イギリス車が減ったな”ということ。以前イギリスを走っている乗用車はフォードとボクソールが3割ずつ(?)、他のあらゆるメーカーで残りの4割を分け合う感じだった。ところが今はドイツ車が5割くらい。中国や韓国、日本のクルマが3割……くらいの割合に見えた。
近代化され、生まれ変わったファクトリー
その理由はファイナンス、特に残価設定型ローンの台頭にあるらしい。つまり下取り価格が安いフォードやボクソールは商品力が弱いというわけだ。そしてちょうど今しがた、イギリスの若い走り屋たちの心を長年掴んで離さなかったフォード・フィエスタの生産が終了してしまったのである。
閑話休題、今回のテーマはロータスである。ヘセルではファクトリーを見学し、スポーツサス装着のエミーラV6でテストトラックを走ることができた。ファクトリーのシンプルな門構えは相変わらず。でもそこから先は大きく変貌を遂げていた。社員駐車場には新車のボルボが目立ち、本社がつい最近ロンドンに移り! かつて社長室があった一番奥の建物は今後ミュージアムに改装されるとのこと。また以前エスプリやエリーゼを作っていた旧工場は手狭になったので部品のストックヤードに変わり、社員食堂も広くて明るく、そして段違いに美味しくなった!
またストックヤードの端にはガラス張りのショールームが追加され、エミーラとそのGT4モデル以外に初代エスプリやエリーゼ、ヨーロッパといった名車たちが飾られていた。現在だけでなく、過去の歩みにもしっかりと光を当てる。以前の“素人お断り”風ではなく、ロータスの伝統をよく理解していない人にもやさしいアプローチが感じられたのである。
理路整然としたテストコースに
エリーゼやエヴォーラなき後、ロータス最後の純粋なガソリン車として砦を守るエミーラを作るファクトリーは新たに建設されたもの。フロント、中央キャビン部分、そしてリヤのパワートレインという3つのセクションに分かれてサブアッセンブルされる行程は、かなりの部分がオートメーション化されていた。懐かしい! と思えたのは塗装のために1台分のボディパネルを載せた台車を、手押しでガラガラと移動させていたことくらい。実際に触れてみた出来たてホヤホヤのエミーラの工作精度も確実に高まっていると感じられた。
かつてF1マシンやエキシージGT3で走った経験があるヘセルのテストトラックは、その後ダニー・バハールが指揮を執った時代にスムーズな路面へと変貌を遂げていた。世界大戦時の空港を利用したこのテストトラックは、大きな路面の継ぎ目が連続する悪路として有名だった。悪路だからこそロータスらしい懐の深いサスペンションセッティングが生まれるのだ、とも言われていたのである。
今現在の路面はサーキットほどではないがスムーズ。かつてコースの南側の端は低μの定常円を兼ねたヘアピンになっていてテールスライドが楽しめたのだが、それも普通のヘアピンに変わってしまっていた。
その代わりにトラックの傍らに様々な段差が連続する試験路が新設されていた。“悪路とハイスピードは別々に”という理路整然としたアプローチが今どきのロータス流ということなのだろう。
エレトレ時代になっても変わらぬ軸足
本社がロンドンに移り、中国は武漢にも新設されたロータス・カーズで製造されたピュアEVエレトレがデビューするなど、今現在のロータスは大きな変革期の中にある。エレトレが軌道に乗れば、その生産台数はスポーツカーのそれを軽く凌ぎ、カイエンがポルシェのイメージを変えたように、エレトレがロータスのイメージリーダーとなる時代がもうすぐそこまで来ているのかもしれない。
だがそれでも、スポーツカーファンにとってのロータスの軸足は、工場の中に小川が流れ、アヒルが闊歩し、あたりを金色の麦畑に囲まれ、風が吹くと少しだけ豚の飼料の臭い漂うヘセルに今なおある。そう確信できたことが、今回久しぶりとなったヘセル訪問の最大の収穫だったのである。