機能から感情へ:広告の「語り口」が変わった
1920年代から1950年代にかけての自動車広告は、「馬力50%アップ」「新型エンジン搭載」「燃費性能向上」といったスペックや機能訴求が主流だった。車がまだ「ステータス」や「性能の証明」として扱われていた時代、広告も説明的で合理的な要素に重きが置かれていた。
しかし時代の流れとともに、広告の焦点は「感情」や「ライフスタイル」へと移行していく。「走る歓び」(BMW)や「人生を変える一台」といった表現は、モノとしての車ではなく、体験や価値観を売る時代の到来を象徴している。
この変化を後押ししたのが、言葉で人の心を動かすコピーライターたちの存在だ。彼らは車という“移動手段”を、憧れや夢を投影する“人生の一部”として語り直してきた。
たった一行で世界を変えたDDB「20世紀最高の広告キャンペーン」

1959年、アメリカ広告史に残る革命的キャンペーンが登場した。それが、ドイル・デーン・バーンバック(DDB)が手がけたフォルクスワーゲン・ビートルの「Think Small.(小さく考えよう)」である。当時のアメリカは「大きな車=成功の証」という価値観に支配されていたが、ビートルはその真逆を行く小型車だった。
DDBは「Lemon(欠陥車)」や「It’s ugly, but it gets you there(醜いが、目的地まで運んでくれる)」といった自己皮肉やユーモアを用い、誠実で機知に富んだキャンペーンを展開。これが若者やカウンターカルチャー世代に刺さり、「個性」「質実剛健」という新たな価値観を提示した。
この広告は後に「20世紀最高の広告キャンペーン」として高く評価され、コピーライティングがブランド戦略に果たす役割の大きさを証明した。
日本にもある、価値を変えた名コピー

このような潮流は、日本の自動車広告にも波及している。代表的な例が、日産の「やっちゃえ NISSAN」だ。2014年に登場したこのキャッチコピーは、「前例にとらわれず挑戦を続ける」というブランド姿勢を強く打ち出した。それまでの自動車広告にありがちなスペック訴求ではなく、「やってみよう」「一歩踏み出そう」といった前向きなメッセージ性が特徴だ。
さらに2020年以降は、タレントを起用したCM展開により、挑戦=カッコいいだけでなく「人間らしさ」や「親しみ」を伴うブランド像へと進化。「やっちゃえ」は、日産という企業の「行動する姿勢」そのものを象徴するスローガンとなっている。
ホンダの「The Power of Dreams」もまた、ブランドフィロソフィーを端的に表したスローガンである。創業者・本田宗一郎氏の「夢を持ち、挑戦し続けることこそが革新を生む」という信念に基づき、2001年から世界共通で使用されているこのコピーは、単なる希望ではなく、「夢を現実に変える力」としてのエンジニアリング精神を象徴している。
ASIMOやジェット機開発といった事業領域を越えた挑戦も、このスローガンと密接に結びついており、ホンダが「技術の会社」であると同時に「夢をかたちにする会社」であることを印象づけている。
このように、キャッチコピーはもはや「一時的な広告文」ではなく、企業文化やアイデンティティを体現する存在へと変化している。
キャッチコピーは“企業の哲学”を語る

海外でも、企業理念と直結したコピーが存在感を放っている。たとえばアウディの「Vorsprung durch Technik(技術による先進)」は1971年から半世紀近く使われており、同社の技術革新に対する哲学を一言で表現している。また、メルセデス・ベンツの「The best or nothing(最高か、無か)」は、創業者の理念を受け継いだ力強いメッセージだ。
このように、キャッチコピーはもはや「一時的な広告文」ではなく、企業文化やアイデンティティを体現する存在へと変化している。また電気自動車(EV)時代の到来とともに、自動車広告もまた次のステージへ向かっている。
BMWが「Born Electric(電気で生まれた)」と掲げたのは、EVを単なる環境対応車ではなく、まったく新しい自動車の形として打ち出す意図がある。また、ボルボの「Omtanke(思いやり)」というスウェーデン語を使用した環境配慮に関するコピーは、国際的なブランドが庶民的な価値観を重視するという興味深い試みだ。
こうしたコピーには、単なる商品訴求ではなく、「未来に対する責任」や「ブランドの意思」が込められている。
コピーライターの力がブランドをつくる
かつては「馬力」や「燃費」で差別化できた時代も、今や商品のスペックだけでは選ばれない。消費者はその企業がどんな価値観を持ち、何を目指しているのかを敏感に感じ取っている。だからこそ、限られた言葉でブランドの想いを伝えるコピーライターの存在は、今後ますます重要になるだろう。
広告コピーは、単なる宣伝文ではない。それは、企業と顧客、そして社会とを結ぶ「信頼の一行」なのである。